第38話 孔冥と秀吉 新型兵器


「孔冥、セイレイとシュンビンの動画が手に入ったぞ」

 所長室のドアを開けながら、秀吉は手にした記録メディアを振ってみせた。

「本当か」ふだん冷静、というより無感動な孔冥も、さすがに驚いた顔をする。「自衛隊が交戦したのか?」

「いや、これは南アメリカで暴れているジャバラどもの映像を国家間の共有データとして入手したものだ。機密扱いだから、ネットに接続されたPCでの再生は遠慮してもらいたい」

「この通信制限がかかっている非常時に機密も何もないだろう。そもそもジャバラ自体が秘密でもなんでもないじゃないか」

 口をとがらせつつも、孔冥はデスクの下の引き出しから小型PCを取り出して電源を入れている。

「早く寄こせ」

「機密扱いだからな」

 もう一度釘を刺してメディアを渡す。

 孔冥はタッチパッドで手早く動画ファイルを再生する。

 開いた画面を一瞥して「哨戒機のカメラか?」と問う。

「そうだ。味方機が交戦している様子を撮影したものだ」

 再生された映像は短い。

 青い空を背景に、飛翔してい銀色の昆虫のような機体。比較対象がないので大きさが分からず、飛んでいる虫のようにも見える。これがジャバラの小型飛翔体セイレイ。銀色の胴体に、透き通った薄い緑色の翅が二枚。先端部に赤い球がいくつか嵌っているが、おそらくそれらはセンサー類。

 ぱっと火の玉が直進し、小型飛翔体セイレイに迫る。戦闘機の放ったミサイルであろう。

 だが、セイレイは、コバエのように身を翻し、これを回避。その場でUターンして、後方から追跡していた戦闘機にビーム兵器で反撃した。

「まるで相手にならないな」

 呆れたように首をかしげる孔冥。

「地球の戦闘機は基本、前にしか進めない」秀吉は口をとがらせる。「が、ジャバラのセイレイは、上下左右好きな方向へ機動できる。相手にならんよ」

「反重力だな。たしかにこれじゃあ、古墳時代の騎兵が近代の戦車に挑むようなものだ。戦闘になっていない。だいたい反重力推進だと、加速Gがかからないからな。それに、セイレイが使用している武器は、アナイアレイターだ。大気中の気体分子を核融合させ、そのエネルギーを収束し、射撃すると推測されている。破壊力が火薬の比じゃないし、亜光速で着弾する」

「富士山を吹き飛ばしたのも、同じものなんだよな?」

「うーん、発光現象のスペクトル分析と残存粒子のサンプルから、すこし毛色の違うものだと推測されている。あっちはそもそも口径が巨大だった。大気中にある窒素に限定して核融合反応を起こす武器であろうと思われ、『ニトロ・アジャテイター』と名付けられている。ジャバラどもがどう呼んでいるかはもちろん不明だが」

「窒素を核融合させるのか?」秀吉は眉間に皺を寄せた。「核融合って、重水素を使うんじゃなかったのか?」

「重水素が核融合を起こしやすいから、人類は重水素や三重水素で核融合の研究をしている。が、ジャバラにとって核融合技術はある程度デフォルトなんだろう。おそらく、原子番号の若い物質なら、だいたい核融合できるんじゃないのか?」

「そうなのか?」

 秀吉の声が驚きにひっくり返る。

「ぼくはそう見ているね。奴らがニトロ・アジャテイターを使ったのも、地球の大気中に窒素が多かったからだと思う。ということは、だ」

 孔冥はこれ見よがしな表情で秀吉を見上げ、片眉を吊り上げる。

「ん? なんだ? なにが言いたいんだ、孔冥」

「わからんか、秀吉」天才科学者は苦笑し、そのあと小さく嘆息した。「あいつらは偶然ニトロ・アジャテイターを使っていたのではない。地球の大気に窒素が多いから、ニトロ・アジャテイターを作ったのだ。つまり、少なくともクボウより小さい機体は、地球に来てから製作されたことになる。そもそも、六枚翅のロクボウも、二枚翅のセイレイも、極めて洗練された空力構造を持っているらしいじゃないか。だが、ジャバラは宇宙をわたってきた存在だ。あいつらが以前におとずれた惑星がすべて、大気をもっているとは限らない。もっていたとしても、それが地球のような環境である可能性は低い。事実、奴らは最初、土星を目指していた」

「ふむ、それはつまり……。どういうことだ?」

「あいつらは地球に来てから、その環境に適した機械を設計し、短時間で作成していることになる」

「来てからあれを作っているというのか? そんなバカな」

「いや、地球に来てから、あれらを作っているに違いない。ということはだ。ジャバラはまだまだ、新しい侵略機械を設計し投入してくるとみて、間違いない」

「まだまだ、だって? おいおい、冗談だろ」

 秀吉は信じなかったが、孔冥のこの言葉はすぐに真実となる。

 その翌日、ジャバラは八つの金属脚を装備した歩行戦車シュンビンを射出し、さらにその翌々日、今度は四脚の歩行戦車シチュウを地上に放つ。

 そればかりではなかった。

 その戦車には、人型のブシと呼ばれる殺戮兵器が多数乗り込んでいたのだった。


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