第36話 孔冥と秀吉 墜落機体


「孔冥! なにかわかったか!」

 秀吉は特殊対策室の扉を蹴破るようにして中に飛びこんだ。

 デスクについてカップ焼きそばを食べていた孔冥が、目を丸くして彼のことを振り返る。口には大量の麺がくわえられたままだ。

 ずるっと麺をすすってから、とりあえずごっくんと飲み込んだ孔冥が驚いた顔のまま秀吉にたずねる。

「どうしたんだ、いったい?」

「どうしたもないだろう」

 駐車場から走 ってきた秀吉は、うっすら汗をかいた首の後ろを拭いながらこたえる。

「ジャバラの光線兵器だ。あれについて何かわかったのか?」

「わかるわけないだろう」孔冥は口を尖らせた。「君は僕をなんだと思っているんだ。今まで見たことも聞いたこともないような光線兵器の映像を、あんな低画質で視聴したくらいで、その仕組みが分かるとでも思うのか?」

「いや、お前なら何かわかるのかと思って……」

「分からんって。いま各国の研究者が意見をそろえてテーブルに並べ、ジャバラの兵器のメカニズムについて推論を構築し始めたところだ。だがまあ、あの破壊力だ。核反応兵器には違いないだろうな」

「そんなことが見ただけで分かるのか?」

「通常の化学反応に比して、放射されるエネルギーが一桁から二桁ちがう。物質同士の化学作用ではなく、素粒子レベルの反応であることに間違いはない。が、なにがどうゆう理屈で作用して、あんな破壊力が生まれるのかは、たぶんわれわれがいくら考えても理解するのに何百年もかかるんじゃないのかな」

「防げないか?」

「ん?」孔冥は首を傾げた。「なんだ、政府はあれを防ぐ方法を募集しているのか?」

「そういう訳ではないが、ジャバラと戦うためには、あの攻撃を防ぎ、敵の防御を崩す必要がある」

「それは大変だねえ」孔冥はかぶりをふりながらカップ焼きそばにもどる。「まさに夢物語だ」

「だったら」秀吉はイライラと声を荒げた。「このまま、奴らにやられっぱなしで、俺たち人類には絶滅しろというのか?」

「あいつらがそう思ったら」孔冥も、麺に顔を向けたまま声を荒げる。「そうなるしかない。それが現実だ」

「じゃあ、諦めるのか。もう助からないから、何もしないで、このまま死ぬのを待つのか」

 孔冥は小さく嘆息する。

「生きるのを諦めた奴が、腹ごしらえなんかするもんか」

「孔冥……。すまん」

「いや、いい。それより、ジャバラの小型飛翔体とそれらが装備する光線兵器だが、今われわれがその映像から学べることは少ないと思う。それよりも、一基のジッカイからあれだけ多数の有翼飛翔体が発進している。何百、何千という数だ。とするとだ、そのうちの一機や二機は日本の国土のどこかに墜落している可能性があるとは思わないか? いやまて、おまえが言いたいことは分かる。たしかに奴らの技術は高い。だが、あいつらにしてみれば、地球はまったく未知の環境であり、大気と水と生命で溢れている。奴らの惑星ラクシュミーを見てみろ。その表面に大気はあるが、海も雲も雨もない。ましてや鳥も森も山すらないのだ。この地球の環境に対応しきれずに、墜落し、破損して打ち捨てられた機体があってもおかしくない。それを全力で探すことを政府に進言してくれ。いま世界中の科学者たちがジャバラのあのロクボウやらセイレイやらの映像を見て、その高度な運動性を研究しているが、ものごとはすべからく百聞は一見に如かず。あの飛翔体の実物を手に入れることができれば、映像解析なんかよりも遥かに多くのことを知ることが出来る」

「あ、いや、孔冥。おまえの言いたいことは分かるが、たとえばジャバラの小型飛翔体が墜落したとして、奴らがそれを回収しないとはとてもとても思えないのだが」さすがの秀吉も首を傾げる。「たとえば航空自衛隊の戦闘機が墜落したとして、それを回収しないなんてことはないだろう? それと同じで、いくらジャバラでも、墜落した自分たちの同胞を助けに行かないということは、あり得ないと思うのだが」

「あり得ない? ほお、何があり得ないんだ?」孔冥は挑戦的に片眉をあげてにやりと笑う。「そのあり得ないは、われわれ人類の常識ではないのか? たとえば第二次大戦中、墜落した爆撃機の残骸を、連合軍はひとつひとつ回収していたか? 日本軍は行方不明になった艦上戦闘機をひとつひとつ捜索して見つけ出していたか? そんなことはなかった。墜ちたら墜ちたで、そのまま放置だ。むかし上野の国立科学博物館に展示されていたゼロ戦は、海に落ちていた物を戦後回収したものだぞ。ジャバラだって同じだ。君も見たろう? あのクボウから発進した小型飛翔体ロクボウの数を。数百、数千機だ。あれほどの機数があるのだ。ジャバラにとってロクボウもセイレイも大して価値のある道具ではないはずだ。一機や二機墜落したところで、絶対に回収なんかしていない。北海道から青森、秋田、宮城。ロクボウとセイレイが飛来した地域を徹底的に捜索して、墜落している機体を探すんだ。必ずあるはずだ」

「しかし」

「該当地域のSNSを限定的に復帰させ、市民からも情報を得ればいい。自衛隊にも警察にも市民にも、情報秘匿なしで墜落した機体を捜索させろ。情報管制の必要はない。ジャバラはわれわれの考えていることに一切興味がない。われわれがジャバラの墜落機体を探していると知っても、やつらは取り返しには来ないはずだ」

「いや、そんなことが……」

「ある。奴らは侵略や破壊が目的ではない。それが証拠に、核攻撃を受けるまではロクボウもセイレイも飛ばさなかった。ジャバラは自分たちの目的を邪魔されたと感じて、あれらの小型飛翔体を放ち、都市部を破壊した」

「うむ、それは分かる。が、ではどうして富士山を崩したのだろう。識者によれば、あれはわれわれ日本人のアイデンティティーを破壊してその精神を打ち砕くためだという話だ。事実、富士山を粉砕されたことにより、われわれ日本人はとくにその戦意を大きくくじかれた」

「ああ、その通りだ」孔冥はすっかり冷めてしまったカップ焼きそばに割り箸を突っ込んだ。「あれはいかにも、精神攻撃としては有効な一手に見える。だが、もしかしたら、ジャバラは、全然ちがう理由で富士山を破壊したのかもしれない」

「それは、どういう……?」

「僕にも分からない。だが、もしかしたら、あのジャバラどもは、僕たちが考えているのとは、全然ちがう論理で地球を侵略しているのかもしれない。最近ふと、そんなことを思うようになってきたんだ。あ、いや、これは僕が勝手に思っているだけのことだから、決して上に報告なんかしてくれるなよ。だが、考えれば考えるほど、あいつらのやっていることに意味が見いだせない。もしかしたら、僕たちは最初の最初で、ジャバラに対する評価を大きく間違えてしまっていたのかもしれない」

「ジャバラの評価……か」

「いや、忘れてくれ。それより、秀吉。探すんだ。ジャバラの墜落機体を。それは絶対どこかにあるはずだし、それを見つけることが出来れば、僕たちは大きく前に進むことが出来る。頼むぞ、秀吉」

「良かろう。そっちは俺に任せておけ。危険をともなう捜索だが、あれ以来ジャバラの飛翔体は散発的な偵察飛行しかしていない。こちらが動き回れる時間も空間もふんだんにあるはずだ」

「そっちは頼むぞ、秀吉。僕は僕で、別に調べたいことがあるんだ」

「調べたいこと?」

「ああ。やはりあの、掛川教授が見つけた、おかしな波形の振動がどうにも気になるんだ。あれこそが、ジャバラの本来の目的のような気がしてしようがない。僕はそっちを兎に角あたってみようと思っている」

「わかった。お互い、次に会う時は、いい情報を交換できるようにしよう。じゃ、またな、孔冥。頼りにしているぜ、天才科学者さんよ」

「ふん、僕は天才なんかでは、決してないよ」


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