第22話 ポーラスター 環七


 無人機だと黒崎がいうから退助はすっかりラジコン飛行機みたいなシステムを想像してしまい、それがドローンみたいに、手に持つコントローラーで操作するのかと勘違いしてしまった。

 ちょっと飛ばしてみない?と黒崎に誘われ、軽く承諾してしまった彼は、「じゃ、こっち」とトレーラーの中に案内された。

 車内に入った黒崎はまっすぐ後席へ入り、奥に座る黒髪の少女に声を掛ける。

「倉木、退助がゼロを飛ばしてみたいってさ」

 いや、飛ばしてみたいと退助からは言っていない。心の中で反論しつつも彼について奥に入る。

「分かりました」

 無感動な声が返ってきて、少女は車椅子のロックを外すと、すこし前に出す。

「通れますか?」

「ああ、悪いね。ちょっと今だけ二人入るから」

 黒崎に手招きされ、コントロール・ルームの奥にあるコックピットを目にして退助はちょっと驚いた。いや、かなり驚いた、だろうか。

 トレーラー牽引車部、乗車スペースの最後尾は、フライト・シミュレーターに使われる戦闘機のコックピット・ユニットになっていた。

 進行方向と逆向きに設置された疑似の射出座席。そのシートを囲むように配置される計器盤。こちらは本物。その向こうに広がる青空は、スクリーンに投影された映像だ。

「このポーラスターに搭載された無人機は、米軍のF35戦闘機ライトニングⅡを元に日本でパテント契約して作製されたプロトタイプの試作機だ。正式な機体じゃないが、関係筋ではライトニング・ゼロと呼ばれている。あ、これ兵器開発に関する機密だから、ほかでは絶対に言わないでくれよ」

 黒崎は退助をシートに座らせながら解説する。

「基本的に操縦はF35と同じ。こちらのメインパワー・オンで機体の電源も入る。推進器は単発のターボファン・エンジン。パワーがあり、人も乗らないから、アフターバーナーを使わずに超音速での長距離飛行ができる」

 横から手を伸ばした黒崎がつぎつぎにスイッチを入れていく。周囲の青空がぱっと消えて、半分薄暗い街の景色に切り替わる。

「いま、シミュレーターを切って、リアル操作のモードにした。これがいま、機体のカメラから見たリアルタイムの映像だ」

 なるほど、言われてみると、影を作っているのはポーラスターの開いたカバーであり、明るい日向の部分は外を走る環七通りの映像だ。上半分は明るい空。

「いま、ポーラスターのカバーを完全に開放するから、そうしたら離陸してみてくれ」

「え? いきなりですか」

「ちょっと飛ばして見るだけだって。飛行機のシミュレーターって使ったことある?」

「はい。羽田のやつなら」

 会社の上級資格を習得する際に、研修で航空機のシミュレーターは体験させられた。その情報を自衛隊はもっていたのかもしれない。

「あの、旅客機のやつだったんですけど」

「問題ない。おんなじだよ」

「軽自動車とF1カーくらい違うんじゃないですか?」

「どっちも四輪、おんなじだよ。こっちは主翼二枚のジェット推進。ほーら、おんなじだ」

 退助は溜息をついて、右手で操縦桿をつかむ。だいたい旅客機は操縦輪で真正面にあるが、戦闘機は操縦桿で右横にある。

「あの、コラトローラーの方がやりやすいんですけど」

 言ったらもしかしたら、コントローラーを出してくれるかもと期待した。が、黒崎は無視。なんかいまの、いいわけじみていたかなと、退助は言ったことを後悔する。そう、やるまえから、失敗したときの言い訳をしたみたいだった。事実そうかもしれない。

 上を見た。空が見える。カメラの視界は広い。後ろにたった黒崎がハッチを閉めると、背後の映像も見られる。小型の無人機からのカメラ映像なので、全体的に大きく見える。トレーラーの荷台がまるで空母の甲板のようだ。

 黒崎の操作でエンジン・スタート。

 画像がこまかく震える。壁を通してジェット・エンジンのきーんという金属音が響いてくる。

「スロットルを開くと上昇する。ゆっくりやってみよう」

 退助は重たいレバーをゆっくりと前に倒す。

 機体が動き出した。まるで重さがないかのように、ふわりと浮き上がる。ふいにいつもの感覚が蘇り、退助は揺れる機体を制御して水平を保つ。

「うまいな……」

 すぐ後ろで黒崎が感心する。

 機体はすうっと上昇を開始し、不安定な傾きを操縦桿で制御しながら退助は口を開いた。

「ずいぶん不安定ですね。これ、ホバリングは難しいですよ」

「ヘリコプターじゃないからな」黒崎が軽く笑う。「でも、初めてでこんなに綺麗に垂直上昇できれば、もう言うことは何もないよ。じゃ、このままちょっと外環自動車道までのルートを検索してみようか」

 なんか、いいように乗せられた気はするが、退助は素直に従った。なぜならば、今日は天気も良く、こんな澄んだ空を飛んでいられるならば、いやなことも全部忘れられると思ったからだった。


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