第16話 孔冥と秀吉 七つの隕石


 異星生命体特殊対策室、すなわち深宇宙研究所の研究室は大混乱だった。いや、正確には、大混乱を起こしているのは内閣はじめとするすべての官公庁だったかもしれない。

 惑星ラクシュミーから複数の破片が飛び散った。その事実は朝のニュースで流れた。国立天文台からあがってきたその情報を政府は機密あつかいしたのだが、いまや惑星ラクシュミーを観測しているのは天文台ばかりではない。

 民法のテレビ局も、アマチュアの好事家も、こぞって天体望遠鏡と高画質デジタルカメラを、この未知の惑星に向けている。昼間とは言え、現在のデジタル技術をもってすれば、深夜のように天体の様子を詳細に観測することができる。

 惑星ラクシュミーの赤道上から離脱した破片は、最初四つかと思えたが、すぐにそれが七つあると確認された。

「三石さん、すぐに昴に連絡して、一番端の破片にカメラを固定し、映像とデータをリアルタイムでこちらに送ってくれと伝えてください。」

 孔冥が新しい秘書の三石女史に指示を出している。秀吉が入って来たのも気づいていない様子。

「孔冥、どうだ? 何かわかったか」

「秀吉か?」画面から顔も上げずにこたえる孔冥。「すまんが少し黙っていてくれ」

 が、秀吉とて沈黙しているわけにはいかない。

「もし七つもの隕石が地球に墜落したらどうなる? 地球は滅亡するか?」

「しない」孔冥は言下に断言した。

「そうか」秀吉はひとまず安心する。「恐竜を絶滅させた隕石の大きさが直径十キロから八十キロのあいだだと聞いた。今回の隕石は、直径百キロ以上でしかも七つも落ちてくると聞いて焦ったが、地球が絶滅しないとおまえの口から聞けてほっとしたよ」

「地球は絶滅しない。が、地球上の大型の動物は絶滅するかもしれないな」

「え?」

「まず、隕石の直径だが、百キロ以上というのは間違いではないが、不正確この上ない。ハワイの昴の計測では二百キロだ。ただし、球形ではなく、うすっぺらい円盤型。この大きさの隕石が七つ地球に落ちれば、人類を含むほとんどの生物が絶滅する。まあ、クマムシは生き残るかもしれないが」

「おい、孔冥」

「だが、安心しろ」孔冥は画面から顔をあげると、にっこりと微笑む。「この隕石はおそらく地球に激突しない。まず、惑星の表面から、こんなうすっぺらい形状の岩が剥がれて宇宙に飛び散ったりしない。もっというなら、この直径二百キロの破片は、異様な高速で飛行し、現在も加速中。ゆっくりと黄道面上で左右に展開している」

「左右に展開しているということは、地球から遠ざかっているということか?」

 少し安心したような声をあげる秀吉に、孔冥は不機嫌に言い返す。

「遠ざかっているんじゃない。地球を包囲しているんだ。隕石は未知の力場で加速している。おそらくは人工的な重力場だと思うが、われわれの技術では重力波の観測はできない。また、これらの各破片は、極超短波の電磁波を発している。一種のデジタル通信だ。おそらく各破片および惑星ラクシュミーと通信しているのだろう。これは、惑星の破片とか、隕石とかじゃない。おそらくは異星生命体の巨大宇宙船である可能性が高い。良かったじゃないか、秀吉。僕の予想では、隕石衝突である可能性は、ほぼ皆無だ。君の心配はなくなったぞ」

 強烈な皮肉である。が、秀吉は腹を立てている余裕はなかった。

「異星人なのか?」

「少なくとも、自然現象ではないだろう。ちがうか?」

 孔冥の問いかけに、科学の素人である秀吉も、うなずくしかなかった。


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