第11話 退助 超能力者


 ラクシュミーが地球を掠めて飛び去るというニュースがテレビのワイドショーをにぎわせていたころ、退助はまだ中学二年生。もうすぐクリスマスという時期だった。

 ラクシュミーが地球に最接近するのがクリスマス当日。世界中のだれもが、今年のイブは空にかかる巨大な緑色の惑星とともに特別な日になるだろうと期待に胸を膨らませていた。

 退助のクラスでは、みなで集まってどこか景色のいい場所で、ラクシュミーが浮かぶ夜景を背景に記念撮影をしようということで盛り上がっていた。このイベントにはクラスのほとんどの生徒が参加することになっていて、退助も岡ちんから誘われていた。

 退助がクラスで話をするのは岡ちんだけで、他の生徒とは特に口を利かない。話しかけられれば答えはするけれど。

 クラスのみんなは、もう知っているのだ。退助がもと超能力少年であり、インチキがバレてその一部始終をテレビで放映され、公開処刑されたことを。彼はすでに世界から処刑された罪人だった。その罪は一生消えないのだ。

 だが、岡ちんだけはそんなこと気にしたようすもなく、退助にふつうに話しかけたし、彼のおかげでクラスの他の何人かも、まったく無視したり、絶対に目を合わせないということをしなかった。もちろんそれは少数派だったが。

 退助は子供のころにテレビで見た超能力の特番で、超能力者というわれ人がスプーンを曲げる映像に感化され、自分でも挑戦してみたのだ。幼稚園のころでははなかったと思う。たぶん小一だろう。

 無心にスプーンをこすり、曲がれ曲がれと念じた。指でこするうちに、スプーンのネックは温かくなり、やがて熱くなった。そしてつぎの瞬間、熱されたチーズのようにスプーンはゆがみ、くるりと回って千切れたのだった。ただし母にばれて、めちゃくちゃ怒られたが。

 だが、父は喜んでくれた。

 おまえは凄い。天才だ。超能力者だ

 そう言って退助の頭を撫でてくれた。退助は嬉しくなり、何本ものスプーンを曲げた。父がそれを動画サイトに投稿し、もの凄い再生回数を稼いだ。当然「インチキだ」「手品だ」というコメントも多かったが、そんなものは屁でもなかった。なぜなら退助は、本当にスプーンを曲げられたからだ。

 父に乞われ、あらゆる状況でスプーンを曲げて見せた。椅子の上に立ってとか、服を着ないでとか、お風呂の湯船につかってとか。

 今思うとおかしな状況での撮影も多かったが、退助には関係なかった。指でこすれば曲がるのだ。スプーンはごく簡単に曲がるものだったのだ。

 やがて退助の超能力は話題になり、テレビの取材がくるようになった。

 退助はテレビ局の大人たちに乞われ、カメラの前でスプーン曲げを披露した。彼は一躍時の人になり、超能力ブームがおとずれる。雑誌の取材もあった。ラジオにも呼ばれた。スプーン曲げとは関係ない仕事でテレビに出ることも多くなった。

 そんなとき、本格的な超能力番組の出演依頼がきた。

 なんでも世界中の超能力者をあつめて、だれが一番すごいか決めるというのだ。退助は日本代表として国の誇りをかけて出演することになった。

 撮影は最初スタジオで開始された。

 だが、この日は退助の調子が悪かった。いつもならすぐに柔らかくなるスプーンが、この日はいつまでも硬かった。指先も冷えて感覚がない。四苦八苦していると、プロデューサーが個室を使おうと言ってきた。

 机と椅子しかない狭い部屋で、カメラを一台だけ置いての撮影。スタッフは入らない。カメラが回っているから、ここで一人、集中してスプーンを曲げてくれと言われた。

 退助は深呼吸し、気持ちを集中させて指先にパワーを集めた。いつものようにスプーンをこすり、そこにエネルギーを注ぎ込む。だが、この日は何度やってもスプーンは曲がらなかった。柔らかくもならない。いや、それどころか温かくもならないのだ。

 退助は焦った。このままでは日本が負けてしまう。みんなが自分の勝利に期待してくれているのに、それを裏切るわけにはいかない。

 退助は、カメラに映らない、机の下で、素早くスプーンを曲げた。手だけで曲げるのは大変なので、机のスチールの引き出しのところに引っ掛けて、両手で引っ張って無理やり曲げたのだ。梃子の原理で、金属のスプーンは簡単に曲がった。といっても、いつもはもっと簡単に曲げていたのだが。

 退助はドアをあけ、プロデューサーにスプーンが曲がったと伝えた。

 だが、退助は知らなかったのだ。その部屋には、いくつもの隠しカメラが仕掛けられていて、退助のインチキをあらゆる角度から撮影していたことに。


 スプーンを曲げた後、カメラを確認したプロデューサーは満足そうな笑顔を見せてくれた。退助もほっとした。その日はいつもとちがい、その場で出演料が封筒に入ったお金で父に手渡され、退助たちは家に帰った。

 何日か後、放送日が決まったという連絡がテレビ局からあり、当日退助はいつもの通りテレビのチャンネルを合わせた。だが、時間になって始まった番組は、事前に聞いていたものとはタイトルからして全然ちがうものだった。

『特報! 超能力の嘘を暴く。超能力者はみんな詐欺師だった』

 え?と思った。

 最初に聞かされていた番組の内容は、世界中の超能力者が集まってその能力を競うというものだった。しかし、放映された番組は、超能力者たちはみんな嘘つきで、彼らには特別な力なぞない、超能力と見せかけて彼らがやっていることは全てと程度の低いマジックであるという内容のものだった。

 取材陣が世界中の超能力者のもとをおとずれ、その能力を見せてもらう。そして、協力者として取材に同行させた、ラスベガスで活躍しているという日本人手品師がそのトリックを見破り、それを指摘するというものだった。

 嘘を見破られた超能力者は、泣いたり謝ったり怒ったり、さまざまな反応を見せ、だいたいが超能力はあるんだと言い訳して家の中に帰ってしまう。

 取材に出てきた世界中の超能力者は、全員が偽物だった。

 番組は進行し、やがて退助の出番が来た。

 そこで放映された映像は、密室のなかでこっそり退助がデスクの下でスプーンをてこの原理で曲げるインチキをしているところをばっちりと盗撮したものだった。退助はその番組を見ながら、目の前が真っ暗になるのを感じた。退助のインチキの場面が放映されたあたりで、家の電話が鳴りだし、なにも知らずにキッチンから電話に出た母親は怪訝な顔でリビングにやってきて、退助にたずねた。

「あんたなにか、インチキでもしたの?」

 その声にかぶっさって再び鳴る電話。その日から家の電話はいつまでも鳴り続け、しまいには電話線は外されてしまう。

 話を聞いた父はすぐさまテレビ局に電話を掛けたが、プロデューサーにはつながらなかった。携帯にかけても出てくれない。そして、そのころには、退助と父が公開していた動画には誹謗中傷コメントが三万件以上つき、閉鎖を余儀なくされる。にもかかわらずインターネットのニュースでは、超能力少年神波羅退助がインチキであったことが連日のように流される。ネットのニュースは質が悪く、興味のない人にもインチキ超能力少年の存在を宣伝し続けた。

 父にはもちろん怒鳴られた。

「どうしてインチキなんかしたんだ!」と。

 だが、父が怒りを爆発させ、怒鳴り散らしていたのも最初のうちだけだった。

 日に日に父は焦燥していった。疲れ、悩み、打ちひしがれたように頭を抱えていることが多くなった。どうやら退助がインチキ超能力者であることが会社でも話題になっているらしいと聞いたのは、かなり後になってからだった。

 テレビ番組が報道された翌日、退助は気まずげに学校に行ったが、そこで待っていたのは全校生徒によるイジメだった。

 楽しそうにバカにするやつ。ふざけんなと胸倉をつかんでくるクラスメート。聞こえよがしに大声で陰口をたたく女子。問答無用で後ろから殴ってくるやつ。会ったこともない六年生の不良に呼び出され、退助がやった悪いことに対して謝罪のため土下座までさせられた。

 クラスのみんなが退助を無視し、仲の良かった友達は「おまえ嘘つきだったんだな」とあきれ、教室の真ん中あたりにあった退助の机は、一番後ろに離れ小島のようにみんなから隔離されてしまった。

 事態を重く見た母親が手続きをしてくれて、退助はすこし離れた小学校へ転校させてもらえることになった。

 だが、事態はなにも変わらなかった。

 まだ前の学校の方が知っている人や名前の分かっている生徒が大勢いて楽だったかもしれない。いや、逆に知らない人ばかりの方がらくなのだろうか。

 新しい小学校で退助は、顔も知らない生徒たちにまったく話しかけられず、退助も一言も発さず卒業した。そして、中学に入学する。

 さすがに中学生になると、小学生のころみたいないじめはなくなった。というより、みんなつまらない事件の事なんて忘れてしまったようだった。

 ただ、その昔インチキな超能力でテレビに出ていたという退助の過去は消えなかった。

 大きな声でそれを語る生徒もいなかったが、反面噂話として流れた退助の恥ずかしい過去は、学校中の生徒が知っていたかもしれない。たとえ退助の名前は知らなくても、インチキ超能力者のことは、みんな知っていたようだ。

 そんなとき、空の彼方から破滅の女神は、世紀の天体ショーの名目で世界中に歓迎されながら降ってきたのだった。


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