第6話 孔冥と秀吉 接近
遊星ラクシュミーが地球に接近しているというニュースが流れたとき、全世界の人が心配したことは同じだった。
地球への衝突の可能性。その一点。
だが、各国の天文機関による軌道計算の結果はすべて同じで、ラクシュミーは地球から百万キロ以上離れた場所を通過するのみで、地球への衝突はありえないことを伝えていた。
となると、民衆とは現金なものである。地球滅亡の恐怖から一転、数か月後に迫った史上最大の天体ショーににわかに活気づきはじめたのだから。
ラクシュミーは地球より小さい。が、火星より大きい。押しも押されぬ大惑星にカテゴライズされる。その大惑星、しかも外宇宙から飛来した天体が、地球のわずか鼻先、わずか百万キロを掠めて行くというのである。こんなことは百万年、いや百億年に一度あるかないかの大偶然である。
世界はにわかにこの天体ショーに活気づき、その経済効果で空前の世界的好景気に見舞われていた。
三田村秀吉が深宇宙研究所をおとずれたのは、臨時賞与の支給が決定された翌日であった。懐具合が良いので、手土産も自然と高価なものになってしまう。
が、ピエール・メルヘンのチョコレートに見向きもせず、孔冥はタブレットPCの画面を秀吉に見せてきた。
「見ろ」
「ああ」タブレットを手に取り、言われたとおりに一応見る。「ラクシュミーだな」
そこにいま世間を賑わせている外宇宙からの旅人が映し出されていた。この画像は日本の昴望遠鏡が撮影した画像である。いまどのチャンネルを見てもこの画像を目にすることになる。
エメラルドのように美しい緑色の星。その表面にはまるで曼荼羅のような精緻な模様が走っている。これは惑星表面がなにかの結晶構造をもっている証拠であると言われている。
この美しい星が、やがて地球のすぐそばを飛びぬけるという。
地球より小さく、火星より大きい惑星。その距離百万キロ弱。
月までの距離が四十万キロ弱であるため、その倍以上の距離があるが、ラクシュミーは巨大であるため、地球への最接近時、夜空には白と緑の月がふたつかかることになるとニュースでは報じていた。
「だが、接触の危険はないんだろう? それに、生命の痕跡もないらしいじゃないか」
「テレビ報道の知識まんまだな」
「報道のソースは国立天文台だ。各国の研究機関と情報を交換している」
秀吉は憮然と答えた。
「秀吉、おまえはそのソースである情報には目を通しているのか?」
「全部英語なんで、読む気にならん」
孔冥は獲物に襲い掛かる直前の狼みたいな顔をしたが、なんとか自制したらしい。
いっかい深呼吸をしてから、口を開いた。
「ラクシュミーの表面に大気はあるが、水はない。現在の表面温度はマイナス百度前後だが、太陽への接近で徐々に上昇しているらしい。しかし、外惑星からきたということは、もともとは絶対零度にちかい状態がかなり長い期間つづいたはずだ。とすると、われわれの知る形態の生命は存在しないと推測される」
「ふむ」秀吉は納得してうなずく。「確かのその通りだろう」
「われわれの知る形態の生命は存在しないと推測する」孔冥は最後の一文を繰り返した。「つまり、われわれの知らない形態の生命は存在しうる、ということだ」
「NASAが観測機をラクシュミーに打ち上げると言っているらしいな。ロシアのロスコスモスも日本のJAXAもそれにならうと発表している。生命が存在するかどうかは、それではっきりする」
「宇宙のことは奴らに任せておけばいい」孔冥はあくまで冷静だった。「ラクシュミーは外宇宙から飛来した。巨大で高速。軌道を変化させた節もある。日本の各天文台へ通達し、その表面の精査を急がせろ。この画像で見る限り、結晶構造が見られる。これは果たして自然の産物なのか? こいつは何万年も外宇宙を旅してきた天体なんだぞ。にも拘らず、美しすぎる。あれは本当に天然自然の天体なのか? そうであるならいい。だが、そうでない場合、その確率が宝くじの当選確率程度であったとしても、われわれは対策を練っておく必要がある。すぐに内閣調査室の方で独自にプロジェクトチームを組め。あの不気味な天体が再び軌道変更する前にな」
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