孤独と寂しさから救ってくれたから優しい私の彼氏は最高のヒーロー!

冨平新

『私だけのヒーロー』【KAC20228参加作品】


 ピンコン!

 夜の公園のベンチに座り、

レモン系チューハイを飲んでいる

神栖美晴かみすみはるのスマホが、通知を受けて鳴った。


 美晴みはるはスマホを開けた。


 (『タワマンかずまさ』が『いいね』してくれてる!)


 美晴は、『いいね』返しをするために、

『タワマンかずまさ』のツイートを見た。


 すると、

 『今、ここにいます』のツイートに、

今、美晴が居る、夜の公園の写真が添付されていた。

 ツイートは、23秒前に送信されている。

 (え?今、この人が、この公園に居るってこと?)


◇ ◇ ◇


 美晴は『タワマンかずまさ』が、ずっと気になっていた。

 美晴の食事に関するツイートに、

いつも『いいね』をしてくれるのである。

 

 それから、アカウント名の『タワマン』から、

現在タワマンに住んでいる男性なのではないか、という

憶測おくそくもあった。

 浪費家ろうひかは困るが、ツイートの雰囲気からは、

浪費家ではなさそうだった。


 美晴はツイッター婚活をしているわけではないが、

彼氏が欲しかったし、出来れば結婚したいと思っていた。


 美晴は現在、27歳である。

 日中はずっと、『ギャラリー神栖かみす』に居て、

絵を描いて日々を過ごしていたので、

男性との出会いがなかった。


 唯一、心のなぐさめだった、インコの『ダビンチ』が

先日、突如、亡くなってしまったため、

ペット葬儀そうぎを終えて、意気消沈いきしょうちんしていた。


 美晴は、今、孤独だった。


◇ ◇ ◇


(『タワマンかずまさ』、どこ?)

 美晴みはるはキョロキョロした。

 すると、公園の入り口の方から、

細身の男性が美晴に向かって歩いてきた。

 男性は、夜なのにキャップ帽をかぶり、

ウォーキングの途中のような恰好をしていた。


 「こんばんは。はじめまして」

 男性が美晴に声をかけてきた。

 「こ、こんばんは・・・

もしかして、『タワマンかずまさ』さん、ですか?」

 「そうです。『タワマンかずまさ』です。

あなたは『ギャラリー神栖かみす』さん、ですか?」


 ツイッター婚活のオフ会のようになっていた。


 「そうです。私は『ギャラリー神栖かみす』の

神栖美晴かみすみはるといいます」

 「僕は、田原和正たはらかずまさ、といいます。トレーダーをやっています」


◇ ◇ ◇


 「『タワマンかずまさ』さん、

・・・田原さんのアカウントは、前から気になっていました。

私の食事のツイートに、いつも『いいね』してくれるから」


 「ああ、それなら僕も、

神栖さんのアカウントがずっと気になっていました。

偶然、僕が食べたものと同じものを召し上がっているようだから、

つい『いいね』をしてしまっていたんです。


あ・・・先日、可愛がってらっしゃった青いインコさんが

お亡くなりになられたんですね。心痛しんつう、お察しします」


 「ああ、・・・『ダビンチ』っていうんです」

 「『ダビンチ』君・・・たしか、男の子でしたよね」


 美晴は、動物に優しい人だ、と思いながら会話していた。

 

 「そうなんです。よくしゃべる可愛いインコでした。

私の口癖くちぐせを真似たりして・・・あの子、インコなのに、

カレーが好きだったんですよ。

よく冷ましてから小皿に取り分けると、

パクパク食べてました。

本当にカレーが大好きな、インコだったんです」


 美晴は、少し涙ぐみ始めた。


 「そうだったんですね・・・あの、実は、

僕もカレー、大好きなんです」

 「そうなんですか?」

 「カレーなら毎日、食べてもいいくらいです。全然飽きなくて」

 「そうなんですね」


 その後、連絡先とLINEを交換して、それぞれの家に帰った。


◇ ◇ ◇


 『タワマンかずまさ』のツイッターアカウントを持つ

田原和正たはらかずまさは、結婚相手を探していた。

 『ギャラリー神栖かみす』のアカウントを持つ神栖美晴かみすみはるは、

風貌ふうぼうも、雰囲気も、ロングヘアーも和正のタイプだった。

 彼女とお洒落なバーで、夜のひと時を過ごしてみたい・・・

 彼女のあまりの美しさと、彼氏がいない、ということから

ロックオンすることにした。


 美晴は、可愛がっていた『ダビンチ』を亡くし、

意気消沈している。

 彼女の心をつかむ、絶好のチャンスであった。


 引かれない程度に、LINEでまめに連絡を取り、

寂しがらせないようにしながら、

徐々に接近していこう、と考えた。


 美晴がツイッターに載せている食事は、相変わらず

和正が食べたものとかぶっていることが多かった。


◇ ◇ ◇


 『ダビンチ』の死から二週間が過ぎた。

 和正のまめなアプローチにより、美晴の寂しさは紛れていた。


 美晴は、あの夜、和正がカレー好き、ということを知った。

 和正が『ダビンチ』と同じ嗜好の持ち主であることから、

どこか『ダビンチ』と和正を、重ねてしまうこともあるのだろう。

 和正に会いたくなってきた。


 LINEで、夜なのに帽子を被っていたわけを聞くと、

すごいクセ毛なので、気にしているから、とのことだった。


 美晴は、思いついた。

 クセ毛なんて、気にすることない、と。

 和正をモデルにして絵を描きたい、と提案してみることにした。


◇ ◇ ◇


 ビーッ!

 和正のスマホに何らかの通知が来た。

 美晴からのLINE通知であった。


 和正とのLINEのやりとりのお陰で、

ダビンチの死からかなり立ち直ることが出来た、

ところで、和正をモデルに絵を描きたい、

都合のつく時間帯を教えて欲しい、

和正の部屋で描きたい、とのことだった。


 「え?彼女が僕の部屋に、来てくれる

・・・モデル・・・?」


 和正は、まず、クセ毛のことについて、

再度確認した。


 ビーッ!

 和正のスマホが鳴った。


 自分はクセ毛の方が、味があって好きだ、

ヨーロッパ人は9割がクセ毛だ、

自分の画廊がろうにある石膏像せっこうぞう

全員クセ毛だ、と美晴は返してきた。


◇ ◇ ◇


 トレードが休みの土日か、平日の夜なら空いている、

と和正が伝えると、

美晴はその週の土曜日の午前11時、

大きなスケッチブックを持って

和正の2716号室にやって来た。


 美晴は、ベージュのノーカラーコートに白いロングプリーツスカート、

黒いブーツをいてきて、華奢きゃしゃ見えするIラインを描いていた。


 「どうぞ」

 和正は、部屋の中なのに、キャップ帽をかぶっている。

 「私、タワマンの部屋の中に入るの、初めて!

あ、こんなの、取っちゃいましょう!」

 「お、おい!」

 美晴が背伸びをして、和正のキャップ帽を取った。

 一瞬、和正と美晴の顔が、近くなった。


 ◇ ◇ ◇


 美晴は構図をすでに決めていた。

 最初はおうちデートは土日中心になるだろうが、

そのうち、四六時中入り浸る計画なので、

PCを前にした、トレードをしている男性の様子を描きたい、

タイトルは『孤高ここうのトレーダー』にする、と伝えた。


 和正はPCのキーボードに手を置き、

「こんな感じ?」

と美晴に聞いた。

 「いい感じです。ギリシャ彫刻がパソコンしてるみたい」


 和正は、決して

ギリシャ彫刻のような顔立ちではない。

 のっぺりとした塩顔であり、

髪だけでなく顔のことも気にしていた。

 しかし、美的センスの優れた美晴は、

和正の美しさに、初対面の時から気づいていた。

 世間で流行っているには囚われない、

美晴特有の美的センスによるのだが。


◇ ◇ ◇


 「退屈でしょうから、

パソコンで何か作業をなさったりして、

自由にしていてくださいね」

 「僕は、そんなにイケメンじゃないし、カッコよくないのに、

何故僕を、モデルにしたいと思ったの?」

 「・・・」

 美晴は、眉間みけんしわを寄せ、一心不乱に、

6Bの鉛筆でスケッチブックにデッサンをしていて、

和正の質問が聞こえなかったのか、

わざと答えなかったのかはわからなかった。


 和正はPCに向き直って、一週間のトレード分析をしたり、

サンデーダウを注視ちゅうししたりして、美晴のモデルになっていた。


◇ ◇ ◇


 先日のデッサンをもとに、油絵に取りかかる時がきた。

 油絵は、乾燥するまでに一週間ぐらいはかかる。

 描いた直後のキャンバスを持ち帰ることは不可能なので、

和正の部屋に画材一式とイーゼルが置きっぱなしになった。

 

 そのうち、絵の具が乾かないうちに

重ね塗りしたときの味が良いから、と言って、

美晴は平日の夜にも和正の部屋を訪れるようになった。


 そして、毎回カレーの材料を買ってきて、

和正の部屋でカレーを作った。


 「嬉しいなあ。僕、カレー大好きなんだけど、

自分で作る時間も技術もないから、全然食べれなくて」

 「これから、お邪魔するときには、毎回カレーね!」

 「本当に嬉しいよ。毎日カレーでも飽きないぐらい、好きなんだ」


 そうは言われても、飽きさせないために、

美晴はカレーレシピを勉強した。

 スパイシートマトのカレー、ポークカレー、

王道のチキンカレー、無水カレー、カレーパン、

鶏のカレーピカタ、茄子とツナの和風カレー炒めなど、

多種のカレーに、和正の喜ぶ顔が見たかった。


◇ ◇ ◇

 

 美晴が和正に惚れこんでしまったきっかけは、

『ダビンチ』の死から立ち直らせてくれたことだった。


 自分がどんなに落ち込んでいても、

この人だったら自分の気持ちをあげてくれるだろう、

この人だったら自分を救ってくれるだろう。


 美晴にとって、自分が精神的にピンチに陥った時、

助けてくれた和正は、ヒーローであった。

 

 美晴は、和正のプライベートが気になりだした。

 和正がトイレに行っている間、

美晴は和正のスマホを盗み見した。

 ロックもかけていない和正のスマホから、

交友関係がないことや、彼女が居ないこと、

美晴に隠し事がないこと、などが推測された。


 美晴は、カレーですっかり和正の胃袋をつかむことに成功した。


 和正の部屋には、いつも油絵具あぶらえのぐとカレーの匂いが充満していた。


 その幸せの立ち込める中で、

美晴が和正にバックハグをすることがあった。


 和正は、始めはうろたえたが、

度重なるバックハグにもいつしか慣れ、

その時にはトレードの手を休めて美晴に向き合い、

正面からハグをするようになった。


◇ ◇ ◇


 美晴の描き続けていた絵が、ついに完成した。

 「やっぱり、タイトル、これにしちゃった」

 絵のタイトルは『私だけのヒーロー』になっていた。


(完)

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孤独と寂しさから救ってくれたから優しい私の彼氏は最高のヒーロー! 冨平新 @hudairashin

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