機神ノアールはノアじゃない【KAC20228:私だけのヒーロー】

冬野ゆな

第1話 私だけのヒーロー?

「『キミだけのヒーローを作ろう!』……」


 私はそんなキャッチコピーが書かれた箱を見ていた。

 ふうっとため息が出る。


「パパってば! またこんなの贈ってきて~」


 箱を目の前の勉強机に投げ捨てて、腕を組む。回転椅子を少しだけ左右に揺らすと、置いてある鏡になんともいえない表情の自分が映った。

 パパはホビー関係の仕事をしている。忙しいのかなかなか帰ってこない代わりに、こうしておもちゃを時々贈ってくれる。でも、中学二年になって玩具はないだろう。


「大体何これ。『機神ノア』……見たことないやつだ」


 箱を開け、ばらばらになったパーツをひとつひとつ丁寧に取り出す。

 ロボットものらしい。一緒に入っていた手紙によると、新しい企画のようだった。宇宙から来た侵略者と、同じく宇宙から来たヒーローが戦うのが基本で、パーツの付け替えによって様々な姿になるのが売りのようだ。好きに塗装してもいいらしい。


「だから『キミだけのヒーロー』かあ。うーん。にしては、設定がちょっと古くない? 対象年齢低く見積もってんのかな……。王道やりたいなら、つかみはもっと邪道にして……」


 パパがこうして玩具を贈ってくる理由はもうひとつ。玩具に不都合がないか、危険じゃないか、面白いかどうか――そしてなにより設定の善し悪しについて聞くためだ。私は試金石にされているのだ。

 おかげで、別に玩具好きでもないのにプラモデルに必要な道具は一通り揃っている。ニッパーでパーツごとに切っていき、切り跡の補修もしていく。中には、果たして必要なのかどうかわからない宝玉パーツもちゃんと入れる。でもこれで完成じゃない。これは仮組みだ。


「だいたい、いくらデフォルメしてあっても、こんなにパーツあったら子供向けじゃないでしょ」


 一旦スイッチが入ってしまったら、もう取り返しがつかない。

 仮組みを終えた後にもまだやることはたくさんある。パーティングラインの処理や合わせ目の修復、パーツ洗浄。


「色、は~。これ見ると、まだ決まってないのかな。どうしようかなあ」


 いくらデフォルメの小さいのだといっても、さすがに日数がかかりそうだった。


「……ちょっとくらい、私の趣味を入れてもいいよね……!?」


 それから数日。私はノアを作りまくった。頭から伸びたアンテナ的なやつを削り、背中の装甲も削って、羽のようにする。背後から羽の生えてるロボットはかっこいいんだよね。といっても鳥の羽みたいには出来なくて、コウモリの羽みたいになったけど。黒と赤を基調に金を入れると悪役顔になってしまったけど。や、やばい。かっこいい。


「で、できた……私の最高傑作……」


 とりあえず魔改造はしちゃったけれど、まだノアの範囲だ。大丈夫大丈夫。主人公というより、色違いの悪役ライバルキャラになってるけど。


「は~、これでようやく完成! うーん、でも企画のコンセプトとしてはやっぱりもう少し考えてもらいたいな~」

『……』

「うん?」


 何かどこかで声がした気がする。


『よう嬢ちゃん』

「おあーッ!?」


 思わず変な叫びをしてしまった。

 いましがた作ったフィギュアから声がしている。


『ほーん。こりゃまたずいぶんとイカシた姿にしてくれたじゃねぇか』

「えーッ、うそっ、これ喋るの!? すごいなあ、トイ・ストーリーの世界じゃん!」


 子供向けの玩具って、こんなに進化したんだ。

 なんか声だけじゃなくて体全体が動いてない?

 中で回線が繋がってるのかな。やばい。魔改造してるんだけど。プラモなのに回線が繋がってるってなんだろう。それともICチップみたいなのが入ってるのかな。超音波洗浄機の中にぶっ込んだ事も思い出したけど、無事で良かった。何か仕掛けがあるのなら書いておいてほしい。


『俺の名前はノアールだ。お前は?』

「ノアール? ノアじゃないんだ。まあ黒いからちょうどいっか。私はミアだよ」

『ふうん。ミアか』

「おお……」


 しかも名前まで覚えてくれた。

 それにしても、たぶん主人公の機体なのにこんなヤンキーみたいなしゃべり方でいいのかな。ますます色違いの悪役ライバルキャラ感が高まる。


『ところで、俺よりも前に来た奴らがいたはずだが、知らないか?』

「え? ああ、そっか。宇宙から来たヒーローって設定だったっけ」


 でも正直、完成した満足感と疲労で、それどころではなかった。後ろからまだ何か聞こえてきたが、ベッドに入ってそのまま眠ってしまった。







 翌朝。


「うわっ!」


 勢いよく起きると、既に八時をまわっていた。やばい。遅刻する!

 一気に着替えて鞄を持って駆け下りると、相変わらずパパは帰ってきていなかった。買ってあったパンを適当に食べて牛乳を一気飲みすると、そのまま飛び出した。飛び出して行きかけて戻って、ちゃんと鍵をかける。

 そして、自転車に乗って一気に家を出た。


 へろへろになりながら学校までの道のりを向かっていると、商店街までやってきた時に人だかりに気付いた。なにかイベントでもやっているらしい。


「急いでるのに……なに?」


 自転車から降りて、人の間から奥を見る。

 人だかりの間には、特撮ヒーローものから飛び出してきた奇妙な怪人というか、ロボットとしか言い様のないものがいた。深い黄色の鎧を身にまとっているような格好で、まじまじと周囲を見回している。


「なんだろう、特撮モノかなー?」


 スマホで写真を撮っている女子高生までいる。興奮している小学生もいるし、本来なら早く学校に行くよう促す大人たちも興味津々だ。ところが、警察官の人は困惑した表情をしていた。


「ええと、すいません。コスプレの方ですかね。通行の邪魔になってしまうので、一旦こちらへ……」


 とかなんとか言っている。撮影じゃないらしい。個人とかでやってるご当地ヒーローとかそういうのだろうか。


『あいつは……ボルドーグ?』

「ボルドーグ? ああ、なんかそういうのが居たような……」


 先日送られてきた説明書に、敵キャラの名前もいくつかあった。電気怪人ボルドーグ。宇宙からやってきた支配者側の生命体で、電気を操る機械怪人だ。


「って、なんで鞄に!? 置いてきたはずなのに!」

『そりゃお前、昨日俺がいろいろ現状について聞こうとしたのに寝やがって!?』

「はあ!?」


 そこで違和感に気付いた。果たしていまの玩具というのは、そこまで機能的なものだろうか。

 だがそれを考える前に、すさまじい爆発音がした。目の前のボルドーグが手をかざした瞬間、地面が抉れるような稲光が走ったのだ。それどころか、商店街の店舗にまで稲光が走り、看板や建物が抉れて壊されていく。


「うわああっ!」


 撮影じゃないらしい、という空気に満ちた。


『はっはっは。派手にやりやがる!』

「な、な……なんなの!?」


 逃げ遅れた私があたりを見回すと、ボルドーグが私を見た。ぎくりとする。早く逃げないと。あたりにはもうもうと煙がたちこめていて、警察官の人も吹き飛ばされたのか呻いている。


「ちょ、ちょっと……」


 じりじりと後ろに下がる。

 ボルドーグの手に光が集約する。次は私の番だ。逃げようにも時間がない。

 駄目だ!

 そう思って目を閉じたとき、突然の浮遊感と、何かに抱えられる感覚がした。


 ……何も起きない。

 そっと目を開けると、目の前には空が広がっていた。


『しょうがねぇなあ。組み立ててくれたからにゃあ、なんとかしてやるよ』


 聞き覚えのある声がする。

 目を開くと、人間大にまで巨大化したノアールが私の体を抱えて、宙に浮いていた。


「は!? え!?」

『どうやら俺と同じで、何かにとりついたようだが……』

「こ、これ、私が塗装したそのまんま……!?」


 趣味全開で恥ずかしい。


『そりゃあ俺たちの体は本来、液状金属体だからな。ここまででかくなるのも当然……。ん?』


 語っていたノアールが何かに気付いたように周囲を見回す。こうして見るとどっちが悪役なのかわからない。


『おい。武器が無いぞ』

「は? そ、そりゃまだ作ってないから……」

『あ!?』


 ノアールの声に苛つきが混じったが、すぐさま私の鞄についていた小さな剣のキーホルダーをむしり取った。百均で売っていた剣で型取りをして、レジンで赤く透き通った刀身にしたやつだ。


『これでいい。借りるぞ!』


 言うが早いか、そのレジンに何かが入ったように光った。そしてノアールが人間大になったように、しゅるしゅると伸びて巨大化した。


「うわーっ! うわーっ!」


 自分の趣味全開の剣を実体化されると、もはや恥ずかしさで叫ぶしかない。


『黙ってろっ!』

「だってさあああ!」


 空中から地面まで一気に降下する。ボルドーグの手がこちらを向くのと同時に、剣が赤い光を放ちながら、空間ごと切り裂いた。すさまじい爆発音が響いて、地面が揺れた。


 気がついた時には、私は少し離れたところで目を回していた。ハッと前を見ると、真っ二つになった黄色いロボットが、ばちばちと音を立てながらガラクタのようになっていた。


「きみ、きみっ! 大丈夫か!?」

「は、はひ……」


 半分目を回しながら警察官の人に頷く。

 結局、商店街でガス爆発があった、ということになっていた。私はその被害者の一人という扱いで、学校にも警察のほうから連絡が行った。病院に運ばれたあとは、パパが何を言っているのか全然わからない電話をかけてきたけど、まずは擦り傷ですんだことを言って、平常に戻っていった。


「は~……なんなのよもう~~!」


 家に戻ってソファに倒れ込むと、思わず口から出た。


『だから言ってるだろうが! 俺は奴らとここに来たってな』

「意味がわかんないんだけど!? それは設定でしょ!?」

『設定じゃないって言ってんだろうが!?』


 ここからまた何かありそうだけれど。

 それはまた、別の話。

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