愛するが故に間違えてはいけない答えを愛するが故に間違える

ユラカモマ

愛するが故に間違えてはいけない答えを愛するが故に間違える

 春は結びの季節、村で生きる若者にとっては短い恋の季節である。そのため結びの季節になると若者たちは色恋の悩みに振り回されることになるのだが今年初めて結びの季節を迎えた磨与まともその一人だった。

「このままだと羽李はりと一緒になることになりそう」

「嫌なのか?」

 磨与の揺らぎに満ちた言葉に兄貴分である子劉しりゅうは優しく返した。それに責めるような感じを受けなかったことで磨与はようやく詰めていた息を吐くことができた。

「嫌、というかなんか、うん、本当にこれでいいのかなって」

 ため息をこぼすように言葉を紡ぐと視線がだんだん下に落ちる。子劉はそれに合わせるように目を伏せた。

「羽李は何か言ってくるのか?」

「そういう、わけではないけど。なんか、もう、羽李と一緒になるんだよね? ってよく言われる」

「そうか」

 結びの季節も半ばを過ぎると次第に相手が限られてくる。その大事な季節の大半をここまで体調不良で寝て過ごしていた磨与は相手を探すゆとりがなかった。だから磨与に側で世話を焼いていた羽李しか候補がないのは仕方ないといえば仕方ない。だけど羽李はそうではないはずだった。知らないだけで他に誰かいるのかも知れない。磨与に他の相手がいないからというお情けで選ばれたくはなかった。羽李は善意でそれをしそうなやつだから、余計に。

「羽李は面倒見がいいからな。たぶん、おまえが一緒になってくれと言えば断らないだろう」

 子劉も磨与の考えと同じことを言った。しかし磨与と違い子劉が答えを出すのに時間はかからなかった。

「俺の考えを言ってもいいか?」

 子劉の少し固くなった声に磨与はびくりと身構えた。子劉にも羽李と一緒になればいいと言われれば迷いが切れるかとも考えていたが今はそれを恐ろしく感じていた。視線をあげないまま磨与は頷く。子劉はそれを確認してゆっくり口を開いた。

「俺は羽李あいつだけは選ばない方がいいと思う。少なくとも、今は」

 いつになくきつかったが不思議と暖かみもある子劉の言葉に磨与は安堵した。そして磨与は羽李と一緒になることを望んでいないことに気づかされる。そんなことない、と否定したかったが気づいてしまった以上手遅れだった。

「何で、そう思うの?」

 磨与は弱々しく聞いた。子劉には磨与がまだ気づけていない本心まで見抜かれているような気がしたから、答えが、聞きたかった。

「磨与は羽李が好きなんだろう? 同情で自分に縛り付けてしまうことを許せないぐらい」

「私、でも、怖くて。一人だと、苦しさに耐えることも、生きていくことも、できる気がしなくて」

 子劉に核心をつかれた。心をぐっと割り開かれたような心地がして思わず情けない心情が口から出てしまった。けれど食いぎみにかかった言葉に子劉は呆れることもせず磨与の目元を指の腹でぬぐって笑いかけた。

「別に羽李を選ばなかったとしても大丈夫だよ。皆が望む相手と一緒になれるわけでもないしどうせあぶれて誰でもいいやってなる連中は毎年出るからもう少し待てばいい。それか、いっそ俺と一緒になるか?」

「えっ?」

 磨与は目を開いて子劉の右手首を見た。そこには子劉が片時もはずすことのなかったブレスレットがつけられていなかった。 

「あんちゃん、どうしたの? 護葉ごようねえちゃんは?」

 思わず聞いてしまったが子劉は少しも揺れなかった。ただブレスレットのはまっていた場所を少し寂しげに見た。

「愛しているよ。それはいつまでも変わらないと思う。だけど傍にいない相手をいつまでも一番に思い続けるのは難しい。だから、これでいい」

「...」

 磨与は子劉を責める気にはならなかった。子劉がずっと護葉のことを想っていたのを知っていたから驚きはしたけれどむしろよかったと思った。やはり一人でいるより傍に誰かいてくれた方が寂しくなくていい。護葉ねえちゃんのこともありそれが自分という想像はすぐにはできないけれど。

「でもあんちゃんなら他にも引く手あまたじゃないの?」

「まぁ、それなりにな。でも今年誰かと一緒になるなら磨与がいい」

 すり、と子劉の手の甲が赤く染まる磨与の頬を撫でる。その心地よさに磨与はぞくっとして体を引いた。子劉はおもしろがるように、けれど軽薄さはなく反応を見ていた。さっきまでと今で何が変わったわけでもないだろうにまるで違うように子劉が見える。

「でも俺は初めてなわけでもないし来年以降に持ちこしても別にいいと思ってる。だから、磨与はとりあえず羽李のことを先に決着つければいいよ。もし羽李を選ばすに俺でもいいかってなったらその時考えてくれればいい」

「さっき羽李とは一緒になるなって言わなかった?」

「今のところは、って付け足しただろ。それに結局決めるのはおまえだから。おまえが納得して選ぶことができたなら祝福するよ」

「もし、できなかったら?」

「そのときは...まあ、そのときさ」

 子劉の返事には不穏な間があった。見放されるかと思ったがそれはすぐに杞憂に変わる。

「だけど、俺はどうなってもおまえに味方する。誰が、何が相手でも何だってしてやるよ」

 それは優しくて重い約束だった。磨与は子劉の情の深さを知っていたからその重さにもすぐ気づいた。たぶん子劉は磨与がその誓いを破らない。離れた後もずっと護葉を思い続けているのと同じように。

「あんちゃん、重すぎるよ。」

 ふはっ、と力の抜けた笑いが出る。狙っていたものとは違うが何かしら吹っ切れた感じがする。子劉もそれを感じたのか表情をやわらげる。

「それはもう諦めてもらわないとしょうがない。俺のこと嫌いになったか?」

「ううん、好きだよ。恋してるとは、まだ言えないけど」

 そう素直に伝えると子劉は曖昧あいまいながらも笑って返してくれた。本気で磨与が答えを出すまで結論を待ってくれるつもりなのだろう。

「ありがとう。やっぱりちゃんと考えて答えを出すよ。答えが出たらその時は必ずあんちゃんに一番に伝えるね」

 にこっと笑うとわしゃわしゃと子どもにするように頭を撫でられる。髪の先が頬や首にあたりくすぐったい。笑いながらやめてよと言うとそのいたずらはすぐ止めてもらえたのだが離れ際子劉の指が髪の一束をからめるように撫でたのを視界の端で見てしまい、つい地面に目をらす。頬が熱くなって子劉の目が見られない。子劉はその隙に磨与の耳に唇を寄せあえて軽い調子でささやいた。

「待ってるよ。磨与が悔いのない答えを出せるまで」

「〰️〰️〰️っ」

 いよいよぽんっと破裂しそうなくらい頬を染めた磨与は急にいじわるになった兄貴分の肩をペシッと叩いた。乾いた音が適度に湿り気を帯びた風に溶けて流れていく。陽光は暖かく若葉はまだまだ瑞々みずみずしく輝いている。そう春はまだなかばーーー。

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