第37話 撃墜王ゾンダン


 「ほぉ、構えなしの状態からこのゾンダンの攻撃を受け止めるか。なかなかやる」


 ゾンダンはミドリが攻撃を凌いだことに感心しているが、ミドリとしては全くもってよくやったとは思えなかった。正直剣に少なからず自信を持っていたミドリにとって一撃で吹き飛ばされたのはショックである。


 だが立ち止まっていはいられず、ミドリは直ぐに立ち上がると剣を構えた。

 

 お互い距離を取ってから再びぶつかり合うと、ミドリとゾンダンの激しい攻防はその後も延々と続いた。


 アンリは隙を見てゾンダンに矢を打ち込もうと何度も試みたが、二人は激しく場所を入れ替わりながら剣戟を繰り返していて、アンリの腕をもってすればゾンダンのみを打ち込むことも出来るのかもしれないが、それでもミドリに流れ矢が当たってしまう可能性を考えれば不用意に矢を放つことが出来ずにいる。


 それは賊の仲間も同じようで、加勢しようにも邪魔になるだけになってしまいそうでただただミドリとゾンダンの戦いを眺めることしかできなかった。


 「ミドリも十分よくやっているが、それ以上にゾンダンとかいう奴が相当強い。あの体格でミドリに負けない速度を保っている。それでいて体力に限界が来ている様子もない。体力勝負にもならないかもしれないぞ……」


 アンリは構えた弓を下ろさずにただ茫然と戦いを眺めるしかできなかった。


 「うちのゾンダンは元々メトラム王族直属の傭兵出身だからな。並大抵の奴には負けんぞ。さぁ、小僧、どうする!」


 アンリはミドリとゾンダンの状況の変化が無いことに焦りを感じ始めていたが、賊のリーダーは全くゾンダンが負ける未来は見ておらず自信満々に高笑いしている。


 ミドリとゾンダンはちょうどその時、剣と鉈がぶつかり合い互いに距離を取っていた。


 「あんた元々王直属の傭兵らしいな。どうしてこんな小汚い盗賊の真似事をしているんだ」


 賊のリーダーの声が聞こえたミドリは隙ができたタイミングでゾンダンに問いかけた。


 「このゾンダン、好きで盗賊に身を置いているわけではないということは言っておこう」


 「ならどうして」


 ミドリはゾンダンの答えに疑問を抱いた。


 この世界の事情に詳しいわけではないものの、王直属の傭兵と盗賊を比べればどちらの方がいいかなど比べるまでもない。


 「傭兵時代、たくさんの人間を戦で切り伏せてきた。今まで殺してきた人間の中には当然彼らの帰りを家で待つ家族もいただろう、大切に思う人間もいただろう。それらの思いも全て切り伏せてきた。知らなかったとは言わない。その覚悟が無ければ戦場には立てない。そしてこのゾンダンはその想いに、思いの重さに耐えきれなかった。そして剣を置いたのだ」


 ゾンダンは再び鉈を振り上げた。


 ミドリは構えてその攻撃を剣の刃先を滑らせていなす。


 「傭兵を辞めたからといって盗賊なんかになる必要はないだろ!」


 「………傭兵というのは、王直属の傭兵というのはある種の特権的身分だ。戦があれば戦場に出て命を懸ける。逆に言えばそれさえしている内は食べるものに困ることはない。そして傭兵を辞めた私は初めて食べるものに困ることを知った。色々やったものの、結局ゾンダンには剣を振る以外に能はないことが分かるのに時間はかからなかった」


 「それで盗賊になったって訳か………。人を切るのが嫌だっていう割には盗賊ってのも人殺しを厭わないって聞いてるけどな」


 会話を続けながらも止むことのない攻撃にミドリは適度にかわして息を整えることに集中する。


 「このゾンダンは人殺しをしない。それがこの盗賊団で活動をする条件だ。それに、一般人も襲わない。襲うのは同じ盗賊のような無法者からだ」


 ゾンダンはそう言い切ったが、それでは話が矛盾する。


 「それではおかしい。盗賊が全部お前らの仕業だとは俺も思わないし、実際違うのだろうけどこの間も今回もお前らは一般人の俺たちを襲っているじゃないか。話が、違う!」


 ミドリは遂にゾンダンに対して剣を見せ球にして攻撃を受けさせたところを素早く脇腹に蹴りを入れて飛ばした。


 「がはぁッ、、、、!!」


 ゾンダンは今日始まって初めてまともに攻撃を受けて激しくえづいた。


 とはいえそれでも膝もつかないところは流石である。


 「ハァ、ハァ、違う。そうだ小僧、貴様の言う通りだ。最近のこの盗賊団は道を誤っている。それだけではない。それもこれも物騒な最近の世の中のせいだ。だが、それで言い訳をするつもりは無い。このゾンダンも同罪だ。………弁解の余地はない」


 「だったらなぜ辞めない!」


 「このゾンダン、傭兵から逃げた。そして盗賊団からも何度も逃げようとした。そしてある時気付いた、私のやっていることはどこまで行こうと汚れ仕事なのだと。傭兵として人を切ろうと結局はただの人殺し、盗賊として、他の盗賊団を潰そうとも決して褒められることはない。そこから私の正義は揺らいだ………だが、もう何も考えることはないッ!」


 「外道が…………」


 ゾンダンは再び猛突進をしてミドリまでの距離を一瞬で詰めると、今度は鉈ではなく肩を前にしてタックルをするように全身で飛び込んできた。


 剣を構えていたミドリは予想外の攻撃に身体が動かずに今度はまともに攻撃を受けて吹き飛ばされてしまった。


 「さぁ、これで終わりかッ!」

 

 ミドリが立ち上がると間髪入れずにまたしてもゾンダンは突進を開始した。


 ミドリは痛みを堪えて何とか立ち上がっただけで次の攻撃に備える体制などできておらず、再度突進をその身に受けた。


 「どうした小僧!どうしたァ小僧!気合が入っておらぬぞ!最初の手下を7人も相手取ったときの勢いはどうした!」


 「ハァ、ハァ、ハァ、…………」


 ゾンダンはその後も突進をしてはミドリの立ち上がりを待ち、立ち上がるのを確認すると再び突進をする。ミドリはただいなすことも避けることも出来ずに攻撃を受け続けた。


 ミドリはだらりと剣を持った腕を下げていよいよ立ち上がるのにも苦労するようになっている。


 「どうした。小僧、このゾンダンは肉体による攻撃しかしていないのだぞ!その剣で受ければよいではないか!」


 「…………」


 「返事も出来ぬか………。そういえば、貴様は先程手下をやったときも剣を使わなかったな。いや、使ってはいたが刃の方を使わなかった、が正しいか。うん?これまでは剣を使うまでもない敵だったからと納得していたが、もしや小僧、人をまともに切ったことが無いのではないか?」


 「ッ!!!」

 

 ミドリは図星を突かれて何も答えることが出来なかった。


 剣を使えばゾンダンを容易く倒せると思うほどにミドリは傲慢ではないが、それでもこれほど苦戦することはないかもしれない。それは分かっていてもミドリは本能的に人を殺すことはおろか、剣で傷をつける事さえ躊躇ってしまっていた。


 「………やはりミドリは人を切ることを躊躇っていた。だけどそれも当然だ。ミドリは人なんか今まで斬りあう世界にはいなかった。ミドリは文句なく強いがそれは人間に対してではない。殺すことに躊躇が無いはずがないんだ!」


 アンリは危惧していたことが現実となって頭を抱えた。


 「人も殺せぬ甘ちゃんだったとはな!やってしまえ!ゾンダン!」


 賊のリーダーはさらに勢いづいた。


 「……人を斬る辛さはこのゾンダンも知っている。だが、そういった迷いや葛藤は戦の前や後にやることだ。戦場に出た以上は割り切るしかないのだ。それをゾンダンの剣を持ってその身に叩きこんでくれる!後悔するなよッ小僧!」


 ゾンダンは今度は突進ではなく鉈のような剣を構えて地面を蹴った。


 「ミドリ!剣を使え!」


 アンリは必死に叫ぶが、ミドリは剣を支えにして立つのがやっとで攻撃を受けることまでできるとは思えない。


 だが、ミドリはゾンダンの攻撃を何とかステップを踏んで躱した。それだけでも奇跡のようなことだったが、当然ゾンダンはそれで攻撃を止めるつもりは無い。


 ミドリは一旦下がってゾンダンとの距離を再びとると、遂にその手に剣を構えた。

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