第19話 執念


 「アンリ、考えても仕方ないぜ、これは…………」


 アンリに対してミドリは吹っ切れたような不敵な笑みを浮かべて、壁際にあった1メートルほどの鍾乳洞の結晶の柱を蹴り飛ばして根元から折った。


 「ミドリ、何をしているんだ……」


 やけになって壁を結晶の柱を蹴りつけたのかとアンリは心配して声をかけたが、ミドリはもうアンリを見てはいなかった。


 「こうするんだよッ!」


 ミドリは傷口が深く、激しく動けばまた血が噴き出してしまいかねないにも関わらず、蹴り飛ばした鍾乳洞の結晶の柱を傷を負っていない方の腕で拾い上げると、それを剣のように持ち替えて化け物めがけて走り出した。


 「何するんだ!危険だ!」


 アンリはミドリを止めるために声をかけたが当然それは無駄に終わった。


 ミドリはもはやアンリもルナも見てはいない。声も届かず、ただ目の前にいる巨大な化け物に向かって攻撃に転じようとしている。


 「あ゛あッ」


 ミドリが走りながら叫び声を上げたのは化け物からの攻撃を受けたのではなく、腕を振って全速力で化け物に向かって突進するミドリの肩からは激しく動いたために再び血が噴き出していた。


 「ミドリ止めて!あなたが死んじゃうわ!」


 ルナは泣きそうな声で制止するが、当然ミドリの耳には届いていない。


 ミドリが化け物との間合い3メートル付近まで接近すると、化け物は突進してくるミドリを捉えようと両腕を大きく前に伸ばしてきている。だが、ミドリはそれを予想していたのか伸びてくる手がミドリの体に届く直前にスライディングをして化け物の体の懐に潜り込み、手に持っていた鍾乳洞の結晶の柱を化け物の腹めがけて突き刺した。


 「ぐ、ぐごぉぉ…………」


 結晶の柱ならぬ結晶の剣は貫通こそしていないものの、ぶすりと深く化け物の体に突き刺さり、途端にドバっと体から血が溢れだした。ミドリはそのまま化け物の体の下を滑りぬけ、化け物の背後で膝をついて肩を押さえている。やはり激しく出血している肩の傷を無視して動いた代償は大きく、化け物同様ミドリも激しく血が出ている。


 「ぐぅ、ぐ、うごぉぉ…………」


 「やったのか…………?」


 アンリはその光景を見て驚いた。


 急所に五本も矢を命中させたのにも関わらず片膝をついただけですぐに回復してしまった不死の化け物が、ミドリの突き刺した結晶の剣一本で激しく負傷した部位を押さえながら悶え苦しむまでに至っている。いくら矢よりも深く、太い物体が突き刺さっているといはいえ化け物の耐久力からすればやはり致命傷にはならないのではないかと思ったが、想像以上に効果覿面だったらしい。化け物は突き刺さった結晶の剣を抜こうと必死になっている。

 

 「あの化け物、突き刺さった柱を抜こうとしているわ。でもあれを抜いたら…………」


 そして化け物は遂にその剣を取り除くことに成功した。


 「………さらに血が噴き出すわ!」


 「ブォォォオオッ!!」


 化け物は思惑通り腹に突き刺さった結晶の剣を抜き取ることに成功したが、そこはやはり知能が低いのかそれによって余計に血が噴き出す結果となることまでは予想できなかったらしい。悲痛の叫び声を上げてまたしても勢いよく膝から地面に崩れ落ちた。


 化け物は地面にうずくまって動けなくなっている。


 「今この間に逃げよう!ミドリは僕が背中におぶれば何とかなる!」


 「アンリ、ミドリは……?」


 アンリはこの隙に逃げようと提案したが、先程まで化け物の背後で膝をついていたミドリの姿がそこにはなかった。が、探すには及ばなかった。


 「いや……駄目だ。こいつはやらなきゃそのうちやられる…。逃げたって解決しないんだ。逃げることは先延ばしにするだけだ。でなきゃ、また動き出すぜ、こいつは」


 ミドリは血の滲む右肩をだらりと下げて化け物の背後から横の壁際を伝って移動し、アンリやルナの側へと回り込んでいた。そしてその左手にはまた長さ1メートルほどの結晶の剣を持っている。


 「ミドリ…」


 ルナもアンリもミドリの鬼気迫る雰囲気に気圧されて何も言うことが出来なくなってしまった。これまでのミドリはただの好青年という雰囲気だったが、今の彼の闘争心は化け物よりも化け物じみている。何としても目の前の化け物にとどめをさしてやらなければならないという執念すら感じる。


 ミドリは二人に向かってそう言い、うずくまる化け物の目の前まで行くと手に持った剣を躊躇することなく化け物の顔に突き刺した。


 「ぐぉぉぉおおおお!」


 「む、惨い」


 「ミドリ、あなた…」


 思わずルナとアンリは目を逸らしたが、ミドリはじっと化け物を観察していた。


 彼は目の前の化け物がこんなものでくたばるはずはないと直感していた。しかし、彼にとっても腹部に突き刺した結晶の剣が思いのほかダメージを与えたことには望外の結果だった。


 「ぐぉ、うごぉ…。…………ニンゲンの子よ、先程の一撃は効いたぞ…………」


 「…………ッ!!!!!」


 ルナとアンリはやりすぎだとは思いつつも、これでようやく化け物を殺すことは出来なくとも機能停止に追い込んだと安堵していたが、突如聞こえたドスの聞いた低く響き渡るような声に驚きを隠せなかった。


 三人のうちの誰も声でもないことは明らかで、その声の発生源が化け物からであることは見るまでもなかったが確認せずにはいられず視線を向けると、化け物は頭に突き刺さった剣も抜き取ろうとしている。ミドリは思わず舌打ちをし、後ずさりした。


 「…不意を突かれたとはいえ、結晶の剣を用いて攻撃に転じるとは…………。ニンゲンは尻尾を巻いて逃げるばかりだと思っていたが、その勇気には敬服するぞ、ニンゲンの子よ」


 「こいつも喋るのか………」


 ミドリは化け物が人間と同じ言葉を喋り始めたことに雷に打たれたような衝撃を覚えたが、それよりも目を疑うような変化が目の前で起こった。


 「しかしニンゲンの子よ。貴様は人間であるが故にこの私を超えることはない。先ほどまでは油断していたがもはや貴様に対して容赦は不要だ」


 化け物は頭に突き刺さった剣を勢いよく抜き取ると、もう一度「ブォォォオオ!」という雄たけびを上げた。


 そして三人の度肝を抜いたのは雄たけびを上げた次の瞬間、次第に巨大な人間の姿をしていた化け物の体が肥大化し始め、腕や足の太さは一回りパンプアップし、全身に白い体毛が生え始め、顔は人間だった顔から山羊のような鼻の長い奇妙な動物の顔へと変形した。


 洞窟の横幅、高さパンパンに詰まった化け物は蒸気のような白い息を出して三人を睨みつけている。3メートル弱だった身長は既に5メートル近くにまで膨れ上がっていた。

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