名前も知らないあなたへ

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

第1話

 私は普通の人ではなかった。

 悪い意味での特別だった。

 周りの人に助けられて生きている。

 もちろん冷たい人もいたが、暖かい人の方が多かった。

 私は幸運なのだ。


 走ってはいけない。

 走るとすぐに心拍数が上がり、激痛が全身をめぐって、意識を失う。

 バクバクという音。

 視界が拡大と縮小を繰り返してついには途切れる。

 そうすると真っ暗で感覚を失う。

 無事に発作が収まったのか、それとも命の綱が切れたのか。

 襲い掛かる眠気で死の恐怖すら認識できない。

 走ることに憧れた子供の頃。

 その代償はトラウマとして刻みつけられた。


 長時間運動も当然いけない。

 十分間歩く。

 それが一般的な意味で長時間の運動には該当しないのは知っている。

 でも長時間の運動に分類させてほしい。

 それすらできない私が悲しくなるから。


 まともな学校生活なんて送れるはずがない。

 周りの補助があっても難しい。

 何もなくても意識を失うかもしれない。

 腫れ物を触るような扱いならまだいい。

 私の場合は爆発物だ。

 いつ突発的な発作で命が途切れるのかもわからない。

 何度か地元の学校にゲストで呼ばれたことがある。

 籍はあるらしいけど、お客様なのは変わらない。

 私は異物だった。

 それでも友達になってくれる子や病室に遊びに来てくれる子も多くいた。

 その関係が長く続くことは稀だったがSNS時代に感謝したい。

 今でもその関係が続いている。

 だから奇跡は起きたのかもしれない。

 いつの間にかクラスメートがドナー登録を呼びかける活動を始めてくれていた。

 手術が決まった時は病室で一人涙が出ました。


 名前も知らないあなたへ。

 ありがとうございます。

 手術を受けて生きています。

 ちゃんと体力をつければクラスメートと一緒に学校に通えるかもしれません。

 お客様ではなく今度こそちゃんとしたクラスメートになれるかもしれません。

 今はときどき左胸にそっと手を添えて話しかけています。

 届かないのは知っています。

 あなたにとってとても不幸なことだったのも知っています。

 だからただの自己満足です。


 あなたがドナー登録したから私は生きています。

 名前も知らない私だけのヒーローへ。

 私は一生懸命に生きてます。

 これからも必死で生きます。

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