いつだってあなたは

柚城佳歩

いつだってあなたは

この世には、生まれながらに不運体質な人がいる。

基本的には幸運も不運も同じくらいか、どちらかに傾いたとしても幸運側に傾くようになっているそうなのだけれど、一部例外があるという事だ。


例外枠に入っている者は、本人が気を付けているかどうかはあまり関係ない。例えば新しく出来たスイーツ店に並んだら自分の前で整理券が配布終了したり、買ったばかりの傘がすれ違い様にぶつかられて折れてしまったり、計画を立てて行った旅行で入る予定だったお店が当日急遽休みになっていたりというのが日常茶飯事だったりする。


どうしてこんな具体例がすぐに挙げられるのかと言えば、これらは全て私の体験談だからだ。

今までに御神籤で凶を引いた事がある人はどれくらいいるんだろう。

少なくとも私の周りでは見た事がない。

前に大吉よりも入っている数が少ないと聞いた事があるから、逆にレアとも言えるのかもしれないけれど、大抵凶を引いてしまう私は一体何なんだろう。私はそんな引きの強さは求めてない。

一度くらいは小吉以上も引いてみたい。


「わっ!」


考え事をしながら歩いていたら、突風が吹いて、どこからか飛んできたバケツがすごい勢いで向かってきた。

後退りしようとしてそのまま後ろに転び、直後に頭上をバケツが通り過ぎていく。


「痛った……」


バケツの直撃は避けられたけれど、受け身も取れずに地面についたお尻が痛い。


「……そろそろやばいのが来るかなぁ」


最近、身に降りかかる災難の傾向が変わってきている。

これまでは何かあっても「またか」で済ませられるくらいのものだった。でもここのところ、先程のバケツのように、下手したら怪我をしかねないものへと変化しつつあった。

そしてこれまでの経験上、災難の傾向が変わり始めるのは、遠くない未来に死亡フラグが立ったという事だった。

不幸中の幸いと言うべきか、私の不運体質で災難が起こるのは自分だけらしい。周りを巻き込む心配がないのはせめてもの救いだ。


魂は輪廻する。

今ある生命を全うすると、一度天に還り、記憶も真っ新な状態となってまた新たな生命として地上に生み出される。

それは人として生まれる時もあれば、花であったり、時に鳥や猫の事もある。


それが何の因果か、私は今まで辿ってきた全ての生命の記憶を保持している。

そして、どんな形で生まれ変わっても不運体質なのは変わる事がなかった。

もしかしたら過去の災難から身を守る術や対策を講じられるように記憶があるままなのかもと考えた事もあったけれど、そんな事が出来るのなら回りくどい手助けじゃなく、私の幸運値を平均的にしてくれたらいいのにと、誰にともなく思う。


でも、大いに自覚のある不運体質な私でも、不慮の災難で命を落とした事は一度もなかった。

危機が迫った時になると必ず助けてくれる人がいたからだ。

それは不思議な縁で、どの生命を生きた時でも、いつも同じ魂の持ち主が助けてくれた。

見た目が違っても、触れられればわかった。

それは宛らヒーローのようで、いつからか感謝の気持ちと同じくらい、助けてもらった分の恩返しがしたいと思うようになっていった。

縁というものがあるなら、この生でもきっとまた会える。

そうしたら今度は私が何かの力になりたい。




私の願いが奇跡的に引き寄せたのか、その日はすぐに訪れた。

派遣の仕事の契約期間が終わり、次の仕事先を探す前の気分転換でショッピングモールに遊びに行った帰りの事だ。


久しぶりに映画を観て、可愛い服も買えて、すっかりリフレッシュした気分で駅のホームに降りた。美味しそうな匂いに釣られて、ハンバーグセットも夕食用にテイクアウトしてきた。

あとは家に帰るだけ。そう思っていたら、ホームにがやがやとした一団が降りてきた。

酔っぱらっているのか、声が大きく足元も少々覚束ない。

あの手の集団には関わらない方がいい。

そう距離を取ろうとした時だ。

集団の一人が大きく振った手が、近くにいた私の背中に当たった。


「えっ」


予想もしないタイミングで背中を押されたために、上手く踏ん張れずに前に出た片足から地面が消える。

周りの人の驚く声と、電車が入ってくるというアナウンスが嫌にはっきりと聞こえた。


落ちる。


来る衝撃に備えて身構えた時、重力と反対方向に強く引き寄せられた。


「大丈夫ですか。怪我はありませんか」


私を引っ張ってくれた人を見て、驚きに一瞬息が止まった。

あの人だ。いつも助けてくれた私のヒーローだ。

また会えた。また助けてもらった。


「あの、やっぱりどこかにぶつかってしまいましたか?あ、強く引っ張ったから腕が痛みますか?」


いつまでも喋らない私を心配してくれたらしい。

優しい顔をした男性は、あれこれ声を掛けてくれていた。


「あのっ!助かりました。本当にありがとうございました」


今の分も、今までの分も。


「何かお礼をさせてください。恩返しがしたいんです」


今の分と、今までの分を。




冷静になって考えたら、ちょっと助けたつもりの初対面の人間にしつこく「恩返しをさせてほしい」と言い寄られたら、迷惑以外の何物でもなかったかもしれない。


あの後、酔っぱらい集団からはめちゃくちゃ謝られた。こちらは危うく死んでいたかもしれないのだから、私には当然怒る権利はあったんだろうけれど、怪我の一つもなく無事だった事と、何より再び会えたあの人とちゃんと話をしたいという気持ちが上回って、今回に限っては「お酒は程々に」と強めの注意で許す事にした。


そちらとの話を早々に終わらせると、向き合ったのは先程助けてくれた男性だ。

私にしては珍しく幸運な事に、その男性、高垣たかがきさんの乗る電車の方向と、さらには降りる駅まで同じだったので、その間にいろいろと話を聞けた。

高垣さんは見た目の印象通りの優しい人で、近々カフェをオープン予定らしい。


「昔から自分の店を持つのが夢でね、個人でまったりやっていこうと思っているんです」

「スタッフの募集はしないんですか?」

「誰かいてくれたら助かるでしょうけど、安定したお給料を保証できない小さなお店に来てくれる人がいるかどうか……」

「いますよ、ここに」

「え?」

「オープンまでの間だけでも構いません。私を、高垣さんのお店で働かせてください」


準備の期間くらいならと、高垣さんは私が働く事を了承してくれた。

こうして私は期間限定ながら、新しい就職先と恩返しのチャンスを手に入れた。

今までもそうだったけれど、死にそうな目にあった後は、反動なのか良い事が訪れやすい。

この短い幸運期間に少しでも高垣さんの力になりたいと思った。


こういう時の直感は、いつも不思議と良い結果を招いてくれた。

だから高垣さんが何かで迷っている時には、積極的に意見を出した。

きっと今がこの人生の幸運のピークだろう。

経験でわかる。伊達に記憶を持ったまま転生を繰り返してはいない。




そしていよいよオープンの日を迎えた。

開店三十分前、私はカウンター席に座っていた。

コーヒーが目の前で淹れられる。

高垣さんの計らいで、私を最初のお客さんにしてくれたのだ。

お店を手伝うのは準備期間までの約束。

無敵とも言える幸運期間もそろそろ終わるはず。

押し掛けるように雇ってもらったけれど、少しでも恩返しが出来ただろうか。


「コーヒー、美味しいです」

「それだけは昔から自信があるんです。実はカフェをやりたいと思うようになったきっかけでもあります」

「本当に美味しいです。お店開けますよ!」

「ははっ、今から開くところですよ」

「そうでした……」

「ここまで一緒に頑張ってくれてありがとう。最初は正直ちょっと変わった人だなって思ってましたけど、一所懸命いろいろと考えてくれて、とても助けられました」


助けられた。その一言が、私にとってどれほど大きな意味を持つのか、目の前のあなたはきっと知らないだろう。


「またこのコーヒーを飲みに来ます。私、常連になりますよ」

「その事なんですが……」


高垣さんが言い淀む。

何だろう、まさか気付かない間に私が何かしてしまったんだろうか。


「働くのは準備期間までと言ってましたよね」

「……はい」

「それ、延長する事は可能でしょうか」

「えっ」

「これからも一緒に働いてくれると助かります」

「い、いいんですか」

「いいも何も、こちらからお願いしているんですよ」

「はい!ぜひ、よろしくお願いします!」

「ありがとうございます。そうと決まれば早速今日からまた改めてよろしくお願いします」


最近気付いた事がある。

どうやら私の不運体質は、高垣さんの側だと充分に発揮されないらしい。

何気ないところでもまた、私はあなたに救われている。いつだってあなたは私を助けてくれるんだ。

受け取った分の幸運全ては難しくても、これからも少しずつあなたに返していきたい。


「いらっしゃいませ。店主のおすすめコーヒーはいかがですか?」


コーヒーの香りに包まれた優しい空間で、カフェは今日もまったり営業中です。












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