おもちゃの国

石田宏暁

私だけのヒーロー

「きゃああああ!」


 私の叫び声を聞いて颯爽と現れるヒーロー、それがパパである。玩具で作った伝説の剣を片手に軽快にコタツをまたぎ、スパンと壁を叩きつける。


「大丈夫か?」


「う、うん、ビックリした。ありがとう」


「ふっ、お安いご用だ。だが晴香も虫くらいで泣いちゃうのは、先が思いやられるな。もう十二歳だろ」


「パパがいるから大丈夫よ。本当にありがとう、パパ大好きっ!」


「ははは……まあ、仕方ないな」


「本当に怖かったんだもん。パルサンたく?」


「いや、あれは強力すぎるからな。この間は、町中に迷惑をかけてしまった。まだ時期じゃないだろうしね」


 パパは玩具メーカーに勤める、しがない万年係長だ。頭はハゲ散らかしてるし、お給料も安いから生活も切り詰めてる。


 歯みがき粉だって私の半分も使わないし、お酒も飲まない。見るからに貧乏な中年サラリーマンって感じだ。


 朝は早く起きて掃除や洗濯、ママの仕事が忙しくなって出張ばかりになってから、ずっと家事をこなしながら、遅くまで自分の部屋でお仕事もしている。


 ママは凄いのよ。ノーベル賞だって夢じゃないって、ニュースにもなったわ。頭が良すぎるから世間がほっておかないのね。


 でも、寂しくはい。私の大嫌いな黒い虫が来たときは、まるで前から知っていたかのように、素早く颯爽と私の部屋に駆け込んで、退治してくれるパパがいる。


 それに色々な玩具を持ってきて私を楽しませてくれる。ママが居た頃は、よく開発中の玩具をもって近所の子どもたちと一緒になって思い切り遊んでいたわ。まあ、よく不審者と間違えられていたけど……。


「パパは私のヒーローね」


「ああ、ありがとう。晴香は何も心配いらないから、安心して寝なさい」


「うん、おやすみなさい!」


         ※


 最近はこんな小さな昆虫型ドローンがそこらじゅうにいるから、まったく安心出来ない。太陽光発電で単独飛行を実現してから二年もたっていないというのに。


 雷鳴の響く豪雨の晩だった。濡れて黒光りした黒いスーツのふたり組が呼び鈴を鳴らした。顔認証システムにも所持品にも問題はなかったが、話すつもりはなかった。


「帰ってくれ。娘が寝てる」


「博士、お願いです。これは国防に関わる重要な話です。ひいては貴方や娘さんにも関わることなんですよ」


「お前らは、そう言って戦争のことばかり考えている。あれほど軍事利用を認めなかった妻はどうした。いつまでたっても戻らないじゃないか?」


 もとは妻の開発した昆虫型ドローンが始まりだった。電力から得られる推力効率が、蜂などの昆虫をはるかに凌駕したのだ。


 そして新たに開発されたのが虫の巣システムだった。そこでは常に新たな昆虫型ドローンが同じ昆虫型ドローンにより生産される。


 彼らは自分たちだけで増殖するようプログラムされているのだ。完全な生態コピーが町中に落ちているゴミや部品を拾い集め、休むことなく加工され造られていく。


「奥様は安全な場所にいます。この現状を管理するために尽力しています」


「管理など出来ない。いや、彼女なら絶対に止めたはずだ」


 絶滅を危惧された蜜蜂ミツバチのかわりに植物の受粉をさせることが目的だった。昆虫型ドローンは世界を救うため、産まれたばかりの娘が住む世界をまもるための開発だったはずだ。


 だが、これを引き継いだ研究チームはこの最軽量で低コストの昆虫型ドローンを戦争の道具としか考えなかった。


「我々の認識が甘かったのは反省しています。博士に協力頂いた〈センサー付き伝説の剣〉も〈誘導虫取り網〉も〈ドローンほいほい〉も素晴らしい発明でした」


「こんなものは子供の玩具だと馬鹿にしておいて、今さら言える立場か。博士なんて思ってもいないだろう。おかげで散々、変人扱いされてきたんだぞ」


 こいつらは――カメラを搭載したと思えば、今度は毒針で要人の暗殺に使うだとか、更には生物兵器や有害ウィルスを運ばせるだとか。耳や鼻から入って脳を食いつぶす計画まで、どうしてそんな恐ろしい開発ばかり思いつくんだ。


「技術を盗んで軍事利用しているのは北の大国なんです。博士、貴方の研究成果がいますぐ必要なんですよ。〈電磁パルサン〉の数式と設計図だけでも……」


「帰ってくれ!」私は玄関のドアを叩きつけるように閉めた。分かってはいた。だが、連れ去られた妻は、「娘だけは守って」と私に託したのだ。


 あの昆虫型ドローンが殺戮兵器に利用されれば、戦争のあり方すら変わってしまうだろう。世界のパワーバランスは崩れ、インフラや国家の財産を傷付けることなく、人間だけを排除することも容易くできる。


 そして無限に増殖する昆虫型ドローンは世界を食いつくすだろう。小さな電気信号が繋がることで、巨大なスペックへとバージョンアップを繰り返すのだ。


 絶対に軍事利用などしてはならない――そうなる前に破壊するしかないのだ。だが、それをあの国防総省が許すはずがない。今のうちに娘だけでも安全な場所へ避難させるべきか。



「パパ……」


「!!」


「聞いていたのか、晴香」螺旋階段にパジャマ姿の我が子が立っていた。


「うん。もう十二歳だから理解できるわ。やっぱり私を昆虫型ドローンから守ってたんだね」


「は、晴香……私は……君を守るとママに約束したんだ。だから、君から離れるわけにはいかない」


「私は大丈夫よ。みんなの為に世界を救って。パパならきっと出来るわ。パパはヒーローだもん」


「……ヒーロー?」


 私は、ただの玩具が好きなだけの開発者だった。もともと子供たちの為に玩具を作っていた。開発や研究、ビジネスや金儲けの才能はなかったが、いつも気にかけていたのは、この子たちの笑顔と安全性だ。


 どんなに楽しい玩具でも子供が危険な目にあうようなことは絶対にあってはいけない。そこだけは誰にも、何があっても譲らなかった。


「ママの開発が凄いのは知ってるわ。でもパパだから、出来ることがあるんでしょ」


「ああ、ありがとう。晴香だけは、いつもパパの味方をしてくれるね」


 初めから軍事利用や金儲けに夢中の奴らなんかと関わる必要はなかったんだ。私はずっと子供たちの笑顔だけを見てきたじゃないか。


「またお友達をいっぱい集めて遊びたいね」


「子どもたち。私はなんで忘れていたんだろう」


 けん玉やヨーヨーにもドローンの駆除機能を付けてみよう。スケボーや、縄跳び、フラフープ、玩具の剣や弓矢に付けてもいい。子供の玩具を馬鹿にするなら、してみろ。子どもたちにだけは自分の身を守る道具を持たせておくべきだ。


「私にも何かお手伝いが出来るでしょ?」


「ああ、たくさん、できるだけ沢山の友だちを集めてくれ。けん玉名人の安祐美ちゃんや、ヨーヨー達人の武田くんも、近所の子どもたち、みんなでママと世界を救おう。そうだ、私達で出来るはずだ。大虫取り大会を始めようじゃないか」


「あはははは、楽しそう。それでこそパパだわっ!!」




           END



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おもちゃの国 石田宏暁 @nashida

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