3 〈星の湯〉で何かが

「私、〈星の湯〉大好きです。回数券持ってるもん」


 サオリン先輩がチケットを見せびらかすとナミさんが、


「あら、嬉しいわー」


 とても喜んでいた。


「ナミさんと先生たち、とても仲がいいんですね。ずっとこの町で?」

「ううん。みんな、進学とかで離れたこともあったけど、帰って来たの。

 私だけかな、ずっと星町から出たことないの」


 僕たちは楽しく話しながら歩いていたんだけど。

 この時、学校が大変なことになっていたなんて、全然知らなかった。

 それどころか。


「あれ。タナカ先輩、先に行っちゃった?」


 タナカ先輩の姿が見えなくなったのも、足が早いので先に行ってしまったのだとみんな思っていたのだ。


「なんか、暗くない?」


 それに、辺りがいつもより暗い気がしたけれど、


「街灯暗いのかな。町内会に言わなきゃ」

「だな」


 ナミさんとアオイさん、ユウスケさんも、そんな風に考えていた。


「フフフフフ」


 暗がりから、小さく笑うやつがいる。


「ハハハハハハハ」


 大きくなった笑い声に、僕らはさすがに足を止めた。


「な、なに?」


 ナミさんとアオイさん、ユウスケさんが僕らを守るように前に立つ。


「一日のおわりに、ごほうびのような群れを見つけた。まあ、想定内ではあるが」


 そいつは暗がりから煙のように立ち上ったように見えた。

 緑の髪に、紫色の唇。

 黒く長い裾をひらめかせ、なおも続ける。


「聞こえるかな?」


 何を言っているのか。

 そいつが左の手のひらを上に向けると、そこには錠前のついた小箱がある。


「……タナカくん? どうして声がそこから?」


 サオリン先輩が叫んだ。


 僕たちにも聞こえた。


「『みんな逃げろ』って」

「ハハハハハハ」


 紫色の唇が笑う。


「手始めに小さいのを四十匹、収容した。

 この声は、少し大きい四十一匹目。

 大帝国レムウルの実験サンプルに事欠かないな、この地球は!」

「大帝国レムウル?」


 アオイさんが鋭く言った。


「なに? 大帝国レムウルって?」

「あ、いや……私も知らないけど」

「サンプルって、どういうことよ?」


 ナミさんがたずねると、


「大帝国レムウルも知らぬ連中には、すべてはこちらへおいでいただいてから、とさせていただこうか」

「!」


 そいつが箱の鍵を開け、こちらへ向ける。

 僕らはそこから走り去ろうとした。


 が。


 動けない?


「……わあっ」


 僕らはそこへ吸いこまれた……のだと思う。


 覚えているのは、そこまでだった。


   * *


「……なんと、今宵のわたしはクジ運がいい。これは嬉しい想定外」


 すべてが影に包まれる夜は、カゲカドワカシにとって自らに有利な活動フィールド、〈霧影きりかげ〉の現出に適している。相手の動きを封じ、離れた場所への転移が自在となる霧影の中で、日没後の子供たちを小箱の中へ捕らえるのは実に容易たやすいのだ。


 ところが。


「なにこれ? 掃除機とか?」


 プラニスチェンジして強化服を身に着けたナミとアオイ、ユウスケが、小箱の強い吸引力で気を失った子供たちを抱きかかえている。


「プラニセイバーがいるとは!」

「町内でこの姿見られたくないのに、やっぱりそうもいかなかったわ」


 ナミに続いてアオイ、


「四十一匹ってどういうこと? 子供がそれだけその中にいるってこと?」

「お前たちのその適合力だ」

「なんですって?」


 カゲカドワカシは続ける。


「お前たちはどうして五人まとめて揃いも揃って強化服の適合者だったのだ」

「え。知らない」

「たまたまじゃない?」

「未開の地球人め」


 カゲカドワカシは舌打ちをし、


「ランダ=ガリア様は、この地球の地球人に、何か特殊な性質があるとお考えになられた」

「……サンプルって、子供たちをその調査に使うってこと?」

「返しなさいよ!」

「お前たちこそ、その五匹を寄越せ!

 いや、お前たちごとサンプルとするか。適合者の脳や臓腑、筋骨格も、きっとお喜びになられることだろう」

「冗談じゃないわよ!」


 小箱の力がますます強まり、ナミとアオイ、ユウスケの足元が崩れかかってまた持ち直す。 

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