ユグドー、人間が生み出した合成獣編

 救うとは、なんとも難しいことだ。一方的な思いでは、助けることはできない。


 助けられる方も、救いを求めなければならないのだ。ある意味、共同作業のようである。


 これまで、ユグドーにとって誰かを救うとは常に困難さとともにあった。


 黄金の堕竜は、目玉を激しく動かして空を舞いながら、ブレスを吐きちらしている。


 敵対者への攻撃というよりは、生物への無差別てきな破壊衝動のようだった。


 恨みなのだろうか。悪魔の話を聞く限りでは、当然の感情だと思う。


「ユグドー、魔術具も残りは少ない。そろそろ、どうにかしねぇとな。さっきから動きが鈍いけど……。何か迷っているのか?」


 ディアークは、防壁の魔術石を空に掲げながら黄金のブレスを防いでいる。


 焦っているのは、見ていても分かるほどだ。


 救う方法などと、考えている暇なんてない。ユグドーは、拳を握りしめた。


(せめて、楽に……。そう。もう、暴れなくてもいいように。どこを狙えば……)


 悪魔の力によって得た翼をひろげて、黄金の堕竜に迫る。生物のなかで最強とうたわれる龍族。


 堕ちたとはいえ、その鱗はあらゆる鋼鉄を凌ぐほどだ。並大抵の攻撃では、無意味に近い。


 同じ箇所を狙うか? 空を飛ぶ敵にそのようなピンポイント攻撃が通用するのだろうか。


 ユグドーの拳が、フロッグドラゴンの片足に当たる。衝撃と痛みに思わず悪態をついてしまう。


 悪魔によって付与された力が、巨木のような足をけずった。


 むき出しになった肉からは、緑の体液が湖にしたたる。黄金の堕竜が、ひときわ高い声をあげた。


(苦しんでいるんだ。そう。何とか……。せめて、とどめを……)


 無力だと痛感をした。悪魔の力を借りた翼は、鳥のように自由に動いてはくれない。


 同じく力を借りた拳は、大槌のような破壊力はない。借り物では、誰かを救えないのか。


 もし、ここに十二支石があれば、とユグドーは考えてしまう。


 ユグドーの脇腹に衝撃がほとばしる。黄金の堕竜の大木のような尻尾の薙ぎはらいを受けたのだ。


 一瞬のスキだった。ユグドーは、地面に叩きつけられた。


 呼吸ができずに、心音が体内を駆けめぐる。この危機に目も開けられない。


「ぐうぅ……。駄目だ。翼が……」


 悪魔の翼を維持できなくなり、ユグドーは地面をころげまわる。


「ユグドー、しっかりしろ。今、回復してやるから。戦闘中によそ見するとか、余裕があるな。ええ」


 ディアークは、防壁を展開しつつ、治癒の魔術具をユグドーの脇腹に接触させた。


 心地よい魔力の波が、体内に染みわたり心臓が大人しく鼓動を取り戻す。


 視界も、ハッキリとしてきた。心配そうなディアークの顔。よどんだ表情は、現実を突きつける。


 救うために、迷っている暇はない。迷っているなら、ここで死ぬことになるだろう。


 ディアークは、元軍人だった。しかし、特別なスキルを持っているわけではない。


 ユグドーは、悪魔の力を借りただけの旅人だ。このふたりで、ドラゴンに勝てるわけがないのである。


 必死でやらなければ、その先に待っているのは救いたかったものに殺される未来だ。


 防壁の魔術具は、ディアークの手のひらで魔術を失って崩れた。


 その最後の欠片は、ユグドーの顔に降ってくる。黄金の堕竜は、苦しげに咆哮をあげていた。


「今のが、最後の防壁だぜ。覚悟はいいな。ふー。ユグドー、俺たちも、黄金像になるってことさ」


 ディアークは、黄金の堕竜に向かってロングソードを構えた。


 黄金の堕竜は、大口を空に向ける。燃えるような金色のブレス。太陽が、そこにあった。


 水面が、ざわめくほどの魔力。おそらくは、今までの比ではない。


(僕を解放する? あの村でやったように。ユグドー、悪魔の力を見せてやろう。親友の命までは保証しないけどね)


 悪魔のささやきが、ユグドーの脳内で反響している。お腹が熱い。息苦しいのだ。


 助けたかった悲しい堕竜も、唯一の友ともいえるディアークも、殺してしまう。


 しかし、悪魔化したユグドーだけは、助かることになる。そんな道しか選べないのか。


 ユグドーは、破壊された湖畔にただひとり立ちすくむ。悪魔のような自分の姿が、何度も頭に浮かぶ。


「ディアーク・ベッセマー。マーシャル公国の将軍にして、ファミーリエ傭兵団団長。全て『元』だけどな。最期の地が、こんな異国の辺境とは……。でも、相手にとって不足なし。ドラゴンを相手にしたんだ。不名誉にはならない。いい死に方だぜ」


 ディアークは、すぐ近くで、奇声をあげる陽光に吠えた。その姿は、まるで英雄像のようだ。


 ただ、地に伏して己の無力を呪うユグドーとは、違う。無力でも、誇らしく死ぬこと。


 これが、貴族の死に方なのだろう。ディアークが、言っていた言葉を思い出した。


(僕は、死に方も選べない? 悪魔の力を……もう一度だけ……)


 ユグドーは、拳に力を込めて立ち上がる。


 ところが、その拳を向けるさきにいるはずの黄金の堕竜は、湖に落ちた。


 突然のことに、ユグドーは立ち尽くす。ディアークも、おそらくはそうなのだろう。


 荒れ狂う湖畔は、黄金の堕竜が苦しみもがいていることを証明していた。


 堕竜は、動けないのか。ドラゴンが、泳げないということはない。


 元々、ドラゴン……。いや、龍族は海に住む精霊だった。今は、空中や陸上に生きているらしいが。


 ドラゴンであっても、例外ではない。なのに、一向に湖畔から出てくる様子はないのだ。


 よくよく見てみると湖畔の水面から、白い糸が出ている。その糸は、森の方へと続いていた。


 あれは……


「なぁ、ユグドー。あれは、蜘蛛の糸か……。ドラゴンを動けなくするような蜘蛛がいるのかよ?」


 黄金の堕竜の必死な抵抗に荒れ狂っていた湖畔は、次第に落ち着きを取り戻した。


 ゆっくりと森の方へと蜘蛛の糸らしきものが、手繰り寄せられていく。


 森からは、獣の荒い呼吸が聞こえてくる。


 湖畔から、大口をあけたままの動かなくなったドラゴンが、森の方へと引きづられていく。


 重量感のある醜い肉塊は、音を立てて地面を這いずって森の中へと消えていった。


 そこに、黄金の堕竜の意思はない。


 森の中から、何かを刺すような音が聞こえた。湖畔に満ちていた竜の息吹は、完全に消失したのだ。


「ユグドー、気をつけろ。まだ安心はできない。ドラゴンを殺った奴が、来るぞ……」


 森の中から、巨大な鎌脚が現れた。鋭い眼光がこちらを見つける。


「君は……。あのときの……」


 ユグドーの視界に現れたのは、大きな蜘蛛。本当に大きな蜘蛛であった。


【ユグドー、人間が生み出した合成獣編】完。

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