第24話 初めての冒険

-聖なる宿り木-


『・・・起きなさい』


「あと少し・・・」


『起きなさい!』


ベチーーッ!!


柔らかさと弾力性を持ち合わせる、ベル自慢の肉球が寝惚けたクルスの頬に渾身の一撃を与えた。


『いつまで寝ているのですか、クルス。今日からギルドに行くのでしょう?』


「昨日と同じじゃないか。痛いなぁ・・・」


少し赤くなった頬を撫でながらクルスはベッドを出る。いつもの事だが猫に叩かれても痛みは無いに等しい。そして精神的なダメージは大きいような気がする。



昨日クルス達は鍛冶屋を出たあと、服屋に立ち寄って冒険者用の服と背負い袋を購入して宿に戻った。ドレイクに鍛冶屋で装備を無事入手できたことを伝え、素振りをしたいから裏の庭を貸してほしいと頼んだ。ドレイクは快諾した。部屋に荷物を置いたクルスはさっそく庭に向かう。


庭に着いたクルスは鞘から剣を抜き、素振りを始めた。ベルは庭に設置してある長椅子に丸くなって寝ている。初めて自分の剣を持ったクルスは嬉しさのあまり夢中で剣を振った。当然振ってる姿は不恰好だ。


宿の客である人間族のひとりの鎧を着た男が、剣を振るクルスの姿を偶然見かけた。その男はクルスをジッと見つめたあと、庭に出てきた。ベルは眠ったままの格好で耳を動かす。どうやら騎士の存在に気付いたようだ。クルスはというと素振りに夢中で、男が自分を見ていることなどまったく気付いていなかった。


「背筋は伸ばせ」


突然の声にクルスは驚く。振り向くと鎧を着た男が立っていた。


「いいから続けなさい」


男に促され、クルスは言われた通り背筋を伸ばして、素振りを再開する。その後も男はクルスを黙って見ていた。時々、立ち方や剣の振り方を指導する。幾分素振りの仕方が良くなったクルスを見て微笑んだ。


「その状態を忘れるな」


そう言い残して男は去っていった。クルスは男が消えた後で、ふと気が付く。


「あの人は誰だったんだろう・・・」


クルスはその後も日が暮れるまで素振りを続けた。そして夕飯を食べて、明日に備えて早めに床についたのだった。



※※※



-冒険者ギルド-


クルス達はギルド内の、依頼が張られてある看板の前にいた。色々な依頼が張られている。クルスはある依頼を指差した。


「新人冒険者の仕事と言えばこれだよね!」


人差し指の先にはゴブリンの討伐が書かれた依頼。都市の隣村からの依頼で、作物を荒らすゴブリンを退治してほしいと書かれていた。


クルスも他の男の子と同様に、冒険者の冒険談が書かれた本を何冊も読んでいた。その中で、冒険者になった主人公が最初に戦う相手は決まってゴブリンだった。そして難なくゴブリンを倒しているのだ。


ダンジョンにいたのは、ゴブリンだとベルは言っていた。さすがにあんなのは無理だが、普通のゴブリンなら大丈夫だろうとクルスは考えていた。そんなクルスをベルが呆れたような顔をして見ている。


『冗談なら笑えませんわ。クルス、あなたの依頼はあちらですの』


クルスがベルの向いた方を見ると、そこには薬草採集の依頼が張られてあった。依頼には数量と質で報酬が決まると書かれている。


「その依頼じゃ、この剣が活躍出来ないじゃないか」


クルスは腰にさげた剣をさわりながら、ベルに文句を言う。


『昨日、少し振っただけですわ。この採集依頼は常設で提出の必要はないようです。ほら、行きますわよ』


「え、待ってよ」


ベルがギルドの出口へとトコトコ歩いていく。

初めての冒険が台無しだと諦めながら、クルスは慌ててベルを追いかけていった。



※※※



-近くの森-


街を出たクルスとベルは、冊子に書いてあった薬草が自生している近くの森へと立ち入った。バナックの森と違い、この森には魔物が出現する。そうは言っても、森の奥深くに行かない限り、魔物と対面するのは稀だそうだ。


森の中を進むと、草がたくさん生えている場所を見つけた。


「どれが薬草かな・・・」


冊子を片手にクルスは見て回る。


「・・・」


「まだ見つかりませんの?」


少し離れたところでベルが顔を洗っている。


「・・・あ、あった!」


冊子に載ってある絵と似た草が生えている。これが薬草に違いない。クルスは傷をつけないように、慎重に根元から引き抜いて、空の袋に入れた。


「この調子なら簡単に集まるぞ!」


クルスは生えている草に目を凝らしていく。ベルは丁度よい木陰を見つけて、香箱座りしていた。


「あ、あった!」


クルスの声が回りに響いた。


最初の薬草を見つけてから、かなりの時間が経過した。

これまでに採集した薬草の数はたったの6本。調子が良かったのは最初だけで、そのあとはさっぱり見つからない。薬草採集ってこんなに難しいのかと、クルスは甘く見ていたことを後悔した。


「・・・だめだ。全然見つからない」


クルスは腰を上げた。


『それだけでは、おこづかい程度ですわ』


ベルが横から口を出してくる。


「うう・・・もっと奥に行こう!」


クルスはここではもう無いのではと考えた。たぶんここはもう他の誰かが採集したのだろう。それなら、人が行かないもっと奥に行くしかない。


『奥に入って大丈夫ですの?』


「奥って言っても少しだけだよ」


この数の薬草では帰れないと、クルスはベルの心配にも耳を貸さず、森の奥へと入っていった。




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