第21話 冒険者証
-冒険者ギルド-
「今回の新人はどうだった?」
講習の終了を知らせに来たジャンに、ギルド長のビルが質問した。
「いつも通りですね。マリアって少女だけはなかなか良さそうです」
「なるほど。ちなみにクルスという少年は?」
クルスという名前を聞いて、ジャンは戦闘に全く向いてなさそうな少年の顔を思い出した。
「ああ、あの少年。彼はかなり苦労するでしょうな」
少し世間話をしてジャンが部屋から出ていった。
「ソルトの弟子というから、少し期待していたが・・・期待はずれだったか。それとも・・・」
ビルはジャンが出ていった扉を見ながら考える。
昨日ビルはこの部屋でナムル村のソルト村長から洞窟でダンジョンが発見された事を聞いた。ソルトからその話を聞いてビルはかなり驚いたのだった。未発見のダンジョンはかなり稀なのだ。それも魔物がいないとされるバナックの森とは・・・。
証拠として、発見されたダンジョンから見つかったという赤い結晶を見せてもらった。結晶はダンジョンの魔物からしか入手できない。ダンジョンが存在するのは確実だった。
そして赤い結晶を持ち帰ったのが、先ほど話に出たクルスだったという。ソルトは"クルスが言うにはボブゴブリンが落とした"と言っていた。
ソルトは気付かなかったため
ダンジョンにいるボブゴブリンが落とす結晶は確かに赤い。しかしソルトに見せてもらった赤い結晶は大きすぎるのだ。あの大きさだとボブゴブリンよりさらに上、同じ赤い結晶を落とすゴブリンナイトなのではと思われる。
「ダンジョンのゴブリンナイトと互角に戦えるのは銀級パーティー以上か・・・」
ダンジョンにいる魔物は地上にいる同じ魔物より数倍強い。そのため地上では弱いゴブリンでも、ダンジョンの中ではかなりの強さになっており、油断して命を落とす冒険者も多い。ダンジョンのゴブリンナイトなら、地上ではゴブリンの最上位であるゴブリンキングに匹敵するだろう。
大きな赤い結晶を持っていた少年クルス。ダンジョンのゴブリンナイトを倒せるほどの、何か特別な能力を持っていると思ったが、どうやら見当違いらしい。ソルトが大したことない弟子と言ったのも本当のようだ。
「それよりも・・・」
ビルと会った後、ソルトは領主へ謁見しに行った。人員の緊急派遣を要請して、おそらく了承されたはずだ。そうなると、領主からギルド創設隊として、ナムル村への派遣要請が近々くるはずだ。ソルトがいる村だ、特に心配はないが、派遣する者を人選しなければ。
(そうだ、準ギルドの責任者はソルトに兼任してもらおう。実働部隊は彼の性格に合う人物にしなければ・・・)
ビルは
「彼女がいいだろう」
※※※
クルス達はギルドの休憩所に戻り、椅子に座って休んでいた。全員疲れきっていて、誰かと会話する気もないらしい。ベルも椅子の上で丸くなって寝ている。
(きっと明日は全身が筋肉痛だろうな・・・)
クルスがボーッとしながら考えていると、セーラが休憩所にやってきた。
「お疲れ様でした。皆さんにはこれをお渡しします」
クルス達はセーラの手に持っているのを見る。冒険者証だ。セーラは1人ずつ手渡していく。受け取ったクルス達は冒険者証をじっくり眺めた。
手のひらに収まる長方形の薄い鉄の板で、
「お渡ししたのが冒険者証になります。皆さんの身分を保証する物ですので、無くさないように大切してください。依頼を受ける、または報告する際に一緒に提示していただきます。パーティーを組む場合は受付まで来て下さい。詳細はそのとき説明します」
セーラの説明が続く。
「他のギルドに移る場合は、移動する前に必ずギルドに報告してください。そして移動先のギルドにも報告してください。最後に冒険者証は階級が上がる度に階級と同じ金属に切り替わります。例えば銀級なら銀の板、金級なら金の板となります。説明は以上になりますが、質問はありますか?」
全員が首を横に振る。
「以上をもって皆さんは正式に冒険者となりました。冒険者ギルドを代表して歓迎します」
セーラがお辞儀をした。
「よっしゃ」
「さて」
カイルとトールが同時に席を立ち、休憩所から離れる準備をする。
「さっそく依頼を見に行こう!」
「ちょっと早すぎよー」
カーラも急いで立ち上がって、先に行ったカイルとトールの後を追って行った。
バーナードは冊子を取り出し、熱心に読んでいる。
「私もどんな依頼があるか見に行こうかな」
マリアが立ち上がるとクルスに振り向く。
「クルス、それじゃまたね。ベルちゃんも」
クルス達に手を振って、マリアも席を離れた。マリアの後ろ姿を見ながらクルスは今後の予定を考える。
(さて、どうしようか・・・)
「クルス君はどうするの?」
新人冒険者たちを見守っていたセーラが、席に残っているクルスに話しかけた。
「他の人は冒険者の装備を事前に準備していたみたいですね。まずは装備を揃えないと。と言いたいところですが、かなり疲れてるので宿に戻って昼まで寝ます・・・」
「うふふ。ほとんどの人は冒険者証を貰うと元気になるのに、クルス君は変わってるわね。・・・もしもお疲れなら、お姉さんが癒してあげるわよ?」
大人の誘惑にクルスの顔が赤くなった。その顔を見てセーラが面白がっている。
「もう、冗談よぉ。それはそうと、ちゃんと宿に泊まれたのね。どこを選んだの?」
セーラに宿の事を聞かれ、クルスの顔色が変わった。せっかく宿を教えてもらったのに、結局は違う宿に泊まっているのだ。下手に嘘をついてもすぐにバレてしまうだろう。
「実は、聖なる宿り木という宿に泊まっています」
「え、聖なる宿り木って・・・」
セーラはものすごく驚いた顔をしている。本来であればクルスのような村の少年が泊まれるような宿ではないのだ。
「あそこは爵位のある偉い人とか、金持ちの商人が泊まる宿よ。どうしてクルス君が?」
「それは・・・街で知り合いのエルフに偶然会いまして。そのエルフに宿を紹介してもらったら、料金をかなり安くしてもらえたんです。セーラさんがせっかく紹介してくれたのにすいません!」
クルスは懸命に頭を下げる。クルスの姿にセーラが慌てる。
「宿の紹介は新人さん全員にやってる事だから、気にしないで。それより高い宿に泊まって、金欠にならないように注意してね」
「わかっています・・・」
頷いたセーラはもう仕事があるからと、クルスと別れる。セーラを見送るとクルスはため息をついた。苦しい言い訳だが仕方ない。でも無料で泊まってるなど、口が裂けても言えない。
クルスは立ち上がるとベルを見る。
「ベル、起きて。帰るよ」
丸くなって寝ているベルの顔がムクッと起き上がった。
『クレオス、ババアと言いましたわね!・・・あら?』
「ほら、行くよ」
この寝ボケ猫め、とクルスは呆れるのだった。
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