第14話 英雄王クレオス

-ナムル村 クルスの家-


英雄王クレオス。一介いっかいの兵士から国王にまでなった英雄である。クレオスの偉業として主に2つが上げられる。1つは魔王の討伐。もう1つは人族、エルフ族、そしてドワーフ族の3つの国を統合させ、連合王国を成立させたのである。


魔王城突入部隊の一員としてクレオスは魔王城に突入した。部隊の仲間たちが魔王軍の前で倒れる中、クレオスと彼の相棒である白獣はくじゅうだけが魔王へとたどり着く。そして激闘の末、相棒の白獣を失うも魔王を倒すことが出来た。


魔族と戦争していた当時同盟だった人族、エルフ族、そしてドワーフ族の3つの国は、各国の王女を英雄であるクレオスに娶らせた。クレオスは3つの国の国王となり、そして1つの国、連合王国へと統合させ、初代国王となる。


「――そしてパナシュ連合王国は繁栄していくのであった。おわり」


クルスは本棚にあった〈英雄王クレオス〉の絵本を手に取り、ベルに読み聞かせた。話を聞いていくうちに、ベルの悲しそうな顔が何故か呆れたような顔に変わっていった。


クレオスに嫁が3人も・・・』


「それも全員王女様だよ、すごいよね!」


『そういう意味で言ったのではないのですが・・・。しかしながら、魔王城での戦いの話は間違いだらけですわ』


呆れ顔を崩さないのベルの話は続く。


『1番の間違いはクレオスの相棒の白獣。おそらくわたくしの事でしょう。絵本の絵では狼の姿で描かれていましたが、この姿がけものや狼に見えますか。全く勘違いも甚だしい!しかも死んではおりませんわ!それと魔王城突入部隊とは。おそらく戦後に付けられた名前なのでしょう。正確には遊撃第4小隊という名前でしたが、周りの部隊からは〈部隊〉と揶揄やゆされてましたわ』


「遊撃?それと独暴どくぼうって?」


クルスがベルに聞く。


『遊撃とは固定の攻撃目標を定めないで、戦況に応じて行動する人たちの事ですわ。独暴とは独走と暴走を合わせた造語ですの。要するにおバカさんが集まった部隊でしたわ』


現在、魔王城突入部隊の隊員であるクレオスの仲間たちも英雄扱いになっていた。聖女、魔法使い、戦士、盗賊、そして剣士のクレオス。全員超一流の技術を持っていたと言われている。その英雄たちが実はおバカさんと聞いて、英雄に憧れを持っているクルスの心境は複雑であった。


『聖女の小娘がクレオスに惚れていましたが、願いは叶わなかったようですね』


小声で話したベルの口角が少し上がったが、クレオスは気づかなかった。


『しかし、クレオス含めて全員この世にはいないのですね・・・』


「・・・」


しんみりとするベル。クルスは慰める言葉が見つからず黙っている。お互いうつむいたまま時間だけが過ぎるが、ふとベルが顔を上げた。


『クレオスのお墓があるはずですわ。どこにあるかご存知かしら?』


「多分王都だと思う。でもここからはかなり遠いと聞くよ」


クルスはルークの用事のお供で隣村までは行ったことがあった。それ以外の領都や都市には行ったことがない。ましてや王都などどこにあるのかもわからなかった。

ただ、王都と聞いてクルスはひとつ思い出した。


「思い出したんだけど、英雄王クレオスの王妃様の1人は、今でも生きているって聞いたことある。名前までは忘れたけど、エルフの王妃様だったような・・・」


ベルの顔がパッと明るくなる。


『200年生きると言われる我らエルフならば可能ですわ。エルフの王女といえば・・・メル様か、メイ様・・・』


ベルがベッドの上で勢いよく立ち上がる。しっぽが垂直に尖っている。


『クルス。クレオスの墓参りと王妃に会いに王都まで行きましょう!』


「え?ベルだけ行くんじゃないの?」


突然、ベルから王都への旅路に誘われたクルスは当然慌てた。


『会話が出来ないわたくしだけ行っても仕方がありませんわ。それにクルスは冒険者になるのでしょう。当時と変わってなければ、冒険者は王都と各領の移動は自由のはずですわ』


「王都まで行くお金もないし――」


『冒険者は依頼と冒険で稼ぐ。基本ですわ!』


ベルの正論にぐうの音も出なかったクルスであった。


※※※


ベルを部屋に残してクルスはルークの元に行った。王都の事は別として、成り行きではあるがクルスは冒険者になろうと本気で思っていた。元々英雄を夢見る少年である。冒険者になって有名になる。そして英雄王クレオスのように何かすごい事を成し遂げて英雄になる。これしかない。


ルークはテーブルに座ってリラックスしながら、お酒を楽しんでいた。レオンはどこかに行ったらしい。ミアは台所にいるようだ。クルスの顔が見えるとルークが笑って迎える。


「そんな神妙な顔してどうしたんだ?」


「・・・父さん、冒険者になろうと思ってるんだ」


クルスの言葉を聞いて少しだけ驚いたルークだったが、すぐに真面目な顔をする。


「洗礼の儀も終わったから、お前にそろそろ聞こうと思っていたよ。長男でもないから必ず家業を継ぐ必要はないが・・・道具屋を継ぐ気はないのだな?」


「うん、道具屋はレオンがいるから大丈夫でしょ。あとミアもいる」


「ミアは将来どうなるかわからんが、レオンはもう一人前だ。本気で冒険者になるというのなら止めないが、危険だぞ。母さんが生きてたら絶対に止めてたはずだ」


母さんと聞いて少しだけ寂しい気持ちになったクルスだったが、すぐに持ち直す。


「危険なのはわかってる。最初から冒険者になりたいわけじゃなかったけど、今は本気だよ」


「そうか。お前が決めたのなら応援するしかないな」


ルークが立ち上がるとテーブルの横にある戸棚を開き、麻袋を取り出した。それをクルスに渡す。


「冒険者になるにしても先立つものは必要だろう」


クルスが麻袋の中を見ると、銀貨が何枚も入っていた。


「こんなに?」


「成り立ての冒険者は金がかかると聞いたことがある。そのくらいしか出せないが、足りるはずだ」


「・・・大事に使うよ」


震えているクルスを見ながらルークは頷く。


「冒険者になるには冒険者ギルドに行く必要があるが、領都にしかない。お前は行ったことがないだろうから、一緒に行ってやりたいが・・・。レオンもいるがさすがに一週間も店を離れる事は出来ないなぁ・・・」


「明日村長が領都に行くって言ってたよね。急で強引だけど、明日の朝同行するのを頼んでみる」


クルスに言われて、どうしようか悩んでいたルークは納得した様ではあったが、少し難しい顔をする。


「明日の朝から行くのは少し急じゃないか?」


「思い立ったら吉日だよ。1人でも行けると思うけど、誰かと一緒に行けたなら安心でしょ」


「そこまで言うなら止めないよ。ただ、村長には1人で頼みなさい。失礼のないように。これも冒険だぞ」


ルークは笑って、酒の入ったコップを口に持っていった。クルスも笑っている。


「わかった!」


部屋に戻ったクルスはベルに勝ち誇るように宣言する。


「明日の朝から冒険者ギルドに出発するよ!」


『行動が早いというか何も考えてないというか・・・』


ベルの首がフルフルと横に揺れ続けていた。

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