第1話 夜明けの決意
-ドルマン連合王国 バスク領ミナル村 クルスの部屋-
突然目を覚ましたクルスは、急いで身を起こした。
バクバクと心臓が激しく
クルスは目を閉じ、深呼吸をして自分が落ち着くのを待った。
(またあの夢だ)
クルスは最近になって同じ夢を繰り返し見ていた。そしていつも同じ場面で目覚める。
「ふう・・・」
やっと落ち着いたクルスは窓の外を見た。
遠くの空がぼんやり明るくなってきているが、外はまだ薄暗い。朝日が顔を出すまでにはもう少し時間がかかるようだ。
「クレオスと言えば、やっぱり英雄王クレオスの事だよなぁ・・・」
クレオスとは、数百年前に
後世では英雄王と呼ばれ、現在では絵本や伝記で数々の冒険談や武勇伝が描かれている。世の少年たちの憧れでもあった。
クルス自身も例外ではなく、小さい頃は何度も両親に絵本を読んでもらっていたし、大きくなってからも伝記を繰り返し読んでいたため、クレオスの事は十分すぎるほど知っていた。
「物語の登場人物にベルなんて人は出てこないし、何かが光る場面なんて聞いたこと無いけどなぁ。それに妙に生々しいというか・・・」
「・・・考えても仕方がないか。それに今日は教会で洗礼を受ける日だ。やっと森に入れる」
クルスは夢の事をひとまず脇に寄せ、洗礼に思考を切り替える。
連合王国の子供たちは13歳を迎えると教会で洗礼の儀を受ける。儀式を終えると成人となり、晴れて大人の仲間入りを果たすのだ。ただし結婚、酒や
そしてクルスが住んでいるミナル村では、洗礼の儀式を受けると森に入って狩りや採集が出来るようになるのだ。
「これで冒険が出来るぞ」
ミナル村の南側には〈バナックの森〉と呼ばれる、遥か遠くの山脈まで続く大きな森が広がっている。その森にはシカやイノシシ、キノコや薬草など多種多様な動植物が生息しており、村の貴重な食糧や収入源となっている。
もちろん良いことばかりではない。毒ヘビ、クマ、オオカミなどの危険な動物たちもおり、毒キノコや毒草など人間に害をなす植物もある。
そして森の奥深くには魔物がいると言われている。魔物は人間の脅威と言える存在で、武器も持たない普通の村人が魔物に出会ったが最後、生きては帰れない。
とは言うものの、クルスの知る限りでは、森に入って帰って来なかった者や魔物を見た者は1人もいない。魔物の話はおそらく子供が勝手に森に入らないようにするための作り話なのだろう。
それでも過去1度だけ子供が勝手に森に入り行方不明となったが、無事に発見されていた。
「儀式はお昼前に終わるから、午後からさっそくバナックの森へ冒険だ。ついでにあいつらも誘おう」
家の近所には幼馴染が2人いて、どちらもクルスと同い年だ。無論あいつらも儀式に出る。朝、教会で会ったら聞いてみよう。誘いには絶対に乗るはずだ。
「となると洞窟の宝物を見つけたら3人で山分けだな」
クルスがバナックの森へ入る理由は宝物を見つけるためなのだ。
森の中には洞窟があって、そこには宝物が隠されているという話を何年か前に兄のレオンから聞いていた。
レオンの話では、森の奥へと続く一本道を真っ直ぐ進んで行く。すると道の脇に、ぽっかりとなぜか木々が生えていない広い空間が目の前に飛び込んでくる。
そこには大昔に巨大な建造物があったと思われる痕跡が残っており、生い茂った雑草と一緒に朽ちた石のブロックなどのガレキがいくつも見え隠れしている。
雑草をかき分け、ブロックを避けて奥まで進んでいくと、深く窪んだ場所が見つかる。そこを降りて行くと目的の洞窟が見つかるのだ。
ではどうして洞窟の中に宝物が隠されている事を知っているのか。それは大昔に巨大な建造物の主人が洞窟の中に宝物を隠した、という言い伝えがあった。その言い伝えはバナックの森の周囲にある村々に代々引き継がれている。
言い伝えを信じて、過去に大勢の人々が洞窟の中を探索したが、宝物はいっこうに見つからなかった。そのため、現在ではもう誰も本気にしていないのだ。一定数を除いては。
この話をレオンから聞いたときクルスは10歳だった。冒険を夢見ていたクルスは宝物を見つけたいと
話を聞いた次の日、クルスは家を抜け出して独りでバナックの森へ入って行ったのだ。
結果は以前話した通り。クルスが急に村からいなくなった事で村中が大騒ぎとなり、大勢の村人が森の中へと
「もう少しで宝物を見つけて英雄になったのに!」
村へ連れられて帰る最中、散々愚痴を言っていたクルスだったが、両親からこっぴどく叱られて涙目になったのは言うまでもない。村長や探してくれた人たちにも散々謝らされた。
そんな黒歴史を記憶の
「今度こそは見つけるぞ!」
「お兄ちゃん、うるさい!」
クルスの声は隣に寝ていた妹のミアを起こしてしまったようだ。
「ごめん、寝るよ」
背を向けて横になっているミアに謝り、クルスはもう一度横になった。もう眠れそうにはないが、
(宝物を見つけて英雄になるんだ・・・)
10歳からちっとも成長していないクルスであった。
※※※
-ミナル村 ミナル教会-
(さすがに来るのが早すぎた・・・)
朝早くに教会へ早く来てしまったクルスは、1人ポツンと長椅子に座っていた。奥にある祭壇の周りでは司祭様とシスターが忙しそうに儀式の準備をしている。
(宝物を見つけたら皆、大騒ぎするだろうなぁ・・・)
(領主様と謁見なんてあるかも・・・)
(あれ、領主様に宝物取られたりしないよね・・・)
(見つけたのを隠したら英雄になれないし・・・)
クルスの妄想が膨らんでいく間に、他の子供たちが教会に入ってくる。
「クルス、おはよ」
「おはよう、クルス君」
クルスの幼馴染であるジムとメラニーがクルスと並んで席についた。
「ふたりとも、儀式が終わった後は忙しい?」
「・・・」
メラニーがクルスをジッと見ている。
「・・・クルスお前、洞窟の事だろう。
ジムが無言だったメラニーの代わりに答えた。
自分の考えを読まれていた事に、クルスは少し顔をしかめたが気を取り直して再度聞いてみる。
「わかってるなら。どうなの?」
「クルス君の数年越しの夢だしね。あの涙を見てるから協力してあげる」
「俺も付き合うよ」
2人とも笑顔で誘いに乗ってくれた。
あのときの嫌な思い出を蒸し返すなと、心の中で悪態を付きながらもクルスは2人にお礼言う。
「ありがとう。じゃあお昼を食べたら、水の入った革袋を持って集合だ。たいまつと火打ち石は準備するよ」
「わかった」
メラニーの返事と同時にジムも
「皆さん、静かにしてください」
幼馴染達との話が
(よし、冒険の始まりだ・・・)
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