第16話 水上の狩人⑦

1941年7月22日


 「日向」「伊勢」が敵戦艦2番艦に照準を変更した直後、5戦隊4番艦「霧島」が窮地に立たされていた。


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日本海軍 金剛型戦艦「霧島」


全長 219.4メートル

全幅 31.0メートル

基準排水量 31720トン

速力 30.3ノット

兵装 45口径36センチ連装砲 4基8門

   50口径15.2センチ単装砲8基

   12.7センチ連装高角砲6基

   25ミリ3連装機銃18基54門

   同連装機銃6基16門

同型艦 「金剛」「榛名」「比叡」

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「見張り長より艦橋。右舷側に敵重巡3!」


「艦長より砲術。右舷単装砲、高角砲目標敵巡洋艦1番艦!」


 「霧島」見張り長霧山照英大尉が報告するや、金沢正夫艦長は即座に命令を下した。


 4基8門の36センチ砲弾が「比叡」と共に敵4番艦に対して砲撃を継続している中、右舷側に指向可能な15.2センチ単装砲4基、12.7センチ連装高角砲3基が敵巡洋艦1番艦に照準を合わせる。


(「伊吹」「浅間」と3水戦では抑えきれなかったか・・・)


 金沢は、胸中で呟いた。


 「霧島」の艦橋から見ていた限りでは、第13戦隊と第3水雷戦隊は敵巡洋艦、駆逐艦各2隻撃沈の戦果を挙げ、敵中小型艦部隊を上手く押さえつけているように見えたが、それでも数の差には抗いきれずに、4戦隊、5戦隊に敵艦の接近を許してしまったのだろう。


「『比叡』射撃開始しました!」


 霧山が報せてきた。「『比叡』射撃開始しました!」との報告であったが、正確には「比叡」の単装砲、高角砲群が「霧島」同様、敵巡洋艦部隊に対して砲撃を開始したのだろう。


「敵1番艦砲撃開始しました! 敵2番艦砲撃開始しました!」


 艦橋トップに詰めている「霧島」砲術長友成佐市郎中佐がいち早く敵部隊の動向を報せ、負けじとばかりに「霧島」の15.2センチ砲、12.7センチ砲が砲撃を開始した。


 敵巡洋艦から放たれた20センチ砲弾は第1射で「霧島」を挟叉し、第2射で命中弾を与えた。


 第3主砲塔の天蓋に命中した砲弾は難なく弾き飛ばされたが、単装砲に命中した1発は砲身を付け根から吹っ飛ばし、そこにいた砲員全員を即死させた。


 15.2センチ砲弾の誘爆も同時に起こっており、これまで無傷を保っていた「霧島」の艦体に火災炎が浸食を開始する。


 火災炎が格好の射撃目標となってしまう事を悟った小町涼羽中佐が、「第3単装砲被弾。消火活動急げ!」との命令を発し、待機していた人員が即座に動き出し、その傍ら、「霧島」が敵4番艦に対する第14斉射を放つ。


「『榛名』撃ち方始めました!」


「『榛名』もか!!!」


 霧山からの新たな報告に、金沢が喝采を叫んだ。「榛名」は「金剛」沈没後1対1で敵3番艦と砲火を交わしており、危機的状況に陥っているはずであったが、それでも「榛名」艦長木村進大佐は「霧島」に対して援護射撃をやることを決断してくれたのだろう。有り難い限りであった。


「命中!」


「どっちだ!?」


「敵4番艦に更に1発命中です!」


 第12斉射弾の戦果を友成が素早く報せ、敵4番艦の火災が拡大する様が「霧島」の艦橋からも確認された。


「敵巡洋艦1番艦面舵! 2、3番艦も面舵!」


「何っ!?」


 霧山からの報告に金沢は動揺した。一瞬、敵巡洋艦が投雷を完了し離脱し始めているのかと思ったが、まだ彼我の相対距離は優に9000メートル以上あり、投雷するにはいささか距離がありすぎた。


「通信長より艦長。敵巡洋艦群の狙いは『比叡』の公算大!」


 いち早く敵巡洋艦部隊の動きの真意を見破った狩野隆治少佐が、金沢に切迫した声で意見具申を行った。


 通信長の狩野がこのような事を艦長である金沢に具申することは極めて異例であったが、狩野は今はそれどころではないと判断して、自分の意見を金沢に対して意見具申してきたのだろう。


 「比叡」は敵4番艦から放たれた40センチ砲弾によって主砲4基の内、3基までもを使用不能に陥れられており、大火災が発生しているため、敵巡洋艦部隊にとっては、「霧島」以上に仕留めやすい大物だと考えられたのかもしれなかった。


「『比叡』との距離5000!」


「不味い! 当てろ!」


 こうしている間にも、敵巡洋艦部隊と「比叡」との距離はみるみる内に縮まってゆき、金沢が射撃指揮所をせかしたが、敵巡洋艦に対する命中弾は極めて散発的であり、命中したとしても、15.2センチ砲弾、12.7センチ砲弾では、重巡と思われる敵巡洋艦に致命傷を与えるには程遠かった。


「せめて、敵4番艦をどうにか出来れば・・・」


 金沢は恨めしそうな目で主砲の射撃目標となっているレキシントン級巡洋戦艦を見やった。


 レキシントン級さえ片付ける事が出来れば、主砲を敵重巡に向けることが可能となり、格段に状況が好転する事は明白であったが、まがなりにも40センチ砲対応の防御装甲が張り巡らされている敵4番艦はそれを許さない。


 そうこうしている内に、「比叡」に対し18本の魚雷が投下されたのは、次の瞬間であった・・・


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次回、八八艦隊来援。戦闘は一気に終幕へ――!!!


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