第25話 精霊級

「カレンさん――大丈夫ですかね」


 アスカは彼女の生命そのものには、危惧していない。


「あいつらは理不尽だが、狂人ではないよ。

 カレンのことはことが終わるまで、丁重に運ぶんじゃないかな。本当はすぐにでも、そっち取って返したいが」

「亜人さんたち、助けるんじゃなかったんですか?」

「クソくらえ――亜人なんて、どうにでも」

「それ、ネーネリアやピシカさんたちに言えます?」

「……だね。

 守りたいのはそうだよ。

 でも、俺にはあの子以上なんてない。

 キノ君が、君に焦がれるのと同じことだろ」

「愛してるんですね。

 でも……そしたらミユキさんは、どうなんです?」



 本営へ急ぐカドクラの前に、ミユキが立ちはだかった。


「カレンを放してください、ゆっくり」

「始末屋んとこの、プレイヤーちゃんじゃないの。

 にしても、道理の通じない」

「あなたはカレンに危害を加えた、それで敵じゃないと?」

「俺が言ってるのは、きみのことだ。

 なぜあんなプレイヤーキラーに付き従っている?

 上位調教で縛られているとはいえ、ここでは彼の目も届かないはずだ。本音を言いたまえよ」

「あの人から大切なひとを奪ってしまったその日に、生まれ直したんです。

 あの人の剣になると、誓いを立てた。

 誇りなんて馬鹿にしてきたような、私が――あのひとに自分を認めさせたいって……」

「酔っているのか?」

「いいえ。いたって本気ですよ、今だって。

 だからあの人の大切なひとを、奪わせない」

「たとえ俺が、黄道級を使役しても?

 まともにやり合ったら敵わないんだから、見過ごすのも手だよ。彼女を本営に届けるだけだ」

「むかつくんですよ、なにも知らないあなたに、アスカさんを喋らせるのは、つまらない」

「なんと」


 ふたりが岩だらけの足場に身構えたとき、上から声が降ってきた。


「――こんなところで油を売っている時間はないはずだ。

 なにをまどろっこしいことしてる」

「「!」」


 ミユキが気づいて、後退すると、カドクラの頭上を影が覆った。カドクラはカレンを抱えたまま、迎撃に移る。


「土属性の攻撃か!?

 しかも一撃一撃が、纒の武装で受け流しているのに、“重い”。

 ここまでできるプレイヤーなんぞ、ネームドや黄道級ホルダー以外に」

「いるに決まっているだろう。

 世界に属性ごと一体ずつの五行が存在する、“精霊級”だばーたれ」

「っ、くそ、片腕では庇いきれない――わかった彼女は返そう!」


 カレンを手放すと、彼女は気絶したまま、影のオブジェに抱き留められ、それを使役する主人――崖の上に立つ――のもとへ戻っていく。


「……力押しとは、恐れ入る。

 あんた、始末屋を庇いたてるのか?」

「それはちと違うな。

 俺はそっちの生娘に用がある。

 ついでいうと、きみ、彼を散々裁いた後だろう。

 俺たちはこれ以上、きみに危害を加えない。

 代わり、きみはとっととアガレスのところでも行きゃいいの。

 端的に言ってやろう――失せろ」


 アキトはそこに絶対強者として君臨する。

 そのようなあり方、強者を讃えるギルドの気質もあって、平時なら実に香ばしく好ましいが、敵として構うと実に厄介な相手なのは確かだ。


「そうさせてもらうよ。

 一杯食わされた……あれ、意外と人望あるのか?

 まぁ、やりたいことはやったし」


 カドクラは身を翻し、もと来た方角へ飛んでいった。


「兄さん」

「愚かな妹――あの男を好いたんだろう。

 あれが、お前に振りむかないとしても」


 彼はカレンを、土の精霊に運ばせる。

 それそのものは影で、実体はないのに、外のものには磁場でも働かすのか、きっちりホールドしていた。


「なんで、来たんです」

「あの男に、頼まれた。

 プルソンの足止めに、人足が必要なんだと。

 ……それから焼きいれるためにな」

「え」

「お前を立派にしたのは、あいつだ。

 俺にはできないことだった、称賛するよ。

 いやまったく――」


 兄はアスカの技量を気に入っていたはずだ。

 それが、焼きを入れるという一言から途端に物騒に聞こえるのはなぜか。


「あの男と合流する」

「待ってください、まだ避難が」

「亜人の退路は、確保してある。

 俺の精霊なら村落の近場、地下を短時間で掘ることは易い。

 マップはいま送った。これを動いている、お前の仲間たちと共有しろ。説得からの工程を、これで短縮できるはずだ」

「! ――、すごい。ありがとう」

「俺に、礼なんて言うのか。

 これまでお前を放っといた、俺に」

「でも、来てくれた。兄さん」


 ミユキが微笑むと、アキトはあきれたように嘆息した。


「行きます」



 なにかが渓谷を通過する。

 アスカとカリンは身構えた、さっき彼をこの場に縫い付けたばかりの男が、この場を素通りしていく。


「なにもされない。

 アガレスの方へ、向かったか」

「みたいですね。素通り……カレンさんの様子も気になります」

「――、すまないな。

 俺が、こんな頼りないばっかりに」

「アスカさんは、みんなを守ろうとしてくれました。

 キノも避難誘導が終われば、こっちに向かうはずです」

「そいつは、頼もしい……」


 彼の声は弱い。


「いつもの、誰に憚らない物言いはどうしちゃったんですか。

 しっかりしてくださいよ」

「――、疲れた」

「じゃあ休んでていいですから。

 動けるようになったら、言ってください」

「ありがとう」


 直後、ミユキとアキト――珍しい面子が、現場にはせ参じる。


「お――おぉ」


 アスカは驚き、恐縮した。確かに急いで呼びつけたのは、自分だったが。加えて彼の使役する影に、カレンが抱えられている。


「カレン!

 あんたが、取り返してくれたのか」

「アスカ君。

 きみ回復術使えるんだっけ、さっさと彼女を治してやるといい」

「……あ、あぁ。

 悪いが、こっちに連れてきてくれ。

 天秤座の結界に捕まって、満足に動けない。

 それぐらいならできるはずだけど」

「ヤドリギは?」

「あんたも知ってんのか。

 使えないよ、デバフで筋力値とMPが足りない」

「ならよし」

「なにが?」

「いやこっちの話だ、早く彼女の傷を癒せ。

 すべてはそこからだ」


 そして術の付与が終わったなら、途端拳が腹に突き刺さる。


「!?」

「これは妹を泣かせる分。

 それとも一発」

「ごっほ――」

「おのが身を顧みないことに」


 せき込んで、アスカは言う。


「んなの、あんたに関係ないだろ」

「いいや、あるね!

 文句があるならかかってこい!」


 挑発された。

 アキトの現在のレベルは、育成を熱心にしないため、80台前半だそうだ。

 ミユキやアスカは90を越しているが、アスカには現在デバフがかかっているわけで、彼の拳の一発さえ、なかなか重く刺さっている。

 理不尽に感じたから、取り敢えず殴り返す。

 反撃を受ける。


「いやこんなことやってる場合じゃないだろ!

 プルソン来るんだぞ!?」

「それがどうした」

「それもそうか……」


 なんだか拍子抜けしてしまった。

 危惧していた敵の群体なんて、来るときは来てしまうわけで。

 いや、納得してどうする。


「いやふざけんな、もっと丁寧に説明しろ。

 大体ミユキのことなら、本人にやらせろよ!」

「ついで俺の憂さ晴らしだ!」

「死にたいらしいな!?」

「やんのかァッ!?」


 勝手にヒートアップを始める喧しい男どもを前に、女子らは唖然としていた。ついでにカレンの方も騒ぎに困惑しながら覚醒する。


「なんなの……あれ、私どうなったんだっけ」


 せっかく愛しの相手が目覚めたというのに、アスカは格闘にかかりきりだ。

 どうしてこうなる?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る