第13話 猫派

 追ったら結果的に、目的地へといざなわれる形となった。

 まぁ、このフィールドでプレイヤーが居つけるのは、実際ここぐらいしかないのだろうが。


「墓所――誘いこまれたのか、俺たちは」

「だとしても、早くカリンを助けないと!」

「まったくその通りだな」


 アスカも多少息が上がっているが、後続ふたりが追いついてきたのを確認すると、ピラミッドの下にあった洞穴状の入り口に目配せし、先へ進む。


「ふたりは? 待った方がいいんじゃ」

「既に追いついてきてる。

 きみが一番急ぎたいだろう。

 ……どのみち、みんな乗り込むしかなくなった」


 どうせ遅いか早いかの問題で、多少ことをせかされたからと、わざわざ慌てるようなことでもない。


「冷たいんだな」

「ふたりなら必ず俺を見つけるさ。それで俺たちは、生きてこの森を出る。

 それだけ」

「――」


 すると後のキノは、黙するばかりだった。

 内部へと踏み込んだ頃、アスカは気まぐれな話をする。


「オウリとカリンって子、きみとはどういう間柄?」

「友達と、ど、同級生だよ」


 こんなときだってのに、恥ずかしがってどもりやがる。

 初々しいったらねぇ、と異性には基本関心の薄いアスカでも、なんだか背中がむず痒くなってきた。


「まぁ、石室なりなんなりに続く道なんだろうが――索敵頼む、ダンジョンみたいに、部屋と契約しているタイプの死霊やらアンデッドやら、すぐ出てくるかもしらん。もしくはここに陣取ったプレイヤーのブーピートラップもありうる、進みはのろくなるが慎重にいかなければ、助かるものも助からなくなる。焦るなよ」

「わ、わかってる。つかそろそろ、降ろしてくれ」


 言われたアスカは、直後石床に叩き落す。


「……悪意ある落とし方しました?

 なんでもないです、はい」


 少年は腰を軽く打って、さすりながら立ち上がる。



 二人がピラミッドの地下に潜ったと察すると、ミユキたちも後を追う。

 ネーネリアは愚痴る。


「ミユキさんが嫌いです。……あなたはアスカさんを、叱れない。

 どうせ怖いとか、そういうんじゃないんでしょ。

 あなたは、あの人の仲間だと言っておいて――あのひとを助けない。ただ従う、下につくだけ。

 そんなのなにも考えてないのと、どう違うんですか!

 それともなんです、カレンさんなら、代わりにやってくれるとか言うんです!?」


 先行するミユキは、非常に鬱陶しい顔を作って一瞥するも、また前に向いた。


「あなただって、私に従っているだけのくせに、随分横柄なこと言うよね。……なまじ人紛いの顔を作るから、たちが悪い」

「人、まがい?」


 それが侮蔑的な言い回しであるのは、すぐに察したが、――ミユキが、そしてプレイヤーが、それまで自分に対して想っていたことなのだと、今ようやく実感して、やるせなくなる。ネーネリアは静かに涙を流しだした。

 ミユキは前を向いたまま、言う。


「上位調教。人が人を侍らせる。

 ……あなた本当にその意味、自覚できている?

 自分が甘んじるなら、そのぶん負担は主人に行くの。

 えぇそうだよ、これはあなたなんかの話じゃない――私がアスカさんにしてきたことだよ」



「結局、一本道でしたか。

 ――あれ、なんです?

 なんか奥で、光ってる」


 アスカも彼の言葉に頷き、先行し、見開く。

 そこには蛍光に発色する培養槽のような装置が設置され、中でなにかが眠っている。


「そんな。……どうしてここに、この子が」

「知ってるんです!?

 そのケモ耳の」

「あ、あぁ」


 アスカはまだ、半信半疑なようだった。


「――そう。まさか飼い主に、ご足労いただけるとは光栄の極みだ」

「「!」」


 男の声がして見上げると、都合よく茶番のために用意されたような段差上に、声の主、元凶がいた。

 その傍らには、先ほどのものと同一とみられる影と、それに囲われ気絶したカリンがいる。


「カリン――てめぇ、カリンを返せ!」


 キノが吠えた。


「返す前に、いくらか君らに聞かなきゃならないことがあってね。

 別に君らが野垂れ死のうが、見逃してやってもよかったんだが。

 ――それ以上に、そこにいる『始末屋』の彼、僕はファンなんだ」

「結局、あんたのせいかよ……」


 アスカは少年に睨まれ、また嘆息する。


「原因をなすりつけあっても仕方ない、けど、そういうのは愉快じゃないな。

 ガキの恨みなんぞ買って面白いことなんぞひとつもない。

 名乗ってくれてもいいんじゃないか、誘い込んだ手前、そっちもこっちを知っているようだし」


 こっちの名乗りは割愛、ぐらい許されよう。


「アキトだ。ありふれた名前だろう、笑ってくれて構わない」

「拉致とか物騒なことやらかす相手に、なにを笑えって?

 ファンだと言うなら、あまり俺を落胆させないでくれませんかね。

 ……年上らしいけど」

「やれやれ」


 青年は肩を竦める。


「アスカくんが話してくれれば、彼女は殺さず、解放しよう」

「脅すのか? 俺から取れる情報なんて、たかが知れているだろ」

「知りたいのはそうだが、こっちは単に、会話を楽しみたいだけだ。

 そして俺と話すと、君のほうに有益なことも教えてやれるかもしれない」

「始末屋の俺を知ってるなら、俺がこの場であんたを刺しに行くとは想わないのか」

「素敵だ」

「――」


 これがミユキの実兄なのか? ありふれた名前なのは確かだが、そうかもしれないと、アスカは妙な確信めいたものを感じていた。性格の悪さ、身勝手さは、ある種の形質遺伝なんではなくてか。……困ったことに、アスカはこの男と、実際話しておきたかった。


「絶対に、絶対にっ、カリンに危害を加えさせるな。あんたの責任だからな!」

「わーってる、わぁってるから」


 アスカは少年の強迫を煙たそうに手を振って、流す。

 そして――意地悪く、キノには気取られないよう、ほくそ笑む。それから真顔になる。


「どうしてを、あんたが持っている? おかげで俺の契約紋が、まともに機能していない」

「なるほど、契約は続行していたか。

 弱体し昏睡した彼女を、こちらで保護した……と言えば、信じるかね」

「ピシカを、あんたが。

 オルタナ相手に、わざわざそんなことをしたのか」

「ピシカ、ルーマニア語からかい?」

「安直で悪かったね」

「いやいや」


 壇上の青年は笑っていた。


「十二支族はその名の通り、十二支を原型モチーフとしているんだろう、ところが――幻とされる十三番目の支族がいた。俗説じゃあ、鼠に追い落とされたなんて言われてたりするも……ま、猫ってのは、いい趣味だよな」

「奇遇だな、俺も猫派なんだ」

「なんで意気投合してやがんだよ!!?」


 ふたりの会話に、キノはついていけない。


「君がこの施設を訪ねてきたときから、彼女とバイパスの切れていた契約が、改めて活性しているようだね。

 帰りたがっているのだろうな、君のもとへ」

「あの子が、目覚める?

 なら返していただけるの?」

「勿論だよ。

 僕はここを根城にしているだけの、凡庸なプレイヤーだ」

「わりに抜け目ないな。

 すると、天空へのショートカット作戦時」

「プレイヤー連合は、つくづくネーミングに愛がない。

 そうだね、彼女を拾ったのはあの時になるか」

「にしても、この世界で――昏睡か、珍しい。

 この墓所に備わったバイオな設備といい、背景が気がかりだ」

「こちらも教える分に、吝かじゃないんだけど。

 ……ふたり? ひとりはオルタナ、もう一人はプレイヤーか」


 アスカらも気づいて、背後へ振り返った。

 ミユキが相変わらず、実に渋い顔で先行している。


「兄さん、ですか」

「――お前は」


 ふたりとも、血筋の直感でも働いたらしい。

 会ったなら途端、互いを凝視しだした。

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