7 女神様は翻訳を諦めた

「朝廷から認められて将軍が定められる。その将軍の下に大名がいて、この大名の下にいる武家がそれぞれの領地を納めている。俺の立場は、この領地を納めている武家だ」

 早川は図解をしながら説明をする。

「今、将軍の力が弱まっていて、大名同士が覇権争いをしている。その争いは百年近く続いている」

「百年?」

「次の将軍になるのはどの大名かはまだ分からない」

「将軍とやらがいるのに差し置いて大名が成り代わろうとしている?」

 当たり前のように言われても、聞かされてる方は理解が追い付かない。


「……王に当たるのが朝廷か?」

「王に当たるのは帝、朝廷の上にいる」

 図の一番上に書き足す。字は恐らく通じていないがお構いなしである。

「帝や朝廷は国の儀式や行事などを取り仕切る。政を治めるのは本来は将軍だが、力が弱まっているので、各地の大名がそれぞれの領地を自治している」

「争っていると言うのは?」

「武力でもって相手の領土を奪い合っている」

「反乱では?」

「朝廷や将軍に刃を向けてる訳ではないから反乱ではない」

 答えながらも、必要とあらば刃を向けることもあるだろう、いや、あった、と早川は考える。早川の説明にガウェイン王国の面々は引いている。国内で戦乱が起きて百年が経っているなど、想像もつかない話である。


 早川への対応をどうするか決めるため、身分などを聞いているとこんな話になったのだ。

「戦乱の話は置いといて……恐らく、爵位に当てはめると公爵に当てはまるのが朝廷」

 宮廷魔導師だと紹介された男ナルミスが早川の書いた図を指差しながら解説していく。聞きなれない単語に早川は首をかしげる。

「侯爵が将軍、大名が伯爵、その下が子爵か男爵。つまりこの男の地位は子爵相当であると言える」

「なんだそのしゃくっていうのは?こうしゃくが2回出てきたぞ」

「……私はしゃくなどと言っていないから、それは多分あなたの方の問題だ」

「はあ?もう一回説明してみろ」


「Dukeが朝廷、Marquessが将軍、Countが大名、その下がViscount、Baron」

 唐突に違った発音が聞こえてきた。

「デューク?マーキス?カウント?」

 早川が復唱するとそうだと頷く。しばらく発音練習をするはめになったのだった。



 早川としては、こんな話は置いといて、もっと相手側の説明が欲しい。特に聖女召喚の話を聞き出したいのだ。

「さっき俺が出てきて化け物と戦った建物はなんだ?」

「あれは教会だ。この国では3人の女神を崇め信仰している」

「で、あの化け物は」

 近年この国を脅かしている魔物だと言う。あれを倒すために、国は苦労しているのだと言う。状況は、早川領とよく似ている。


「魔物討伐の力を得るために、古来の文献を参照して儀式を行ったのだ」

 その辺の経緯も、早川が願掛けに頼ったのと似通っている。

「その儀式の結果、この地に遣わされたのがあなたなのだ」

 いや、失敗したんだろう?と早川は聞きたい。

 現状を正確に把握してから、事に当たりたいのだ。

 だが、こうやって意図的に聖女のことは伏せられている。さっさと言質をとってしまいたいのだが、どう言えば相手の核心をつけるのか、早川は攻めあぐねていた。



「異世界人の話は聞けたかー?」

 場に不釣り合いな能天気な声が聞こえてきた。目の前にいたナルミスの目付きが妙に鋭くなる。他の人間も、そわそわと落ち着きをなくしている。

「セオドア殿下、いかがされましたか」

 ナルミスや他の面々が立ち上がって挨拶するのにならって、早川も立ち上がり、礼をする。

「座っていいよー」

 といいつつ、彼が座る分誰かの席は奪われる。今回はナルミスが自主的に席を譲った。

「こちらは第二王子であるセオドア様です」

 紹介するナルミスの声が固いように感じる。

 紹介された第二王子は誰よりも輝く金の髪に澄んだ青い瞳をしていた。もっとキリッと引き締まった顔をすればいい男だろうに、もったいないと早川は思う。

 よく言えば柔和、言い換えれば軽薄。ヘラヘラと笑みを常に浮かべている。


「今回は突然のことで驚かれただろう」

 謝罪のようなことを口にされて、やっと来たかと考えた。ここまで尋問ばかりされていたのだ。

 だが続く言葉に謝罪を受け入れる気が吹き飛んでしまった。

「こちらも聖女を召喚しようとしたら、なぜかあなたを迎えることになってな。しかも、兄上の姿が見えなくなってしまった」

 知りたかった情報があっさり得られたのだが、逆に心配になる。ナルミスの顔を見ると、結構険しい顔をしていた。

 不穏な話も混ぜられていた。兄が消えた?


 早川は改めて、王子の顔をしっかりと見た。

 この顔立ちは確かに見覚えがあった。

 髪を伸ばして赤くして、瞳の色はもう少し深い色に変えて、年を2、3才重ねて、もっと真剣な顔立ちをすれば、あの顔になるだろう。


 千佐が呼び出した現人神のその顔だ。


「第一王子はもしかして、肩くらいまでの赤い髪に青い瞳をしてらっしゃるのか?」

「なぜ、兄上の容姿を知っている!?」

 驚かれて、やはりそうだったかと確信する。聖女召喚失敗の原因は、己にあった。お前が来いと、腕を引っ張ったのだ。早川は叫びたい気分になった。 



「一目垣間見ただけだが、あの聖女は美しかった……願わくば、一度会って話してみたいものだ」

 ふぬけた顔で言われて、お前にはやらんぞと内心で思う。

 彼らの言う聖女とは千佐のことだろう。夢を砕いてしまって悪かったなと思うが口にはしない。


「あなたは聖女ではないが、あの腕前を見るに、魔物を倒す力を十分にお持ちのようだ。是非とも、その力をふるって我々を助けていただきたい」

 王子の一礼に合わせて、他の面々も頭を下げる。

「承知した。ついては食事や寝るところ、替えの服や武器などはそちらで用意してくれ」

 了承するしかない、と考え答えて、要望を口にする。

 考えようによっては、千佐をこの無遠慮な男どもの中に放り込まずに済んだのだ。これで良かったと思えてきた。

 だが、気の毒なのは消えてしまった第一王子のことである。

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