6 異世界の沙汰もお金次第2

「千佐!」


 馬を出そうとしたところで、背後から呼び止められる。千佐は険しい顔でそちらを向く。

「昨晩も、夜中まで探しておったのに、また行くのか」

 呼び止めたのは千佐の叔父だ。両親が亡くなった後は、よく様子を見に来てくれるが、少々口うるさい。

「嫁入り前の娘がそんなに出歩くもんでない」

「今は、嫁入りがどうとかは考えられません!」

「いや、それはわかっておる。だがな」

 千佐は手綱や鞍を用意して、さっさと出ようとする。


「……せめて暗くなる前には帰りなさい。夜に探しても、見つからないだろう。今は化け物がちらほら出るし」

 心配されているのは、千佐にもわかっている。そうは言っても、目の前で兄が消えてしまったのだ。千佐は探さずにはいられなかった。

「英心なら、放っといてもふらっと帰ってくるだろう。腕っぷしもそれなりにあるんだから」

 叔父には兄の英心よりも千佐の方が心配である。

「一領主が行方不明なのに、そんな言い方はないでしょう!」

 ついかっとなって言い返してしまうが、どうにもならない苛立ちから来る八つ当たりみたいなものだった。


 どうしてこうなってしまったんだろうと改めて悔やむ。

 あんな儀式などしなければ兄は消えなかったのではないか、と千佐は考えていた。

 あのとき現れた神の姿も、結局は幻となって消えてしまった。

 その事実はやった意味がなかったと思わせるのに十分だった。



「聞いて聞いて!」

「どうしたんだい、そんなに息せき切らして」

 下女を訪ねて顔馴染みの村娘がやって来た。

「ものすごいきれいな顔の伴天連ばてれんさんが村に来てるんだよー!もう、そこらの白拍子の女なんか目じゃないってくらいの美人さんが!」

「ええ!? こんな田舎の村に何の用があるんだい」

「そんなことは知らないけど、本当に目の保養になるから、あんたも見に行った方がいいよ! キラキラした赤い髪に青い目で、英心様位の背丈があって」

 千佐は馬に飛び乗ると、一気に駆け出した。驚いた叔父の声が聞こえたが、構っていられなかった。



 さてどうしたものか、飾りボタンは大した値段では売れないらしい。それでも無一文よりはましだろう。これで手を打つべきか。

「そちらのお腰のもの、お売りになる気はございませんか?」

「これは折れている」

「左様でございますか……不良品をつかまされましたな」

 一応、国のお抱えの鍛冶に作らせた品なのに、不良品と言われてぐっと言葉につまる。

「屑鉄としてでも売ることはできますよ、拵えも大したものでもないですし、直したところで美術品としての価値もないでしょう」

 散々な言われようである。しかし、先程見せられた小物入れの造りが余りに見事だったので、反論できない。


 不思議な国だとクリフォードは思った。端々にクリフォードの国より優れた点を見せるのに、家の造りや人の服装などは貧しい。


「あんなでかいのにどうやって連れていくんだよ」

「うまいこと言って自分で歩かせればいいだろ」

「大体どこに売る気だよ」

「旅芸人とか」

「あいつら、俺らより金持ってねーよ」

 後ろの方でしゃべっている二人の声が聞こえてきた。少し気になって振り返ろうとしたところを、行商に止められる。


「振り向かないで聞いてください」

 声を落として真剣な口調で言うので、何事かと思う。

「あの二人、あなたを売り飛ばす算段をつけてますね」

「人が人を売る!?」

 動揺するクリフォードに対し、行商は平然としている。

「あなた、伴天連ばてれんではないのですか? あの連中なら人身売買を黙認しているはずですが」

 度々聞こえてくるバテレンという単語がなんなのかわからないが、クリフォードはその人たちと同一視されていることはわかった。

「その服装に、髪の色、お忍びで歩くには目立ちすぎますよ。替えの着物はこちらで用意しますから、その服を売ってくれませんか?髪は日避け布をつけた笠を被れば隠せるでしょう」

 行商の指摘はもっともである。

「200……いや、300は出しましょう。いかがですか」

 頷いてしまいたいが、この服はいわば税金で作られたもの、勝手に売ってしまっていいのか、悩む。


 思い悩んでいると、横にいたはずの夜十彦の姿が見えないことに気づいた。

「お前ら、いい加減にしろ! 勝手に人のことを売ろうとするな!」

 夜十彦が後ろの二人に啖呵を切ってしまった。行商はあー、と嘆息して顔を片手で覆う。


「この人は凄いんだぞ! 手から火を出して、化け物を退治することが出来るんだ!」

 夜十彦本人に悪気は一切ないのだが、クリフォードは窮地に追い込まれている。

「そいつはすごいな」

「見世物に出来そうだ。やはり芸人連中に売るか」

 相手のやる気が俄然上がった。素知らぬ顔で無視して立ち去ると言う選択肢が消えてしまった。


「クリフ様! あの火のやつでこいつら追い払ってやって!」

「人に向けるもんじゃないから」

 夜十彦をなだめつつ、どうしたもんかと考える。

 とにかくここを離れたい。夜十彦を抱えて逃げてしまうか、と実行しようとしたとき、勢い良く駆ける馬の蹄の音が聞こえてくる。


 駆け寄ってくる馬を見れば、馬上の人物と目があった。乗っているのは女性だ。

 化粧もなく、服装は質素なものに変わっているが、あのとき出会った聖女その人だ。


 目の前で馬が止まる。ひらりと舞い降りてきた姿に見とれる。

「聖」

「お迎えが遅くなり申し訳ございません!」

 声をかけようとすると、勢い良くひざまづかれた。

「ええ……」

 こちらが敬おうと思っていた相手に畏まられて、クリフォードは動揺する。


「早川家の客人か」

「危うく売るとこだったよ」


 だが、このおかげでクリフォードは売られる可能性がなくなったのだった。

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