第五十三話・同盟

 悪魔界某所。鬱蒼とした森の中にポツンと建つ館。

 知る者が見れば、七つの大罪の館と見間違うであろう佇まい。

 だが七つの大罪を悪魔界における正義の砦とするならば、この館は悪魔界における悪の拠点。

 悪魔界に数十あるカルト教団偽王国の本部である。

 教祖を始めとする十名の悪魔が数万人にも上る信者を束ねている。

 活動理念としては貧困と差別の排除と幻獣の保護を推進し、悪魔界に生きる者全てに平等をもたらす。

 というのが、表向きの目的。

 偽王国の真の目的はベルゼブブを王とする悪魔界の体制を覆し、教祖を王に据える事である。

 そのため、設立当初から七つの大罪とは対立しており、現在は互いに不干渉の立場をとっている。

 しかし事情が変わった。

 七つの大罪直属の組織であるソロモン七十二柱が仲間割れを起こした。

 悪魔界転覆を図る偽王国としてはこの期を逃すわけにはいかない。

 混乱に乗じて王の首を取る、というのが理想。

 現実はそうはいかない。問題が一点。

 それは戦力差。

 信者が数万いるが、所詮は雑魚。

 名のある悪魔には敵わない。

 そこで偽王国はアガレス派と同盟を結び、共闘する事を教団内で決定した。

 そして今宵、同盟を結ぶべく代表者による会議が開かれる事となった。

 アガレス派からは頭領アガレス、側近パイモン、ベレト、そして『例の方』と呼ばれる女。

 『例の方』に同行を頼んだ時、彼女は城の侍女と戯れていた。

 同行の条件として一名の七十二柱を要求し、これをアガレスは渋々了承した。

 ベレトは護衛として、パイモンは教団関係者とコネクションがあるため同行した。

 かくして、館に入った四人はどこからともなく聞こえる声に従い、応接室に案内される。


「失礼します」


 パイモンが先に扉を開けると、そこには二人の人物。

 一人は白髪交じりの髪をした細身の爺。ベレトと目が合うと「よっ」と片手を挙げた。

 もう一人は茶色のスーツを着た顔半分に酷い火傷痕がある男。


「そこに座れ」


 火傷の男の低い声。

 争いに来たのではない、あくまで穏便に話をしに来たのだ。

 命令口調にパイモンは苛立つも静かに深呼吸をした。

 指された席にそれぞれ座るが女だけが座らずに、壁にもたれかかった。

 その姿を一瞥した火傷の男が舌打ちをして、女に窘めるように言う。


「聞こえなかったか? 座れ」

「断る。俺がお前に従う理由はない」

「ここは俺たちの館だ。こちらの規則に従ってもらおうか。それと俺にはサタナキアという名がある」

「黙れ、命令するな。また顔に火傷を負いたいのか」


 火傷痕が突然熱を持つ。

 もう遠い昔に女に負わされた火傷は、今でも時々疼く。

 そんな因縁の相手が所属する組織と同盟を結ぶのは気乗りしないが、教祖の決定は絶対。

 交渉を有利に進めるために女をつれてきたアガレスを恨む。

 復讐心を心の深層に沈める。

 隣の爺がサタナキアの肩にぽんと手を置いた。


「せっかくの同盟会議だというのに血の気が多くちゃ話にならんだろう。落ち着かせるためにも、某が淹れた茶でも飲んだらどうだ?」

「サルガタナス……」


 サルガタナスと呼ばれた爺は会議が始まる直前に、自前の茶葉と茶道具で人数分の飲み物を用意していた。

 湯呑みからは湯気が立ち、茶葉の香りが各々の鼻腔をくすぐる。

 だが、誰も手をつけようとはしない。

 飲み物に毒を入れる。

 暗殺の常套手段としてよく使われる方法だ。

 これから同盟になる関係といっても、可能性は捨てきれない。

 そう勘繰って微動だにしないパイモンとベレトをよそに、アガレスは茶を一息に呷った。

 心配そうに見つめるパイモンは声をかける。


「伯爵殿、大丈夫ですか?」


 湯呑みを乱暴に置くと、いつものしゃがれた声で言った。


「くだらねぇ事をいちいち恐れるな。この同盟が破談すれば、あっちの頭領が黙っちゃいねぇだろうよ」


 それもそうかと納得したパイモンとベレトは揃って茶を飲み干した。

 ただ唯一、女だけは手をつけず壁にもたれかかったままだ。


炎皇えんおうよ、飲まんのか。美味いぞ」

「いらん」


 吐き捨てるように言われ、サルガタナスは愉快そうに笑った。

 自分の前に置かれた湯呑みを取り、一口飲む。


「さて、喉も潤ったところで会議をするか。な! サタナキア!」

「ああ。そうしよう」


 壁掛け時計の針が午後十二時を刺し、時報が鳴る。

 ちょうどいい会議開始の合図でパイモンは話を切り出す。


「えぇと、まずはこの場を設けてくれてありがとうございます。事前に軽く連絡を取り合った際の『同盟には全面的に合意』というのは変わりありませんか?」

「そういう認識で構わない。ただ、今回俺たちが話し合いたいのは二つ」


 サタナキアは指を二本立て、内一本を折り畳んだ。


「一つはお前らと協力して確固たる勝算があるのか」


 続けて、もう一本も折り畳む。


「もう一つは、仮に敵を全て排除したとして、どちらが悪魔界の覇権を握るのか。この二つだ」


 今回の同盟会議に当たり、サタナキアは教祖からは全てを一任されていた。

 何を質問しても自由だ、同盟破棄さえしなければ。

 任されたのは大変ありがたい事なのだが、サタナキアはこの同盟に懐疑的だった。

 なにせ、相手側には最強の異名を欲しいままにしている悪魔王ベルゼブブがいるのだ。

 それと敵側の七十二柱には有力な者も数名いるらしい。実力のほどは知らないが。

 アガレス派には女、もとい『例の方』がいる。

 彼女さえいてくれれば、大半の有象無象は排除できるだろう。

 しかしベルゼブブに勝てるか、と言われればサタナキアだけでなく誰もが首を振る。

 そんな絶対強者率いる相手にどう戦うのか。

 サタナキアはそれが知りたい。


「一つ目の質問に答える」


 アガレスが背もたれに身を預け、腕を組んで言う。


「有耶無耶にしたくないんでな。はっきり断言しよう。この戦いは勝てるものであると」

「……理由は?」

「お前らが組むとなれば大幅な戦力増強が見込める。それとこちらにも秘策はある」


 サタナキアはあえてその秘策が何か聞かなかった。

 大して期待していないのもそうだが、アガレス側のの可能性もあるからだった。

 正式な手続きを踏んでいない限り、彼らはまだ敵なのだ。


「それと相手の戦力について渡したい情報がある」


 アガレスがパイモンへ視線をやると、パイモンは鞄から紙を取り出し、サタナキアに差し出した。


「これは……」

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