第二話・異端者の裁判

 大和を中央に三角形に囲んで進む一行は警察に連行されていく凶悪犯そのものだった。


 地下牢を出、建物の一階まで上がってきて窓から差し込む日の光を三日ぶりに浴びることができた。周りには異形奇形の黒服達が動き回っていた。頭に角が生えていたり、体は人間で頭がヤギだったり、肌が青色だったりと様々だった。皆、すれ違いざまに人間である大和のことをチラチラ見ていた。


「サミジナ、ここはどういった場所なんだ?」

「ここは悪魔界でも有数の大きな街、ウォフ・マナフの議事堂よ。定期的にここに七十二柱が集まって会議を開いたりしてるの」


 ウォフ・マナフ。また聞いたことがある名前が出た。ゾロアスター教という古代ペルシア発祥の宗教の天使だ。なぜこの街の名前に、と考えたが今はそれよりこれから行われる裁判をどうやって切り抜けるかに集中しなければならないと思い、思考を停止させた。


「大和君?」

「あ、なに?」

「思い詰めた顔してたからどうしたのかなって」

「いや、大丈夫………。平気」

「なら、いいけど。無理しないでね」


 すると、背中をパシンと叩かれた。振り返るとマルバスの冷たい視線があった。


「安心しろ。お前を死なせはしない。俺達とあと何人かがお前を生かす方向で話を進めてくれる。最低でも五体満足での生存させよう」

「大和さん! マルバスさんとサミジナさんがいるから大丈夫です! 私達に任せてください!」

「弱気になるな。自分の意志を頑なに保たなければこの先やっていけない」


 無愛想に答えるマルバスと溌剌《はつらつ》な物言いの前を歩くアミーが励ましてくれた。二人がなぜこんなにも協力的なのかは全くわからないが味方でいてくれるだけありがたい。

 少ししてアミーが両開きの大きな扉の前で歩みを止めた。


「着きました! こちらが法廷です!」

「大和君、君は緊張しなくていいのよ。答えられたことにのみ答えて。私達が絶対に守るから」


 アミーが扉をノックした。


「異端者を連れて参りました! 失礼します!」


 扉を開けて、中に入る。中央まで歩いたところで床から伸びる足枷をつけられた。中は薄暗く、大和を中心に放射状に座席が配置されており、奥にいくにつれて段々と位置が高くなる構造をしていた。そこには先ほど議事堂内を動き回っていた悪魔達同様、男女問わず多様な風貌の悪魔達が座っていた。ソロモン七十二柱はその字の如く七十二の悪魔で構成されている。比べてここにいる悪魔の総数はそれより半分ほどに感じた。

 サミジナ、マルバス、アミーの三人は大和から見て右斜め前の最前列に座った。


「では準備が整ったようだから始めるか」


 上から声がした。

 大和が見上げた先には、他より少し出っ張っている一つの座席だった。議長席とでも言うのだろうかそこに座る人物は短い黒髪に顎髭を蓄えたがっしりとした体の男だった。


「本日、進行を勤めるソロモン七十二柱序列一位バアルだ。これより異端者長谷川大和の処遇を決める裁判を始める。よろしく頼む」


 バアルはただあいさつをしただけだというのにその場にいる悪魔全員が揃って礼をした。バアルの序列故か、それとも強さ故か。どちらにせよバアルの権力の大きさがわかる瞬間だった。


「さて、諸君らの手元には異端者尋問官のサミジナと当事者の長谷川大和の会話内容を文字に起こした紙があると思う」


 地下牢での会話は盗聴されていたようだ。あちこちから紙の擦れる音がする。


「発言に矛盾はなく、情報を事細かに話してくれている。裁判は進めやすいだろう。この会話で諸君らが気になるであろう点はやはり誰が殺したのかというところだろう。人間同士であればこいつを刺した後の発言、それとこいつだけを殺したこと。少しばかり不可解でないか。さらにサミジナの推理にもある通り、我々七十二柱の内輪揉めに今回の事件を絡めることで煩雑化させることが目的ならば内部の者による可能性がある」


 周囲がざわめきだした。


「そして殺された長谷川大和は一昨日悪魔界に転生したと。ここまでで質問のある者」

「その人間が嘘をついているのではないか? 何者かによって作られた存在であることは?」

「それについては私から説明します」


 上段から聞こえる若い男の声に代わって、サミジナが立ち上がって発言する。


「私は彼と直接話したのですが、彼の表情や声の抑揚、身振り手振りから決して嘘はついてません。推測の域を出ませんが私が保証します」


 質問した男は、うぅむと唸った。


「わかった。それが事実だとしても一個だけ納得のいかないことがあるぞ。犯人はどうやってそこの人間が住む人間界に行ったのだ?」

「それは………」


 サミジナが返答に困っていると、すぐ後ろに座っている悪魔が肩をポンポンと叩いた。


「サミジナ、私に任せたまえ。ささ座って」

「ダンタリオン、頼んだわ」


 続いてサミジナから話のバトンを渡された女の悪魔は実に奇妙な姿だった。

 黒いローブを着ていてわかりづらいが首から下は普通の人間と大差ない。だが、クールな表情を浮かべるその顔の上に老若男女の頭だけが顔を外側にして円状に三段も積み重なっていた。


「ダンタリオン、悪魔界から人間界に行く方法はもうないのだろ?」


 バアルが問いかける。


「あぁ、もうないね。今から約千八百年前に神々によって人間界に通じる空間の歪みは全て閉じられてしまったからね。その時に締結された『悪魔法』には人間界に行くのを禁止する条文が記されてる。これに違反すれば死刑だ」

「その空間の歪みをこじ開けることは?」

「とても現実的ではないね。七十二柱総力をもってしても無理だろう」

「ならば他のルートとかは?」

「私の知る限り存在しないよ。正規ルートは上の連中が握ってるからねぇ。私達が通してもらえるとは考えにくい」


 それならば犯人はどこを通って大和を殺害しに来たのだろうか。悪魔界にいる人物が犯人であると確定したわけではないが、サミジナやバアルが言ったように可能性はある。犯人不明、移動方法不明。謎が謎を呼ぶとはまさにこのことだ。


「そもそも貴様の固有魔法でなんとかできないのか、ダンタリオン。任意の時間、場所、人物を見ることができる貴様なら犯人を特定することもできるだろ」

「そ、そうだ! お前にはその鬼畜魔法があるじゃないか。早く使えよ!」


 誰かの発言を皮切りにダンタリオンへヤジが飛ぶ。『固有魔法』という言葉で、その悪魔だけに備わる特殊な力があることが窺える。

 当のダンタリオンはやれやれと言った風に首を振った。


「少し静かにしたまえよ、低能共」

「なんだと!」

「話すから口を閉じろと言ってるんだ。わからないのか?」


 しん、と法廷が静まり返った。


「君達は私の固有魔法を誤解している。私の『監視』の力もそこまで強大じゃない。一応全員確認したが怪しい奴はいなかったよ。というか私の力は弱点が多いから看破されても仕方ないだろうけど」

「本当にか?」

「信じるか否かは任せるよ。というか、悪魔の誰かが犯人と言うなら私達全員容疑者なんだ。犯人は君かもしれないし、君かもしれないし、はたまた私かもしれない」


 ダンタリオンが適当に指差した後、自分の胸に手を置く。


「今は犯人探しに躍起になってる場合じゃない。さっさと長谷川大和君の処遇を決めようではないか」

「うむ、そうだな」


 バアルが立ち上がった。


「では少々早いが一旦仮の決議を取りたいと思う。長谷川大和を生かすべきか殺めるべきか。生かすべきと思う奴は挙手を」


 大和は絶望した。挙げられた手はサミジナ、マルバス、アミー、ダンタリオンとその他数名だった。

 だが、まだ決定ではない。これは仮の決議だとバアルは言った。

 視線をサミジナに送ると、サミジナは大丈夫と言わんばかりの視線を返した。


「皆さんなんで手を挙げないのですか! 大和さんの命をなんだと思ってるのですか!」


 アミーが声を荒げた。


「だってなぁ、どうせ野放しにしたって死ぬだろ。それならここでその短かった命を終わらせてあげたらいいんじゃねぇの」

「確かにそうだな。知能だけ一丁前で動物的な強さが一切ない奴はすぐ死ぬ。それに邪魔者はさっさと殺した方がマシだ」

「だからって殺すことないじゃないですか!」

「アミー、落ち着け」


 マルバスがアミーをなだめる。


「お前ら、悪魔が人間に手を下すとどうなるかわかってるんだろうな」

「もちろんわかってるさ。死罪だろ」

「だったら殺すのはデメリットだらけだと思うが」

「じゃあ聞くがマルバス、その人間を生かすメリットはなんだ? そいつを生かして誰が得する?」

「………」

「納得いかないか? なら殺すのがダメなら一生牢屋暮らしはどうだ? 監視の目を徹底的につければ殺されることはない。これでどうだ?」

「そんなことはしたらだめ! 大和君には人間としての尊厳を保った措置を………」

「サミジナ、否定的なのはお前らだけだぞ。なぁ、出席者の諸君! 俺の案はどうだ?」


 「それはいいかもな」、「中々の折衷案だな」などと一生牢屋暮らし案を肯定的に捉える声が聞こえる。確かに生かしておくという条件は満たしているが大和にとってはあまりにも酷い案だ。家畜の方がまだ自由はある。


「バアル! もう決定していいんじゃないか? 本決議を取ろうぜ!」


 いや、そもそも悪魔が人間を自由にすると考えること事態が間違いなのだ。

 人間が悪魔と契約して名声を得る代わりに魂を売り、悲惨な結末を迎えたという伝承は世界中にある。

 サミジナやマルバス、アミーが優しすぎたおかげで気が緩んでいたのだろうが彼女らが少し変わっているだけで、人間を利用し切って魂を取っていく悪の存在には変わりないのだ。

 もう一度サミジナに視線を送る。サミジナは申し訳なさそうに目を伏せ、マルバスは無表情で腕を組み、アミーにいたっては泣きそうな顔をしていた。


「今の幽閉案、賛成の者は挙手を」


 バアルが言い終わったと同時に法廷にいた多くの悪魔が手を挙げた。

 決まってしまった。一生牢屋暮らし。振り返ってみれば一度も発言させてはくれなかった。人間の意見を彼らが通してくれるとは思えないが少しばかりの抵抗を見せるべきだっただろうか。だが、もう遅い。

 誰か助けてくれ。


「決まりだな。長谷川大和はウォフ・マナフ議事堂の地下牢に幽閉することをここに決定す………」


 その時、後ろで法廷の入り口が勢いよく開かれた。

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