第一話・悪魔界

 目を覚ますと大和は牢獄にいた。どうやら地下牢のようで、窓はなく、レンガのようなものが敷き詰められている。頑丈な鉄柵の外には似たような牢獄がいくつもあるが大和がいる牢屋だけに光が灯っているだけで他に誰かが囚われている様子はない。


「どこ?」


 ジャリリ。

 気づいた、足枷がされている。両足首に鉄の輪がつけられ鎖の先には漫画で見るような大きな鉄球がある。手枷がつけられていないことで微々たる解放感があった。

 もう一つ気づいた。刺された胸はどうなっている?

 頭を通す穴から覗いた。傷はなかった。治療された跡はなくまるで最初からなかったかの如く健康的な男児の胸部がそこにはあった。


「なんで………?」


 そう呟いたとき頭上で足音と、二人の女性の話し声が聞こえた。大和の上を通りすぎ少し行ったところで、ギイィィィと建てつけの悪い扉の音がした。


「だからこの状況の尋問役は私だって言ってるでしょ。あなたは役割が違うんだから審議室で待ってて」

「別にいいじゃろ。一万年に一度あるかないかの事態、異端者の顔を拝むぐらい許してくれ」

「だめなものはだめ。そもそも法廷で待ってれば見れるでしょ」

「なんじゃ、けちじゃのう。これだから頭でっかちは」

「ほら、早く」


 女性の一人は不服そうだった。また足音が頭上を過ぎていく。

 カツンカツンともう一人の女性が大和のいる牢屋へ近づいてくるにつれ、女性の姿が光に照らされ全体が確認できた。

 金髪のショートヘアーに青い瞳。緑と白を基調とした服をまとっていてもわかるスラリとしたボディライン。そして、穏やかな表情に似合わない身の丈ほどもある弓を持っていた。


「ごめんね、遅くなって。足、痛くない?」


 こんなに美しい女性は見たことがなかった。テレビで見ていた美人女優やタレントとは比にならない。


「ねぇ大丈夫?」

「あぅ………」


 思わず変な声を出してしまった。それに女性はクスリと笑う。


「元気そうね。よかった。ここに来るまでのこと覚えてる?」


 首を振って否定する。


「うーん、じゃあどこから説明しようかしら。なにか聞きたいこととかない?」

「えっと、ここはどこだ?」

「そこからなのね、でもしょうがないわ。ここはね悪魔たちが暮らす世界、いわゆる悪魔界ってところ。ここは見てわかる通り地下牢ね」

「悪魔界? 本で見るあの悪魔界なのか?」


 食いつくように身を乗り出して言った。何者かに殺されて目が覚めたら悪魔界にいるなんて、なにかの悪い冗談だろう。そう思い込みたい。


「信じられないのも無理はないわね。でも現実を受け入れてもらわなきゃ話は進まない。君がここに来たのは一昨日夜。その日は街中大混乱したわ」

「そんなに大変だったのか?」

「人間が悪魔界に来るなんて過去の文献を漁っても前例がないの。君が来てすぐに即刻殺害派がいたのだけれど、私と他数人でなんとかなだめたのよ」

「そうだったのか、ありがとう。えっと………」

「あ、自己紹介がまだだったわね。私はソロモン七十二柱序列四位サミジナ。よろしくね」


 ソロモン七十二柱。聞いたことがある。

 旧約聖書の『列王記』に登場する古代イスラエルの第三代王ソロモンが使役したと言われている七十二体の悪魔のことで、召喚することで願いを叶えてくれるという。

 まさか中学生の頃に熟読した神や天使、悪魔をまとめた本で得た知識がここで役立つとは思わなかった。


「それで君は?」

「俺は長谷川大和」

「大和君ね。じゃあ早速だけど聞きたいことがあるから質問に答えてくれる? 安心して、手荒なことはしないから」


 そう言ってサミジナは様々なことを大和に聞いた。年齢、職業、趣味嗜好、元の世界での交遊関係。ありとあらゆる情報を大和は正直に伝えた。特に悪魔界へ来る前、すなわち自室のベッドで何者かに殺されたことはより詳細に。


「なるほどね、誰かに殺されて意識を失い気づけばここにいた」

「俺は死んだってことなんだろうか」

「おそらくね、けど今は生きている。つまり人間界にいた大和君は死んで、悪魔界に転生したのは間違いなさそうね。でもちょっと気になるのよね」

「気になる?」

「その男が言ってた『この世界をもっと面白く』っていうのが今の私達の状況と大和君の存在を考えれば合点がいくの」

「どういうことだ?」

「話せば長くなるんだけど簡単に言うと身内のいざこざが起きてるの。力で支配しようとする悪魔と序列に則って優劣を決めようとする悪魔のね。そこに人間である大和君を巻き込むことで事態をさらに悪化させる。その男がそこまで見越してそう言ったのなら悪魔界に犯人がいるのかも。要するに大和君、君は誰かに意図的に転生させられたのよ」


 サミジナのおかげで犯人像がなんとなく見えてきた。自分を殺し、悪魔界に転生させ、事態を悪化させる起爆剤のような扱いに腹が立つ。犯人を絶対に許してはおけない。


「俺、この世界をなんとか生き抜いてみせる。そして俺を殺したやつを見つけて必ず復讐してやる!」

「あんまり熱くならないようにね。私もできる限り協力するから」

「ありがとうサミジナ」

「でもその前に越えなきゃならない壁があるわ」

「壁?」

「実は大和君の処遇を決める裁判がもうすぐ開かれるの。結果によっては監視下に置かれるか、死ぬまで牢屋暮らしか、最悪処刑ね」


 どれも許容できるものではない。見知らぬ世界で一生牢屋にいるなど気が狂ってしまうに違いない。犯人への復讐を誓ったばかりなのに、なにもできないでいるのは嫌だ。


「どうにかならないのか?」

「処刑は免れるように最善は尽くすけど、本当にどうなるかはわからないわ。最終決定権は私達のトップに任されているもの」


 サミジナが優しい人物でよかったと心底痛感する。先ほどサミジナが言っていた即刻殺害派の悪魔が尋問役であったらどうなっていただろう。尋問せずに殺されてしまうのだろうか。考えたくなくても、つい『もしも』が頭をよぎってしまう。少し鳥肌が立った。


「サミジナ」


 地下牢の出口から声がした。見ると、男性らしき姿とその隣に小学生くらいの身長の人物がこちらへ向かってくる。

 男の方は銀髪碧眼で端正な顔立ちをしており、筋肉質でもなく痩せすぎでもなく標準的な体型をしている。サミジナより身長が少し高いくらいで腰に刀を差している。

 もう一方の人物は女の子で軍服に軍帽を身につけ、紫がかった髪、そしてその顔は身長から見られる幼さを感じさせないほど大人びていた。


「お疲れ様です! サミジナさん!」

「お疲れ様。大和君、紹介しておくわね。この女の子はソロモン七十二柱序列五十八位のアミー、そしてこっちが序列五位のマルバス」

「今からどんな仕打ちを受けるかわからんやつに紹介する必要あるか?」

「念のためよ。名前ぐらい知っておかないと困るでしょ」

「まぁそうかもな」

「さすがサミジナさん。抜かりないですね!」


 三人はとても親しげな様子だった。普段から一緒に行動しているのだろうか。


「で、なにか聞き出せたのか?」

「疑問点は多くあるけど今考えても仕方ないものばかりよ。特に矛盾もないし、これで全部ってところね」

「そうか。おい」


 マルバスに声をかけられ、一瞬体が強ばる。目を合わせると圧で押し潰されそうな感覚に襲われた。


「サミジナから聞いているだろうが、お前の裁判の準備が整った。俺もアミーもサミジナと同じ立場で答弁するが、どんな判決が出ても誰も恨むなよ。いいな?」


 腹を括るしかないようだ。


「ああ、覚悟はできてる」

「潔いな。悪くない。おい、アミー」

「はいマルバスさん!」

「こいつの足枷を外せ。法廷へ連れていく」

「了解しました!」


 アミーは懐から鍵束を取り出しその内の一つを手にとって牢屋の鍵を開けた。そしてまた鍵を選んで大和の足枷を外した。


「すみません、つけなくてもいいとは思うんですが、念のため手錠をさせてもらいますね」

「俺は別にいいけど」

「ご協力感謝します!」


 両腕を前に出し手錠をつけられた。足枷の次は手錠と、いつになったら解放されるのだろう。そもそも生きていられる可能性はサミジナの話を聞くに低そうに思う。サミジナ、マルバス、アミーの三人が守ってくれることを願うしかない。


「行くぞ。法廷で待ってる奴らが大勢いる」


 悪魔界に転生して三日目、ようやく狭苦しい牢屋から一歩踏み出すことができた。

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