召喚少女は今日も泣く 〜るるツー、奮闘す〜

マクスウェルの仔猫

第1話 召喚少女は今日も泣く


「ララ様!ララ様!魔王の反応はどうでしょうか!」


 と、それを見守る勇者パーティーが固唾をのんで、るるの装備するアーティファクト「ララの指輪」の返答を待つ。


「うむ。魔王は斃れた。これで、お主達の旅は終わりだ。平和な世が訪れよう」


 パーティーから歓声が上がった。

 一際喜んでいる、るるの顔は涙でグチャグチャになっている。


「ララ様!私、ララ様に出会えてホントに…ぐすっ…ありがとうございました!」

「お主も頑張ったの。最後まで泣いてばかりであったが、今日はよかろう。まずは、鼻をかめ鼻を」

「えへへ…」

 るるは、ちーん!と大きな音を立てて鼻をかんだ。

 それを見たパーティーの面々が、また破顔する。


 皆が、課せられた使命を果たした達成感と、魔王を倒したという実感が湧いてきて、自信に満ち溢れた顔をしている。とても、いい顔だった。


「るる、そして皆の者よ。最寄りの街に戻る前に、伝えておくことがある」

 そういって、ララの指輪は明滅し、言った。


「私は役目を終えた。この討伐をもって、世界の一部として還っていく。世話になった」


 「ララの指輪」から告げられた言葉に、皆は言葉が出ない。それでも、るるだけは納得できず、なおも引き留めようとする。


「ララさ…」

「言うな。お主と私が契約を結んだ時に、決まっていた事であろ?」

 それを聞いた全員が、唇を噛み締める。

 そう、最初から分かっていたことなのだ。


「皆、頑張ったの。お主達の献身により、世界は救われた。誇りに思え。自信を持て。お主達がなし得た結果だ」


 おもむろに「ララの指輪」が光り始めた。

 スルリとるるの指から指輪が外れ、パーティーの頭上に浮かぶ。

「「「「ララ様!!」」」」

 るるは、「ララの指輪」に必死に手を伸ばす。


「るる、皆の者。魔王を倒した後も、世界は決して盤石ではない。だが、危機は去った。お主達も、今しばらく羽を休め、達者で暮らすがよい」


 るるの泣き声が響く中、「ララの指輪」は霧散したのであった。


 ●


『や、やっと終わった…』


 るるの、つぶやく少女がいた。

 彼女は自分のことを、「るるツー」と呼んでいた。

 私、超がんばったよね!ご褒美にケーキセットとか出てこないかな、出ないよねえ…と、見果てぬケーキに思いをはせる。


『何が「お主」だよ「達者に暮らせ」だよ。設定盛りすぎた…』

 るるツーは、穴があったら入りたかった。

 だが、その言葉遣いも、今日で終わり。

 最後だからいっか~。るるツーは自分を納得させる。




 るるは、中学校から帰る途中、この世界に一方的に召喚された。


 選ばれて召喚された程であるから、素質、潜在能力、その他は申し分なかった。

 そして召喚を受けた際にスキルをいくつか、この世界の神から付与されている。

 賢者、聖女など、魔法職の最上級である職業への成長を見込めるような、魔法の適性とスキルを持っていた。


 召喚した際のステータスチェックで、召喚した国は喜んだ。これで、確実に魔王を倒せる、と。


 だが、誤算があった。

 るるには異世界を受け入れる事ができなかったのだ。


 平和な世界で生きていた、読書と動物好きの人一倍優しい少女は、死と隣り合わせの世界に放り込まれた事を、いつまでも現実のものと捉えられない。


 最初のうちは、召喚した国も期待を込めて、るるを育てようとしていた。

 だが、魔法はいつまで経っても初級魔法しか覚えられず、実戦訓練でも魔物が血を流しただけで泣き出す、失神する、逃げ出す。


 それは、平和な日本で暮らしてきた少女には、当然の反応であろう。だが、召喚した側は、るるを呼び出して一月後、とうとう業を煮やした。


 単純な話だった。

 生贄にして、その際に魔王を討ち取ってしまおうという、切り捨て。 


 そんなるるに、いくつかの要因が味方した。


 ひとつ。国側が、すぐに実行に移すのを憚った事。

 ひとつ。勇者パーティーの一人が、るるを守る為に動き、るるに現状を伝えた事。

 ひとつ。精神的に閉じこもる寸前だったるるが、生贄の事実を知ったことによりパニックを起こし、無意識にもう一つの人格を生み出した事。


 そのもう一つの人格が、自称るるツーであった。


 だが、そのるるツー。

 当初は、何をどうしていいかわからなかった。


 一つの身体に、いくつかの心が宿ることがある事はるるツーも理解できた。

 だが、それがどんなものか具体的にわからない。

 日本のように、スマホやネットで調べることができないのである。

 ただ、読書好きであったるるの知識は元にできた。

 そこでまず、るるツーは自分の役割について考えた。


 最優先は、魔王と闘うにしても逃げ出すにしても、まずはるるを成長させる、もしくは自分が強くなる。

 るるの代わりに表に出て、魔法やこの世界について勉強する。るるが対処できない時に、前面に出る。


 弱っちいままでは、生贄ルートだ。


 ただ幸運だった事は、勇者パーティーがるるの味方をしてくれた事と、その時点では生贄は一部の人間しか賛同していなかった事。ただ、るるはもう必要がないと言う意見はかなりあったらしい。


 るるを勝手に呼び出しておいて、役に立たなかったらポイ。そんな真似はさせない。

 何なら、どんな手を使ってでも力を手に入れて国ごと滅ぼしてやらぁ!とるるツーは気合を入れた。


 逆に穏便ルートで道が見えたら、強くなった後に、勇者パーティーとるるの補助をして魔王を倒しに行くのもありだろう、とるるツーは考えた。

 

 


 るるツーは、るるとは全く違う性格をしていた。

 るるの危機に出てきた人格なので、るるの危機に対応できる力と度胸は持っている。


 思い立ったが吉日、考える前に行動、殴られる前に殴る、敵はまずぶっ飛ばす、等々。


 まずは生贄回避。

 るるツーは、すぐさま行動を開始した。


 ●


 それからの毎日、るるツーは奮闘した。

 それはもう、とにかく頑張った。


 るるが寝ている間に魔法書を読み漁り、実技ではこっそりるるの補助をし(複数魔法同時発動という結果となり、見るものを驚かせた)、勇者パーティーとの合同実地訓練で、自分の立ち位置と異世界で生きていく上で必要な知識を吸収した。


 また、その中で誤算もあった。


 まず、るるの危機に意識が入れ替われなかった。

 入れ替われるのは、るるの意識がない時間だけ。

 しかも、るるが寝ている時間すべて入れ替わると、るるが徹夜状態になる。


 結局、入れ替わる時間をるる就寝後一時間と決めて、ひたすら知識を詰め込んだ。


 次に、るるとるるツーの情報のやりとりが全くできない事。ただし、これに関しては「そのようなものだ」とうろ覚えしていた為、対処はできた。


 だが、不思議なのは、るるが意識を持っている時も、同時にるるツーの意識がある事。るるツーは、そんなんだったっけ?などと思いつつも、現状ではそういうものとして考えるしかなく、悩みに悩んで思いついたのが、アイテムに意志として宿る感じに見せかければいいのでは、と試したのが「ララの指輪」だった。


 これにより、るるツーが勉強して吸収した事は全てるるに伝えられる事ができるようになった。


 結果、るるの精神は安定し、その潜在能力は見事開花した。召喚した国も、掌を返したようにるるを大事に扱い始めたのだ。


 『召喚国、命拾いしたね。るるに何かしたら、五日で覚えた渾身のツッコミメテオだったよ』

 るるツーは、るるの敵に容赦するつもりは全くない。しかし、穏便に行く方が今後のるるの為になる。


 その後は、全てが噛み合い、力を合わせて魔王を倒すことができたのだった。


 ●



『まあ、頑張ったのはるるだし』


 あとは、用無しとなったるるツーが、いつどうなるかであるが、この状態から、どうなるのかは、るるツーには見当もつかない。

 また、見当がついたところでどうするつもりもなかった。


『まあ、普通に考えると、吸収されるか消えちゃうかだよねえ』


 るるは、勇者パーティーとして魔王を討伐し、この世界で幸せになれる下地を得た。そしてこの旅の間に、勇者とるるは、親密になっていた。

 そして、賢者として覚醒したるるなら、近いうちに日本に帰る事も不可能ではないかもしれない。


『そういえば、別人格はその意志で、消えるとか何とかなかったっけ』


 るるツーは、寂しくなる前に、消えちゃおうかな、との考えに至った。

 未練は、勇者少年の細マッチョくらいしかないし、誰にも知られずに消えていくのもありかもしれない、と考えたのだ。



『じゃあ、るる、一年間楽しかったよ。頑張るが良い。よいよい♪』


『ララ様!いや、るるツー!待って!』


 るるツーは耳を疑った。あり得ないはずの問いかけ。

 まさか…。


『るるなの?!』

『うん。黙っていくなんてひどいよ。しょんぼり』

『口で言うなよ!…いつから知ってた?』

『腹話術っぽい事してた、ララの指輪あたりから』

『言えよ!只のどっきり大成功みたいじゃん!』

『話をしてくれて心強かったの、助けてくれてうれしかったの』

『そっか』


 るるの、鼻をすする音が聞こえた。

 るるツーは、るるは悲しくなくても泣いてばっかりだよ、と苦笑する。


『幸せになってね。今のるるなら、この世界でも日本に戻っても幸せになる道をきっと選べるよ』

『帰れるの?』

『帰れるよ、きっと。自分で方法を探して、さ。賢者様』

『わかった。このまま中途半端は嫌だから、少し考えてみるね』

『だね。安心した。私はもうそろそろ消えるよ』


 沈黙の時間が流れる。


『るるツー、また話できるよね』

『わかんないよ、そればっかりは』

『私が困ったら、また助けに来てね』

『…うん』

『また、サルファ君の上半身で一緒に鼻血出そうね』

『やーめーろー』

 サルファ君とは、勇者のことである。


『まあ、何にしても消えるよ。楽しかったよ』

『うん…分かった。るるツー…ありがとね』

『こちらこそ。元気でね、頑張れ!』

『うん!』

『じゃあ、ね』

『また、ね!』


 るるの涙声が遠くなり、るるツーの意識は消えた。




 二年後、サルファ君とるるの結婚式の日、るるツーは突如頑張る羽目になるのだが、今は誰も知らなくていい話である。


 




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