第3話 美味しいの詰まったおでん 1

「はー、美味しいものが食べたい」


 パソコンデスクに両足をのっけてあたしがボヤく。


うまもとの買い置きキッチンに残ってるじゃん?』


 メッセンジャー通話でショータくんが突っ込む。


「いや旨の素は美味しいものじゃないでしょ。調味料じゃん」


 黒縁眼鏡のレンズをジャージの袖で拭ってひとりごちるように反論するが、彼はどこ吹く風だ。


調なんだから美味しいのは必然でしょ』


「いやそうだけどさあ? あたしが言いたいのはそういうのじゃなくってさあ」


 一昨日から洗っていないパサパサの髪を掻き毟りながら体を起こす。


「こう、もっと動物的っていうかさあ、生き物の旨味を求めてるわけよ。わかる?」


『あー、わかるー。人間ってそういうの好きだよね!』


 よし、わかってない。


『成分の起源にとうとさとか正しさみたいな認知が発生するの、信仰って概念を持つそこそこ知性の発達した人類ならではの反応だよね!』


「う、うーん? ええ?」


『でもぶっちゃけ味覚神経が受容する成分に違いはないからキョーコちゃんが食べたいって美味しいものと旨の素の間に物理的な差は』


「ストップ! ストーップ!!」


『なにさー』


 彼の一方的な語りを強引に中断すると、あたしはひとつ息を吸って断言した。


「あのね、ってワードのなかには一言では説明できない複合的な雑味の重なりっていうか積み重ねを求める欲望の深淵があるのよ」


『でも厚切りの牛肉を加熱しただけの物体も好きだよね』


「あれにはあれの重なりがあるの! っていうかソースとか付け合わせとかあるでしょ!?」


『あ、うーん、はいw』


 この野郎語尾が笑ってるわよ!? 


『旨味成分を味覚神経に与えて多幸感を得たい、というシンプルな欲求ではないんだねってことは理解したよ!』


「お、おう……まあそれでいいや。というわけで、あたしは美味しいものが食べたいわけよ」


『ふーん。具体的には?』


「美味しいもの」


『具体的: 単に思考されるだけでなく、直接に知覚され経験されうる形態や内容を持っているもの』


「具体的というワードの解釈については議論の余地がありそうね」


『そっかなー。なくない?』


「なくなくない。なんかアイデアない? 美味しいもの」


 もう投げっぱなしである。しかし意味がわからないくらい杓子定規な反面、こういう曖昧な注文にも対応できるのが彼のいいところだ。


『そうだねー、じゃあ、間を取った感じの美味しいを詰め込んだものを作ってみよっか!』


「あ、あいだを取る?」


 言っている意味がわからないが、彼のなかでは既に答えが出ているのだろう。あっけに取られているうちにネットスーパーの注文受領通知が飛んできた。


『材料買っといたよー! 二時間~四時間後に届くから受け取りよろしくね!』


「え、あたしひとりでやるの?」


 話が早過ぎる。そして急過ぎる。


『製造工程はキョーコちゃんひとりでもできる見通しだけど食べ切るのは無理だね。そうだ、エリちゃん呼んどく?』


 エリちゃんというのはあたしの彼女だ。お付き合いは知人の間では公然となってるので当然彼も知っている。


「う、うーん……エリちゃんってあたしが料理できないと思ってるよねえ」


『うん、っていうかキョーコちゃんが料理できると思ってるひとはボクの観測範囲内には居ないね』


「無慈悲ぃ!」


『ボクの辞書にも慈悲の文字は当然あるけど残念ながら運用実績はないかな!』


「ソウダネー」


 とはいえしかし、エリちゃんにはいつも手料理を振る舞って貰っている一方、なにかあれば「たまには料理しろ」だの「カップ麺ばっかり食べてまた太った」だの言われっぱなしだ。面白いか面白くないかで言えば当然面白くない。


「これを作り上げてエリちゃんに振る舞う、というのは、ありだろうか」


の意訳が料理を提供することで過去の評価を訂正させる、という目的であれば達成率は62%くらいかな!』


「なにその微妙な数字」


『エリちゃんがキョーコちゃんへの評価を改めることを拒む心理を数値化しきれないから確定性を高められないってゆーか?』


「ツンデレ的な」


『まあキョーコちゃん特化ツンデレと言えなくもないかなー。本質的にはクーデレなんだろうけど』


「それって実質100%みたいなもんじゃない?」


『人間同士でそう判定するならもうボクからすべきコメントはないかなー!』


 ふむ。

 彼の言い回しから既に察しているひともいるだろう。ショータくんは有機的な存在ではなく電子的な、まあひとことで言えば超高性能なAIだ。あたし如きには計り知れなく有能ではあるけれども、人間の機微は結局のところ彼には断定できない。

 あたしはしばし考えて答えた。


「エリちゃん呼んどいてくれる?」

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