第15話「仕方がない」



 詩音達は一旦深呼吸をした。いつまでも和気あいあいと楽しい時間を過ごし、過酷な現実から目を背けているわけにもいかない。本来の目的である「榊への接触」に取りかかる。


「詩音、風紀、お前ら二人はここで待機してろ。まだ怪我は治りたてなんだ。無理はするな」


 仁の助言に、二人は頷いた。


「遠藤はいつも通り外にいる美琴の監視を頼む」


 愛奈は孝之から美琴の監視を任された。美琴は今も外の大木にロープで拘束されたまま、長時間気絶している。


「俺と仁と相沢で行く。じゃあな」


 仁はもし榊と交戦になった場合に備え、鉄パイプや桑など、小屋で見つけた武器を手に外に出た。


「気を付けてね」


 詩音は森の奥へ入っていく仁達を、見えなくなるまで見送った。




「……」

「詩音、まだ疲れてるんじゃない? もう少し寝てたら?」


 先程から体調が優れない詩音の様子に気付き、風紀が横から肩を支える。


「ありがとう……」

「愛奈、怪しい人が来たら教えて」

「うん!」


 愛奈に一声かけ、風紀は小屋で見つけたシートを詩音の肩にかけてやった。安心して寝られるように体をさすった。






 仁達は広い森を渡り、榊を探す。このゲームを終わらせる手段は一つ。犯人を探し出し、剣崎へその正体を伝えることだ。

 多大な犠牲が重なったが、何とか犯人は榊である可能性が高いという情報を掴んだ。それを彼本人に会って直接確かめ、もし事実を認めた場合、剣崎に榊が犯人であることを伝える。作戦は以上だ。


「それにしても、剣崎はどういうつもりなのかしら」

「どうした? 結希」


 結希が地面の落ち葉を踏み散らしながら呟く。


「何度考えてもわからないのよ。このゲームの意味が。そもそも剣崎は犯人の正体を知ってるんでしょ。犯人が誰かわかってるんなら、なんでわざわざ自分で捕まえないで、私達に正体を探らせたりするのかしら。しかも殺し合いなんてさせて」


 四日目になっても、生徒は未だに剣崎の意図にたどり着けていない。当初のこのゲームの目的は、江波を自殺に追い込んだ犯人を見つけ出すため、つまり江波への敵討ちであると思われた。

 しかし、それなら尚更わざわざこの殺人ゲームを開催する理由はない。犯人が誰か知っているのなら、剣崎が直接犯人に手を下せばいいはずだ。


 なぜC組の生徒全員を巻き込んで、こんな大がかりなゲームを仕掛けるのだろうか。


「それに関しては何となく検討がついてる」

「ほんと?」


 考察のバトンは仁に渡った。


「あぁ、犯人を精神的に追い詰めるためだろう。わざわざ関係のない俺達を巻き込んで、死者を出して絶望的状況を作り出す。そうすれば犯人は『自分のせいで関係のないクラスメイトが殺された』という罪悪感に苛まれ、江波を自殺に追い込んだ罪を自ら認める」


 仁の考えは的を射ていた。このゲームは犯人を罪悪感で圧し殺すためのものだった。理不尽ではあるが、クラスメイトを無差別に殺害し、犯人に恐怖心を植え付ける。そうやって犯人を精神的に追い込み、自殺に追い込んだ件を自白することを狙っているのだ。


 つまり、詩音や仁などの2年C組の生徒は、犯人の自白を誘うための生け贄というわけである。


「剣崎はそうやって犯人が自ら罪を打ち明けるのを待ってるんだ」

「何よそれ……最低じゃない」


 仁の考察が事実であるとしても、剣崎の理不尽極まりない所業に怒りを抑えられない結希。


「四日目にしてまだ名乗り出てないところを見ると、犯人はなかなか精神の強い奴だな」

「いや、案外江波を自殺させたことも、みんなをゲームに巻き込んだことも、何とも思ってないかもしれねぇぞ」


 剣崎もそうだが、犯人も放っておくわけにはいかない。今すぐ罪を打ち明けて、ゲームを終わらせてもらうよう説得しなければならない。そのために、仁達は足を早めた。一番の犯人候補として上がっている榊の元へ。






「……」


 森の一角で、美穂は夏名の遺体を見つめる。使者である彼女には、遺体の回収も命じられている。一日に死者が出る度に剣崎から命令が下され、一目に付かないように遺体を担ぎ、剣崎の拠点へと運ぶ。遺体はゲーム終了後にまとめて海に捨てるのだ。


『よかった。ねぇ、せっかくだから一緒に行動しない? 一緒に脱出する方法考えようよ』


 夏名が自分に投げ掛けた言葉、あの時の笑顔。遺体が浮かべる無惨な死に顔と重なる。昨日までは当たり前のように動き、何かを感じ、笑っていたのだ。

 美穂は、唯一心を許していた友人の絶望に染まった悲壮な顔を見つめた。死んでいるため、その顔はピクリと動かない。死んだ後も、無機質に絶望の顔を浮かべるのみだ。


「くっ……」


 なぜか胸が苦しくなる。初めてクラスメイトを射殺した瞬間から、人を手にかけることには慣れたつもりだった。それなのに、胸にもぞもぞと引っ掛かる痛みは、自分が間違ったことをしていると叫んでいる。

 

 自分は友人を殺したのだ。自分のことを信頼していた何の罪もない友人を。


「……仕方ないでしょ。所詮人間なんて、自分のことしか考えてないんだから」




 美穂は剣崎に声をかけられた時のことを思い出す。剣崎は江波の自殺の要因を知った時から、このゲームの計画を始めていた。江波の死を誰よりもひどく痛み、犯人への復讐に心を染めていった。


 美穂が使者を頼まれたのは、修学旅行が始まる一ヶ月前、2年C組が結成してからしばらく経った頃だ。早くも何人かはクラスから浮いており、美穂もその一人だった。

 昔から家庭が貧しかった彼女は、常に内向的でほとんど人に心を開かなかった。一部夏名や担任の剣崎などの例外はいるが、それ以外はほぼ誰とも口を交わさなかった。そんな中、美穂は剣崎からゲームのことについて聞いた。


「江波を殺した奴に復讐する。矢口、手を貸せ」


 剣崎の目は復讐の炎で燃え盛っていた。美穂を使者に選んだ理由は、何となくだそうだ。当然最初は反対した。犯人への復讐のためにクラスメイトを殺すだなんて、正気の沙汰ではない。


 しかし、目の前で差し出された大金を前に、美穂の精神は弱くなった。


「……わかりました」


 剣崎は彼女の家が貧乏であることを逆手に取り、秘密裏に集めた100億近くの大金をちらつかせて計画に賛同させた。また、一応ゲームには参加するも、美穂だけは殺すことはしないという約束も加えられ、彼女は縦に首を振った。


 決行は修学旅行の初日、バスでホテルに移動している間だ。それまでに二人で準備を進めた。剣崎は違法で密輸したハンドガン、ライフル、その他多くの銃器を美穂に託した。美穂は海外で射撃の経験のある剣崎から教わり、密かに射撃の腕を鍛えた。


 そして決行当日、バス内でクラスメイトを催眠ガスで眠らせ、絶海の孤島に運んで殺人ゲームを仕掛けた。美穂は教えられた射撃の腕を生かし、次々とクラスメイトを射殺していった。




 クラスメイトには何の義理もない。殺すことに戸惑いはない。美穂は割り切っていた。だが、夏名の遺体を前にして、自分の重ねてきた過ちの重大さに気付き始めていた。いくら家族のため、自分のためとはいえ、自分の行っていることは殺人……犯罪である。


「……」


 美穂は自分の頬を叩き、夏名の遺体を背負って剣崎の拠点へと向かった。






「先生」


 扉を開けて中に入った。夏名の遺体を部屋の隅に置く。今までに死んだ生徒の遺体が山積みとなっている。自分が殺した覚えのないクラスメイトまで、しかばねとなって積まれている。

 剣崎が作り出した絶望的なゲームは、意識的に殺人を促すまでに生徒の心を追い込んでいたようだ。


 再び胸が痛む美穂。すぐに迷いを振り切り、剣崎を探す。




「先生?」


 剣崎の返事がなかった。よく探すと、彼は監視カメラの映像が映るモニターの前で、腕を組んでうたた寝をしていた。

 人数が減っているとはいえ、流石に一人で生徒全員分の監視をするのは重労だ。いつの間にか眠りについてしまったのだろう。


「……!」


 剣崎の前のテーブルの上に、一枚の紙が置かれていた。握り潰してから開いたように、全体的にくしゃくしゃになっている。美穂はそれが気になった。剣崎に感づかれぬよう、ゆっくりと紙に手を伸ばす。




 バシッ


「!?」


 手が届く寸前で剣崎が起きて、腕を掴まれた。美穂はすぐさま腕を引っ込める。


「やべぇ、つい寝ちまってた」


 剣崎は目を擦り、モニターを確認する。美穂が紙を触ろうとしていたことは指摘しない。


「先生、何ですかその紙」

「あぁ、手紙だよ」

「手紙? 何の手紙ですか?」

「お前には関係ない」


 剣崎は手紙を握り締め、ズボンのポケットにしまった。美穂はひとまず手紙については頭から離した。気にすべき問題点は別にある。




「……先生、いつまでこんなこと続けるつもりですか?」

「あぁ?」

「こんな残虐なことしてたら、いつか発覚します。今更ですが……私、やっぱり間違ってるように思えるんです」


 美穂は素直に思っていることを打ち明けた。既に手を血に染めてしまってはいるが、ここまで遺体を積み重ねてきたことにより、自分の罪が痛いほどに実感的した。




「……ほんと、今更だな」


 スチャッ

 剣崎はハンドガンの銃口を美穂に向けた。


「お前がもうやれないのなら、金のことも無しだぞ。ここまで来て今更間違ってるだと? ふざけるな。お前もアイツらみたいに口が聞けないようにしてやろうか」

「わ……わかりました! やります! やりますから!」


 美穂は命乞いをした。平気でクラスメイトを殺しておきながら、自分が殺される覚悟は全くもってできていなかった。

 美穂はいい加減覚悟を決めた。殺されるのはご免だ。ならば、このまま彼と共にクラスメイトを追い詰めるしかない。


 美穂の胸を再び激痛が襲う。罪悪感がこれ以上罪を重ねることを良しとしない。




“……仕方ないでしょ。所詮人間なんて、自分のことしか考えてないんだから”


 美穂を形作る言葉はそれだった。どうして自分が剣崎を非難できようか。自分だって目の前の大金に目が眩んで、我が家を貧困から救うという利己的な目的で彼に手を貸した。今更自分の行いが間違いかどうかなんて、気にしたって遅いのだ。




 美穂は銃器を手に、再びゲームフィールドへと足を踏み入れた。



     *   *   *



生存者 残り10人


相沢結希あいざわ ゆき(2)♀

遠藤愛奈えんどう まな(5)♀

加藤詩音かとう しおん(7)♀

霧崎仁きりさき じん(11)♂

榊佑馬さかき ゆうま(13)♂

辻村美琴つじむら みこと(16)♀

野口智江のぐち ともえ(20)♀

檜山風紀ひやま ふき(21)♀

広瀬孝之ひろせ たかゆき(22)♂

矢口美穂やぐち みほ(24)♀

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