第37話

「よく見つけられたな」

「…動物? 喋ってる?」


 魔法を解いて少女の前へと出る。すると突然現れた俺の姿を見て少女は目を丸くする。ちょっと反応が薄いような気もするが驚いているのは確かだろう。


 改めて相手の姿を確認してみる。その深くかぶったキャスケットに似た帽子に隠され良く見えないが声や身体的特徴からしてやはり女の子で間違いなさそうである。


しばらく待ってみるが少女からの反応はない。仕方があるまい一度肩を竦めた後に少女に声をかける。


「なんだせっかく姿を見せたのにその反応は無いんじゃないか?」

「獣人とも違う?……人語を喋る動物が現れると思ってなかったから動揺しただけ。さっき手助けしてくれたのはキミの仕業?」

「魔法で何匹かの狼を倒したのなら俺で間違いないな」

「…そっか。とりあえずお礼は言っておく」 


俺の言葉に目を丸くした少女は警戒をしたままではあるがお礼を口にする。

正直に言って意外だった。ルカの時もそうだったが助けられたからといって怪しい相手にすぐに礼を言うというのはどうなのだろうか。この世界の人間は全員がそうだとかいうわけもあるまい。


「どうかした?」

「いや随分と素直に礼を言うなと思ってね」


俺の戸惑いを感じ取ったらしい少女は疑問を口にする。それに対して試しに感じたことをそのままに返してみる。


「恩を仇で返す真似はしない…」

「親がしっかりしているということかな?」

「そんなところ、団長の教えだから。それより何で私を助けてくれたの? 教えてくれる気ある?」


 少女はそう言い終えるな否やこちらに向かって何かを投げつけてきた。それをひらりと躱してそのまま後方の木の枝へと飛び乗る。


「ワイヤーか。 突然何をするのかな?」

「人の言葉を喋る動物なんて珍しい、売ったらお金になるかと思って」


問いに答えながらも少女は俺を捕まえようとワイヤーを投げつけてきた。それを俺はひらりと躱し続ける。


「ふむ、助けてくれた相手にする仕打ちとは思えないな」

「お礼はさっき言った。…なかなか当たらない」


 ワイヤーだけでなく投げナイフも混ぜ込み始めた少女だったがこちらには当たらない。


「危ないな、まあその分ならもう大丈夫そうだな。最後にさっきの問いに答えようか、君を助けたのはただの気分だよ。ではさらばだ」


 魔法で姿を消すと離脱にかかった。先ほどはうまく気配を読み取った少女だったが、移動を始めてしまえば見つけることは不可能だろう。


「…逃げられた」


去り際に少女のそんなつぶやきが聞こえてきていた。


森の中を木と木の間を飛び移り、身を隠しながら進んでゆく。そして先ほど探知した魔法道具を持つ見張りを肉眼で捉えられるとこまでやってきた。辺りは薄暗くなってきており見張りの横では松明が焚かれている。


「……さてこのさきはどうしたものか――――っと危ない」


 枝の上から様子を窺っていた俺のほうへ見張りの視線が向けられた。ぎりぎりのところで身を隠しどうにか見つからずに済んだ。それにホッと息を吐く。

 視線の先にいる見張りは二人、身を軽装に包んだ男たちは片手に槍を持って立っている。その幕営地では周りを簡易な柵で覆っているようでその唯一の入り口に見張りがいるようだ。その手にもつのは例の魔法道具だ。


その柵を飛び越えることも考えたのだが


「ダメか…この気配はトラップか」


 罠の気配を感じ取り断念する。そのこともありこの一団の異様に厳重な体制に疑念はますます強くなった。

 一度ぐるりと周囲を回ってみたが侵入しやすそうなところは無さそうだった。魔法を使えば入ることは簡単なのだがそれにはあの魔法道具が邪魔である。


もう一度見張りが見える位置まで戻ってきてみると人数が4人へと増えていた、何事かと思ったのだが先ほどまでいた男たちは陣の中へと戻っていた。どうやら交代の時間だったようだ。


 俺にとっては幸いなことに今度の見張りは真面目でないようで、隙を縫って声の聞こえる辺りまで近づくことができた。ちょうど何か話していたようだったので耳を傾ける。





「―――――っち、もう少し飲んでいたかったのによ」

「だな、見張りの番なんてついてねぇよな」


 今度の二人は先ほどまでいた二人より年若いようだ。こういっては何だがチンピラのような男たちである、こいつらなら出し抜くのは簡単そうでだ。


「それにさっき変わったアイツらよ、『真面目にやれ』とか余計なお世話だよな。何様だって話だよな。それにこんな森の中で誰が来るんだよって話だよ」

「だよな~団の古参だからって調子に乗りやがって。―――まぁそれもあと少しの辛抱だけどよ」

「おい!! それは簡単に口に出すんじゃねーよ! アイツらに聞こえたら水の泡だぞ」

「あっすまん」


 何やらキナ臭そうな会話であった。そのまま話に耳を傾けていると何やら二人組が慌て始める。


「っておい定時連絡って今日じゃなかったか?」

「そうだった!! 悪いちょっと行ってくる」


 二人組のうちの一人が慌てて森の奥へと駆け出して行った、残る一人のもかけていった男のほうへと意識が向いている。


(今しかなさそうだな―――さっきの話も気になるがこちらのほうが優先だ)


俺はこの隙に乗じて野営地に忍び込むことに成功するのだった。





「おもしろい奴ではあったがこれ以上時間を取られるわけにもいかないからな」


 少女の元から離脱して十分に距離をとったところで先ほどの事を思い出し少し笑ってしまった。攻撃を加えられたわけではあるがあれくらいでは俺を捉えることなど出来ない。俺からしてみれば野良猫と戯れた程度の認識であった。


「さてと、あの二人組はどこへいったかな?」


 探索の魔法を広範囲に広げて追っていた二人組の気配を再び探す。するとそれは簡単に見つけだすことができた。二人組がいたのは先に見つけていた集団のうちのひとつ、40人ほどの大集団のいる場所であった。


「ふむ、予想通りであったわけだが、あの怪しい二人組が合流したということは警戒して近づいたほうが良さそうだな…っとこれは」


 集団まである程度近づいたところで一度立ち止まり探知の魔法を使い様子を探る。そこである反応を感じ取り顔を顰めた。


「見張りがいる――――それにこれは魔法道具か、しかもこの反応だと魔法を探知する類のものだな。こんなものを持った見張りがいるなんて何者だこいつらは」


 魔法道具とはこの世界においても珍しいものだった、現に村にあるものは片手で数えるほどしかない。しかも探知系の道具は希少であり高価なために牢獄や王宮などの限られた場所に


しかない。それを見張りが持って監視をしてるなど明らかに普通の集団ではない。


「あらかじめ探っておいてよかったな、それを知っていれば対処のしようはある」


 魔法を解除して身を隠しながら進んでいく、普段魔法ばかりを使ってはいるが隠密などの技能も会得しているのだ、久々であったがそう簡単にみつからない自信はあったーーだが。


「まあ、最近は魔法を使っても勘付かれることも多いから慎重にいくか」


 この姿になってから、ユーリ、冒険者たち、先ほどの少女と気取られることの多いことを思い出してその歩みを慎重なものへと変える。


忍び込むことに成功した俺はは物陰に隠れて様子を窺っていた。


どうやら今は宴会かなにかの途中のようだ。多くの男女の話し声笑い声が響いて騒がしい。



「ほら飲め飲め! ガハハッ」

「久々の獲物だったからなあ、しかしこんな辺鄙なところにサーカス団なんかがいたんだろうな」

「知らんさ、どこかにいく予定だったんじゃないのか。まあもう無理だろうがな」


 

 不穏な響きの会話が聞こえてきていたが意識は別に向いていた。


(ほう…彼らは)

 

 全体を見渡してみるが騒ぐ人々は年若い者から初老の者まで年齢は様々だ。さらにヒューマンだけでなく獣の特徴を持った獣人や、尖った耳が特徴的な褐色肌のダークエルフ、ずんぐりした体形のドワーフなども多くいる。

 エルフである冒険者のウェインには会っていたがBがこれだけ多くのヒューマン以外の種族を見るのは久々であり少しの懐かしさを覚えた。


(ん…あの旗はどこかで見たことがあるような――――)


 眺めている中で中央に掲げられている旗へと目が止まる。風にたなびくその旗に描かれているのは何かの鳥を模した文様。


 記憶を探るがなかなか思い出せないとりあえず今は諦めた。ふと顔を上げたところで奥に一際大きい天幕があることに気が付いた。

 

 とりあえずそちらへと向かうことに決めた。相変わらず騒いでいる者たちの横を慎重に駆け抜ける。酔っぱらっていたためか気づかれることなく通り過ぎることができた。


 そして到着した天幕、その中に人の気配を感じる。見つからないように気配を消すと慎重に近づくと中を覗き込んだ。


「――――団長、捕まえた彼らはこの後どうしますか?」

「――――とりあえず保留だな」


 中にいたのは二人の男だった。デスクに座り込む一人にもう一人が話しかけている形だ。


 座っているほうの男、団長と呼ばれた一人はいかつい顔つきの鋼のような筋肉をもった大男で、服の隙間からみえるその体中には古傷が刻まれている。話から察するにどうやら座っているだけでただならない威圧を感じさせる彼がこの集団のトップのようだ。


「保留―――ですか? さっさと口封じに消すのではなく?」

「何か問題でもあるのか?」

「いえ――――――。    ……本当に甘くなってしまったのですね」


 もう一人の男が団長の言葉に小さく何かを零したがこちらまでは聞こえない。彼は細身で長身の目つきの鋭い男で、知的な雰囲気を持ちながら体も鍛えられているようだ。どうやら副官的な存在らしく先ほどからいろいろと予定を話し合っている。


「――――とりあえず様子見に行かせてました。戻ってきましたのでご報告に後程伺わせます」

「そうか、今回は確実に手に入れたいからな慎重にいくぞ。なんと言ったって古代遺跡のお宝だからな、確実に手に入れる」


続けて交わされる会話の内容に神経を集中させる。様子見…しかも今戻ってきたとなると俺が追ってきたあの二人組である可能性が高い。

 


いつ動くなどの会話がを聞いているうちに唐突にあることを思い出した。


(――――思い出した。あの紋章は『夜闇の鴉』指名手配の盗賊団か!!)


 俺がその存在を知ったのはあの冒険者3人組と会話だった。





「これは何なんだ?」

「ん? 懸賞金つきの手配書だよ。金稼ぎに捕まえたりすることもあるわけよ」


「ほう」

「それに情報は必要なのさ、あった時に逃げるかの判断にも役に立つ」


「逃げる?」

「おうよ、例えばこいつら『夜闇の鴉』なんかは遭遇したら逃げる」


「そんなに強いのか? というかこれ紋章しか書かれてないが」

「伝説もあるやつらでな特に団長がやばい、それしか書いてないのは情報をそれしか手に入れられなかったってことだ。まあ最近は話を聞かなくなったんだが捕まったってのはありえないな」





(悪逆非道の大盗賊団だったか…しかし悪逆非道?)


 ともかくこの集団が盗賊団で狙いがルカたちの村であることは分かった、本来ならばすぐ対処すれば良いのだろうが、俺は今交わされている会話と前評判の違いに戸惑っていた。


 前評判では狙った獲物たちはすべて殲滅していく悪逆集団とのことだったのだが、今交わされる会話ではいかに被害を少なくするかという話が中心である。そして会話は最後に別なものへと移っていた。


「―――――それで本当に例の件はやるのですか?」

「……ああ、だからこれが最後だ。お前たちには迷惑をかけるな」

「いえ、私たちは貴方に最後までついていくだけです」

「すまん」

「ただ…若い団員達の中で気になる動きがあるので注意しておきましょう」


 その会話を最後に話し合いは終わったようだ。最後のやり取りに少し気になる点もあったのだが、今は対策のほうが優先だ。被害を少なくしようとしてるとはいえ奪われるほうにとっては冗談じゃないという話である。


 村に戻ろうと動き出すその瞬間、団長の視線が自分に向けられていることに気が付く。だがそのあとに警鐘等が鳴らされることはなく。出入り口へと向かうことができたのだった。

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