第36話

夕方になって家での手伝い兼修行に向かったルカと別れて一人村の中をブラブラする。飾り付けられた通りを見ながらふと物思いに耽る。時折吹く風は肌寒い、そろそろ冬が近いらしく祭りの準備とともに冬篭りの準備も行われているようだ。

 

 この世界に飛ばされてきたのは確か初夏のあたりだったはずだ。この世界での時間の感覚は俺がいたところと変わらないようだったので半年くらいはもう過ぎたということだろう。焦ってはいないが身の振り方を考えなければならない時期に来たのかもしれない。


物思い耽りながら歩いているうちに村はずれまで来てしまっていたようだ。とりあえず家に戻ろうかと方向転換しようとした時にある二人組に目が止まる。


「ん? 見慣れない顔だな…」


 それは旅装姿の男女の二人組だった。その装いからして旅人か何かだろう。今到着したばかりなのか周りをキョロキョロと見渡している。

 

 最近村に来る旅人は増えていた、理由は分かっていなかったのだが、おそらくルカが言っていた豊穣祭の影響かもしれないと検討をつける。


 見た目だけならば特に気に止める必要の無さそうな人物達であったのだが、勘がその二人組から違和感を感じ取っていた。


「ただの旅人か? それにしては何か違和感が拭えないが…」


 物陰に隠れて様子を伺うことにした。


「…ここからだと流石に声は聞こえないか、仕方ない」


声が聞こえるであろう位置まで建物の影を移動して近づいていく。目的の場所に滑り込む直前に二人組のうちの女の方が唐突にこちらへと振り向いた。


「どうした?」

「…気のせいか。視線を感じたような気がしたんだけど」


その言葉で一瞬緊張がはしるが何とかバレなかったようだ。


―――とここであることに気がついた。よく考えてみたら魔法を使えば良かっただけの話である。ようやく思い立ったそれを即座に実行する。魔法を使って気配を完全に消す、音も遮断したのでまず外から勘付かれることはなくなった。二人組が辺りを確認しはじめるが気づかれることは無く俺の横を素通りする。


「おかしい…勘違いか」

「誰もいないじゃないか。まあいい、それより必要な情報はこれで全部集まったか?」

「大体は集まったんじゃない、目的地は確認できた」


 女の方はまだ気配を気にしているようだったが男の言葉に探すのは諦めたようだ。気づかれないのを良いことに二人組の背後で会話を盗み聞きをする。どうやら二人組は何やら調査をしていたようだ。周りを見渡し誰もいないことを確認した後に女の方が一枚の洋紙を取り出した。それを見ながら男の質問に返答する。


(……ん? 村の見取り図か、あのチェックがされている場所は―――)


 こそっと近くにあった木に登り上から女の持つそれを覗き込んだ。そこに書かれていたのは手書きの村の見取り図らしきものだった、所々にメモが書かれている。そして一箇所大きくバツ印が付けられた地点がある。


 自分の記憶と照らし合わせてその場所を思い出す―――――と。


(あれはジョンの屋敷の場所じゃないか、なんでこいつらはそんな物をチェックしているんだ?)


その場所はジョンの屋敷であった。旅人がそんなものをチェックしているのかと疑問に思っているとその間に二人組の会話は終わっていた。


「よし、それなら早くお頭のところに戻るか」

「そうね、はやく戻りましょう」



 二人組が移動を始める、向かう方向は村の外のようだ。一体どこへ行こうというのか、一瞬迷ったが先ほどの勘に従って二人組を追いかけることに決めた。


つかず離れずの距離を保って二人組の後を追いかける。今も魔法を使っているので見つかる可能性はほとんど無いのだが念の為に距離をとっていた。


 森を歩き続けることしばらく、魔法を使って周囲を探りながら追い続けていたのだが少し離れた位置に人の気配を感じ取った。それも一人二人ではなく少なくとも40人以上はいそうな感じである。


 進む方向からしてどうやらこの二人組はその集団に向かっているようだった。

魔法の探知の精度をあげてより詳しく情報を探ってみると、どうやらその集団は森の拓けた場所で野営をしているようだ。

人の気配の他に天幕などの存在も感じ取れた。さらに40人ほどの大集団に気を取られて先程は気付けなかったのだがそこから少し離れた位置に10人程の集団もいた、そちらの方には人間以外の気配、動物らしきものも感じ取れた。


「ん~ これは同じ集団なのか、偶然近くにいるだけなのか―――――っと…ん?」


 新しい情報を整理して思案している最中に探知の魔法がある別の情報を伝えてきた。その情報とは一つの人間らしき反応と複数の獣らしき反応、どうやら人が一人獣に囲まれてしまっているようだ。今向かっている方向とは90度ずれた位置なので向かうなら今しかないだろう。


「はあ…仕方ない気づいてしまったからには見捨てては目覚めが悪すぎる。それに二人組の目的地はあの集団のどちらかで間違えなさそうだ、そんなにすぐ移動もしないだろう」


 少し悩んだあと、その反応を無視できずに進行方向を変えた。魔法で足回りを強化して移動速度を上げると反応があった位置近くまで猛スピードで駆け抜けた。

そしてその地点から目視で状態を確認するとそこには探知した通りに狼に囲まれた一人の子供の姿があった。


(少年? いや少女か……しかし獣に囲まれたこどもとは―――)


 即座に駆けつけたおかげで最悪の結果には至っておらず、子供と狼は間隔を保ったまま睨み合っていた。その光景はルカと初めて出会ったあの時、魔物に囲まれていた彼女の姿をどこか思い起こさせる。


「…群れとかついてない。少し手間取りそうかな」


 あの時と違う点があるとすれは今度の少女はパニックになることもなく短剣を手に真っ向から対峙しているという点だろうか。


その構えはしっかりとしたものであり戦闘の心得があるのは間違いなさそうだった。


即座の介入はせずに様子を見守ることにする。


 少女は、短剣を狼たちに向けながら逆の手で腰のあたりからナイフを取り出した。そして狼のうちの一匹が飛びかかってきたところでそのナイフを投げつける。


「そこ!!」


『キャインッツ』


 その狙いは正確で飛びかかってきた狼の頭に見事に命中し屍へと変えた。慣れているのかその一連の動作からは迷いや戸惑いの類は感じられない。


(何者だ? 子供のくせにあれだけ正確な投げナイフの腕があるとは…まぁユーリみたいなのもいるが)


その後も近づいてくる相手から的確に倒していく少女だったが、8匹目を倒したあたりでその表情が曇る。どうやらナイフのストックが切れてしまったようだ。その手に持つ短剣でその後も狼たちを捌いていくが徐々に動きに陰りが出始めていく。


(ふむ、頑張ってはいたようだがここまでか。助けるのは良いのだが姿は見せない方が良いか)


 戦いなれている少女ということで、用心の為に姿は隠したままで助けることにした。


 少女の疲れを感じ取ったのか徐々に距離を詰める狼たち。複数が同時に飛びかかるのに対し対処しきれていない、少女が何とか対応したものはそのままにそれ以外を処理する。木の枝を魔法で強化し矢に見立てて打ち出す。


「ーーー何っ!!」


 急所を魔法で穿ち一撃で狼たちを仕留めて行く。勝手に倒れた狼たちに驚く少女だったが、考える暇もなく次々と飛びかかってくる敵の対処に追われる。

 

同じようにフォローしたことで15分ほどで敵は全部倒すことは出来た。肩で息をする少女は全ての狼を倒したあとにも関わらず警戒を解いていない。途中から入った手助けに気づいたようで何者によるものだったのか辺りを伺っているようだ。


 現状も気配を絶つ魔法を使っていたために見つかることなどないと思っていたのだが―――


「ん!!」


「なっみつかった―――――!?」


 少女は俺のいる地点に向かって正確に小石を投げつけてきた。気を抜いていたせいで避けることは出来たが思わず声を上げてしまった。


「誰? 助けて貰ったのかもだけど姿を見せないのは失礼」


 その問いに対して無視して去ることもできたのだか俺は魔法を解除するとその前へと姿を見せた。

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