第16話

「ふぅ~~っ」


 ルカとユーリが休憩している場所から離れて小川が見える場所まで来ていた。水の流れを眺めながら人心地つく、この上流が水源になっているのだろう。


 村から出発してからずっとユーリからの疑いの籠った強い視線を感じていたことで少し疲れてしまった。少し休憩してから戻るとしよう。


 さてこの合間にこれからの事を考えてみる。現状において元の世界に帰る方法については検討もつかない、早く探さねばならないとは思うがとりあえずは棚上げするしかない。しばらくはルカに厄介になるつもりだ。

 今一番の問題はやはりユーリに関してだろう。彼女は明らかに俺を疑っていた、隠し通すのは難しい。この際、全て話してしまおうか、どうなるかは分からないがルカに説得して貰えば大丈夫な気がする。何より協力者は多いほうがいい。


早速行動しようと思ったその時だった――――。


「きゃあー!」


 ルカの声と思しき悲鳴が聞こえてきた、何か起こったようだ。



 戻ってきてみれば、倒れてるユーリとルカに狼が飛びかかろうとしている。ユーリの弓の腕前であればどうにでも出来そうな獣であったが見れば弓矢が手元にないようだ、見渡すと離れたところに置いてあった。不意打ちを受けたのだろう、とりあえず二人に障壁の魔法をかけて狼を弾き飛ばす。


 何が起こったのか分からなかったのだろう、キョロキョロと辺りを見渡している二人へと声をかける。


「やれやれ、仕方がない。というか前にも同じようなことがあったような…」

「オズ!!」

「おう、大丈夫か?」


こちらに気づいて笑顔を向けてくるルカ、一方のユーリは驚いているのか目を丸くしてこちらを見つめてくる。


「まあ、言いたいことは色々あるだろうが、ひとまず今は周りを片付けようじゃないか―――ホレ」


 固まっているユーリへと置いてあった弓矢を放り投げる、それを受け取るとようやく周りの様子に気がついたようだ。

 先ほど弾き飛ばした狼が立ち直り仲間を呼んだようで周りには10匹ほどの狼の群れが現れていた。俺一人で蹴散らしても良いのだがせっかくなので手伝ってもらおう。


 最初に俺をターゲットに決めたのか狼たちはこちらへと次々に飛びかかってきた。前後左右からと襲ってくるそいつらを避けながら一匹ずつ火炎弾の魔法で倒してゆく。ふと横目で見るとユーリも背後にルカを庇いながら弓矢で一匹ずつ仕留めていた―――良い手腕だ。

 

そしてものの数分で狼たちは全滅してしまった。その倒した数は7匹ほどが俺であとの3匹がユーリという感じだ。


◆ ◆ ◆


「……それでさっきルカが言ってたのは本当の話だったわけね」

「信じてくれたんだ」

「さすがに目の前で見せられたら信じないわけにいかないじゃない…」


 何やらすでに話し合っていたようだ。ルカから俺に了解を取らずに話してしまった事を謝られた。もともと話す気になっていたので別に構わない。


「…とりあえずお礼は言っておくわ、ありがとう」

「そうだったよ。本当にありがとうオズ」

「おう」


 こちらに向き直った二人から礼を言われる。オズだけでなくユーリにまで素直お礼を言われたことが若干意外だった。


「ルカから大体の話は聞いたわ。今の事とルカを助けてくれた事は感謝してもしきれないくらいね…ただひとつだけ質問させて」


 ユーリが続けて俺へと話しかけてきた、何の質問があるというのだろう。


「なんだね?」

「一番気になるのは貴方の正体に関してなんだけど…話を聞く限り答えてくれそうもないから諦めるわ」


 機会がなかっただけで教えても良かったのだがとりあえず口は挟まない。


「貴方、のことを騙したり傷つけようってつもりじゃないでしょうね?」

「ちょっと――ユーリ」


 横からルカが口を挟んできたがそれは無視する、その表情と口ぶりから本気で聞いているのだろう。ならば、ここはちゃんと答えるべきである。


「そんなつもりはない、今までも…これからもな」


 じっとこちらを見つめていたユーリだったがふうっと息を着くとなにか諦めた様子で頷いた。


「それだったら良いの…。 意地でもルカから引き離そうかと思ってたけど、私も助けられちゃったから何も言えないわね。今は信じるわ…ただしこれからも監視はするから、もし何かあればゆるさないわよ」

「う、うむ。 分かった」


 その気迫に押されて頷く。どれだけルカが大事なのだろうか、それは良い事だとは思うがこれはやりすぎじゃないかと思う。もちろんそんなことはしないが。


「一応まとまったのかな?」

「そうだな」

「それじゃあ握手しようよ!!」


 ルカの提案で握手をすることになったのだが…和解のしるしに握手を交わすなんて何だかむず痒いものがあった。


ふとここで思い出したことがあり握手をしながらユーリに確認とる。


「言い忘れてたが、俺のことは言いふらしてくれるなよ。あくまでも秘密で頼むぞ」

「分かってるわよ。それにこんな話をしたって突拍子が無さ過ぎて信じてもらえないわ。実際見るまで私も信じられなかったもの」


その言葉に思わず納得してしまうのだった。


さて早く水源に向かうとしよう。


「ここなのか?」

「うん……そのはずなんだけど」

「なにこれ? 木が枯れてる?」


 ようやく目的地である水源へと到着した、この泉から水が湧き出て村にある井戸の地下水へと繋がっている。

 パッと見た感じでは泉自体に変わった様子は無い。しかし周囲の様子は明らかに異常だった、周囲の木々が枯れているのだ。それも一本というわけでは無く一帯すべての木がだ。


「どうなってるの? なんでここだけ枯れてるのかしら」

「僕たちが通ってきた場所は大丈夫だったよね」


 木へと近寄って状態を確認してみる――――これは


「これは溶けてるな。強力な酸による腐敗か…見たところまだ新しめか」

「溶けてる? 何で?」

「そこまでは分からないが。ここら辺で酸性雨が降ることはあるのか?」


 ルカに聞いてみたが…首を傾げられた、これはよくわかってないな…ユーリへと視線を向ける。


「そんな話は聞いたことないわ。それに雨だっていうのならここだけってのは変じゃないの?」


 確かにそれもそうだ、そうなると自然現象ではないのだろう。可能性として魔法の可能性も考えられるが…魔法の残滓は感じられない。

 見た感じ最近の出来事のようだ、そうであるならばこれだけ大規模の現象を起こす魔法だ、少しでも残滓が残っているはずだった。


―――その時。

 

 ズドンっと少し離れた位置から枯れ木が倒れる音が聞こえてきた。急いでそちらへと目を向けると一体の魔物が現れていた。

 

 それはゲル状の体を持つ魔物、特定の姿を持たないスライムの一種のようだ。最も自分の知るものとは大きさが違う。俺の知るスライムであれば大体大きくとも犬ほどしかない、しかし目の前にいるのはその10倍程にも及ぶかという大型の一体だ。


「なにアレ?」

「私も見たことないわ…良いものではなさそうね。貴方なら分かるのB?」


 ユーリがアリスを後ろへと下がらせて弓を構えている。視線は魔物からはなさずにコチラへと疑問を投げかけてきた。


「スライムの一種だろうな…デカ過ぎだけど」

「スライム? 何それ?」


 どうやら初めて見るようだ……ってスライムなんてあちらではポピュラーな魔物なのだが。


「ん―――魔物だ」

「へぇー。あれも魔物なんだ」


 特に何も思い浮かばなかったために適当な返事になってしまった。しかしそれに気にした様子もなくユーリが応じる。その姿は先ほど狼に遅れを取ったものとは思えない、やはり先程のは武器がないというアクシデントによるもので肝は据わっているらしい。

 

 一方のルカはやはりというべきかオロオロしていた。


「それなら遠慮なく射っちゃって良いわよね。弱点とか分かったりする?」


 弓を引いたユーリがスライムに狙いを定めながら聞いてくる。スライムはまだこちらに気づいた様子は無い。

魔獣と言われる者たちの弱点は概ねその体の中にある核だ、魔物にとって心臓とも言えるその核を潰せればすぐに倒せる。


 そしてスライムはゲル状の透明の体をしているためにその核は狙いやすい、あちらの世界ではスライムは初心者が魔物狩りの練習台に選ぶものの筆頭だったはずだ。目の前のスライムも巨大だという異常性はあるがそれに違いはない。緑色をした透明な体の中に赤い球状の核が見える。


「体の中に赤い球が見えるだろう? あれを狙えば倒せるはずだ」

「分かったわ」


 弦を最大まで絞ったユーリが狙いを定める―――


「せいっ」


掛け声と共に矢を放つ―――――やはりいい手腕だ、俺がサポートをするまでもない。矢は放物線を描いて核を正確に穿つ――――――




―――かに見えたのだが。


スライムの体に刺さると核へと到達する前に無くなってしまう。


これはどういうことか…考えに浸る暇は無かった。先ほどの一撃でこちらに気がついたスライムは体を震わせる。攻撃を受けて怒ったのだろう、体の一部を飛ばしてくる―――。


ギリギリで避けるがユーリの服の裾にその緑色の液体が掠ってしまう。するとそのかすった場所が溶かされてしまった。


「きゃあっ」


 焦りと共にユーリが悲鳴をあげる―――


「ちっ そういうことか」


 ひとまずオロオロしているルカに障壁の魔法をかけて下がらせた。次々と飛んでくるその液体をユーリと二人で避け続ける。時折ルカに向かいそうになったものは全て火炎弾で叩き落とした。


「ちょっと!! どういうこと? ちゃんと狙い通りあたったはずよ」

「どうやらアレの体は高濃度の酸で出来ているみたいだ。狙いは正確だったが核に届く前に溶けてしまったみたいだ」


 避け続ける合間にユーリと相談を交わす。高位魔法で焼き尽くす事は可能だが暇なく攻撃されては発動する暇もない。


「それでどうするのよ? このままだと流石にやばいわよ?」


 まだ余裕があったが長引けば体力が持たないだろう、ユーリは元より俺も現状は小動物の姿のために予想がつかない。少し悩んだが方針を決める。


「よし、もう一度、矢を射ってみてくれないか」

「え? 流石に避けながらは無理よ。それにさっきの繰り返しになっちゃうわ」

「しばらく俺が引きつけよう、なに次は俺も手伝うから大丈夫だ―――ただし外すなよ?」


 渋るユーリに無理やり約束を押し付けてスライムへと向かっていく、まずは一発火炎弾をぶつける。

やはり威力が足りず表面を焦がすのに留まっていた、しかしスライムの注意を引きつけるのには成功する。ユーリ達がいる場所と逆方向へと駆ける。


「も~ちょっと勝手過ぎない!? 失敗したら責任とってもらうんだからね!!」


 後ろからはヤケクソ気味なユーリの声が聞こえていた。とりあえずちゃんと動いてくれるようなので良しとしよう。


横っ飛びで液体を避ける、見れば元いた場所の地面が溶けている。小さい体だ、自身には守りの魔法が常にかかってはいるが一発でも当たればひとたまりもないだろう、それほどに強力な酸だった。


「オズ!! 撃つわ!!」


 そして待っていた2本目の矢が放たれた―――弧を描き一度目と同じように正確に核を穿つ軌跡をとる――しかしこのままでは一度目と同じ結果になってしまう―――そうさせないためにユーリの放った矢に魔法を付与させる。


 使ったのは付与魔法――それは武器や道具さらには人間に魔法の力を付与させるものだ。実は俺が最も得意とする魔法だったりする。


 矢の強度を上げる、酸ごときで溶けることのないように――いわゆる腐食耐性ってやつだ。ついでに炎の力も付与させる。


 強化された矢は溶けることなく突き進み寸分違わず核を打ち抜いた――――――そして巨大スライムは一度体を震わせると爆散してしまった。


 スライムの体の一部がこちらにまで飛んでくる……危ない。炎属性を付与させたのは失敗だったかもしれない。


 全てを避け終わりユーリのほうを見れば同じく逃げ回っていたのだろう肩で息をしている、ユーリにキッと睨めつけられてしまった。


「二人共~ 大丈夫~?」


 避難していたルカが戦闘が終わったのを確認するとコチラへと駆けて来た。

 


 ――――ユーリに近づくのが若干怖い俺だった。

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