第15話

sideユーリ


私の一番の親友が行方不明になってしまったという話を聞いたとき、自分の心臓が止まってしまうのではないかというほどに衝撃を受けた。


 森に薬草を取りに行ったまま帰ってこないというのだ。


 真っ先に親友の家にまで飛んでいくと親友の母であるティナさんが凄く取り乱していた。


 何かの間違いであって欲しいと願っていたのに…どうやら残念ながらあの話は事実なようだ。


 私と親友は幼馴染でもあり家族ぐるみの付き合いがあった。私自身も取り乱しそうになったけど、そういうわけにもいかない。ティナさんを宥めて新しい情報を待つことしか出来なかった。



 普段であれば長くて3日ほどで帰って来るというのに既に5日が経過していた。ここまで来るとただ遅くなっているだけとは考えにくい。どんどん不安は募ってゆく、怪我で動けなくなっていないか、獣に襲われていないか、あとは親友は驚く程にお人好しなので誰かに騙されて誘拐されたりしていないだろうか、考えているとそんな心配まで出て来る。更に親友の向かった森の様子が変だという話まで飛び込んでくる。不安はますます募るばかりだ。


 村の大人たちにお願いして捜索隊を出して貰えることになった、そのための連絡にと私は村の中を飛び回っていた。


 ようやく人が集まって今から出発という時になった。


 その時になって何とか無事に見つかって欲しいと村の教会で祈っていた私に驚きの情報が入ってきた、行方不明になっていた親友が帰ってきたというのだ。


 捜索隊が集まっていた広場に現れた親友は話を聞いて驚きティナさんに連れられて家に帰ったらしい。



 ……ふぅ、本当に無事でよかった。


 無事に帰ってきてくれたことに安堵する。しかし今度は安堵したと同時にふつふつと怒りがこみ上げてきた。私にこれだけ心配させたのだから一言文句を言ってやらないと気がすまない。


 とりあえず今は家族水入らずだろうから邪魔をするわけにもいかない、明日朝一番で会いに行こう。





 そう決めていたのに次の日の朝、私は石切場へと配達に向かっていた。いざ出かけようとした時になってお父さんから家のお手伝いを頼まれてしまったのだ。


 ……お父さんも全く気が利かない。私がルカに会いに行こうとしてたの知っていたはずなのに。


 内心で文句を言いながらも断ることは出来ずに仕方なく承諾して配達へと来ていたのだ。


「これが頼まれていたお品物です。」


「おう、いつも悪いね。親父さんにはよろしく伝えといてくれや」


 森を抜けてようやくたどり着いた。石切り場のおじさんに品物を渡してお辞儀をするとその場を後にする。


 今日届けに来たのは石を切り出す時に使う器具だった。私のお父さんの仕事は鍛冶師で武器から農具まであらゆる物を扱っていた。


 その手腕は身内贔屓な目を抜きにしてもいい腕をしていると思う、周りからの評判も上々だった。やはり身内を褒められるのは嬉しいもので、私自身も誇らしかった。


 私が今持っている弓矢もお父さんの作品だった。武器屋の娘なんだから、とよく分からない理由で教えてもらった弓。その腕前は幼い頃から練習していたこともあって自分で言うのもなんだけど結構上手な方だと思う。


 そういえば一緒に森へと出かけて偶然だったけど兎を仕留めた時にルカは凄く私を褒めてくれたのを思い出す、あの時は嬉しかったな。


 とその時、不意に視線を感じた、今は森まで戻ってきたところである。こちらを伺うようなその視線は人では無いように思う。


 弓を構えてその気配に向かって矢を放つ。


 確かな手応えがあった、木の上から落ちたらしきその気配の正体を見に行くと―――そこには見慣れない小動物がいた黒い毛並みが珍しいがリスか何かだろうか。


 見れば首輪らしきものが見える……マズイ。もしかすると誰かのペットなのだろうか?


 状態を確認してみるが怪我らしい怪我はなかった。手応えは確かにあったのだがどうしてだろう?


「オズ~?」


 その時、人の声が聞こえてきた、この声は……


「あれ、ユーリ?」


 現れた親友に驚きながらも思い切り抱きしめる、戸惑っているようだけど今は気にしない。心配していた相手、ルカを抱きしめてその体温を感じることでようやく胸の内から不安が消えた。


 ―――ちゃんとここにいる、本当に良かった。


 他人からはよく大げさだと言われるけどルカに関して妥協するつもりはない。誰がなんと言おうとこれが私にとって普通なのだ。



「あれ?オズ!!」


 私の腕から抜け出したルカが小動物をみて悲鳴をあげた――――忘れてた。この反応、もしかしてルカのペットなのだろうか、それは悪いことをしたと思う。


 前はペットがいた様子はなかったけどいつから飼いはじめたのだろう。


 ルカととルカのペットにただひたすらに謝る、矢を射ってしまったことは早計だったし、明らかにこちらに非がある。

 謝り続けるとルカが許してくれた、小動物に何かを話しかけているように見えるけど。



 小動物がこちらに向けていた不満そうな視線が最後まで気になっていた。


 村への帰り道で行方不明になっていたあいだの話を聞いたのだけどどこか怪しかった。嘘をついているわけではないけど隠し事をしているような感じ。


 ルカは分かりやすい。でも頑固でもあるからこのまま問い詰めても話してくれないだろう。今はルカの肩に乗っているあの小動物もその時に出会ったらしい。


 それから村にと戻ってきたあとルカの家で話そうということになったのだけど…


「何やってるの? お父さん」


  何故か私のお父さんがそこにいた、どうやらティナさんと話していたようだ。何でも頼まれていた品物を届けに来たらしい。

 それは良いのだがあのデレデレとした態度はいかがなものだろうか。うちのお父さんは明らかにティナさんに好意を抱いている、周りからみても一目瞭然だ。当のティナさんはそれに気づいているのかいないのか不明なのだけど。私が生まれて直ぐにお母さんが死んでしまってそれから男手一つで育ててきてくれた事は感謝しているし尊敬もしている。

 その苦労も知っているし、ティナさんにもとてもお世話になっているから二人が再婚して幸せになれるというのなら心から祝福したいと思う、今のところ可能性は低そうだけど。

 ただ今のデレデレした姿をみると娘としてもどうかと思うのだ。


 それに―――


「今日ってお客さんと約束があったんじゃないの?」


 ティナさんの事となると周りが見えなくなるのも問題だ、案の定忘れていたみたいだし。

 慌てて帰ってゆく父の姿に思わずため息をついてしまう。


 そのあとルカとお話しながら頂いたお茶はとても美味しかった。


  ◆ ◆ ◆


 ルカが戻ってきてから約一週間が経っていた。その間に私にはずっと気になっていることがある、他ならぬルカのこと…いやより正確に言うならばルカと一緒にいる例の小動物についてだ。


 最初から少し気になるところはあったのだけど時間が経つにつれてその疑念は大きくなっていた。ルカといつも一緒にいるその小動物(名前はオズと呼ぶらしいので私もそう呼ばせてもらおう)はとても不思議な存在だった。


 まず動物らしくない、動物ならば好き勝手に動き回るものだろうにそれがない。私たちが話をしていれば、大人しく話を聞いていてまるで理解しているようだ。後からルカにおかしくないかと質問してみてもはぐらかされてしまった。

 さらにルカがそのオズに話しかけているような姿を何度も見かけた。ペットに話しかける人もいるけど、その姿は対等な友人に話しかけるようなもので何かが違うように思えた。


 そして今日、村はずれで偶然ルカに出会った、あのオズも一緒にいる。声をかけた瞬間にルカの表情が一瞬硬った、見つかりたくなかったといった様子だ。

 これは何としても問い詰めなければ。


「水源の様子を見に行きたい?」


「うん」


 誤魔化されそうにもなったが話を何とか聞き出してみれば山にある水源に向かっているという。何でも井戸水の異変の手がかりを掴めるかもしれないとのことだった。

 その話は私も知っていた、今朝に状況が悪化したということも。でもルカが調査に向かう必要はないと思う、実際に大人たちが相談しあって調査に向かうという話をしていた。


 止めても中々理解してくれない、前までであればこんなことはなかったのに。それに話の途中途中で目配せしていたのにも気がついていた、あのオズとだ。

 やっぱり怪しい、心配だし私も一緒についていこう、最初こそ渋られたのだけど何とか認めさせた。オズが一体なんなのかを見極めよう、もしルカが騙されているとしたら許さない。そんな思いを込めて前を歩くオズへと視線を向けた。



「はぁ…はぁ…」


「そろそろ休憩しましょうかルカ」


 山の中腹辺りまでやってきたところで一度休憩を取ることにした、近くにあった石へと腰を下ろした。ずっとオズを観察していたのだが、休憩に入ってすぐオズは何処かへ行ってしまった。ちょうどいい機会だからもう一度ルカに聞いてみよう。


「え? オズのこと?」


「うん、やっぱり変じゃない? 普通の動物だとは思えないし…何か騙されているわけじゃないわよね?」


「騙されてるってそんなことはないよ!!」


 最初こそ答えてくれなかったルカだったが、2人きりの秘密にするからと説き伏せるとようやく話してくれた。


「―――それじゃあ。危ないところを助けてもらったっていうの?」


「うん。オズがいなかったら村に帰れなかったと思うよ」


 それからルカとオズとの出会いについて聞いたのだけどとても信じることは出来なかった。長い付き合いだし、ルカが嘘をついていないというのは分かる、それでも話が話だけに簡単に信じるのは難しかったのだ。


「あの小動物が魔法で自分より大きな魔物を倒したって言うの?」


「信じられないかもしれないけど、確かに見たんだよ」


 そのあとに続いた話も凄かった。遺跡?精霊?凄すぎて何がなんだかわからない。一体オズは何者なんだろう?


「詳しくは僕も知らないけど…。悪い人ではないと思うんだ」


 オズも知らないらしい、本当に大丈夫なのだろうか。ただルカの勘は外れたことがない、人を信じやすく騙されやすそうなルカだったがそういった勘が働くらしくひどい目にあったことはない。



 そんな話をしていた時だった――――


 ガサガサと近くの茂みがざわついた。


「オズ? 戻ってきたの?」


  ルカが声をかけるが反応がなく、訝しげに思った瞬間何かが飛び出してきた―――


 ルカを庇って押し倒しその場に伏せる、ギリギリで避けたあとそちらにと視線を向ければそこには一匹の狼がいた。


 その瞳はギラギラとしていて明らかにこちらを獲物として狙っている。


 話に集中しすぎて警戒を怠ってしまった―――頼みの綱の弓矢は休憩のために下ろしたために手元にない。

 見える位置にはあるけど取りにゆく暇が今は無かった。


 飛びかかろうとしてくる狼。倒れた状態では避けようもなく


 最早私にはルカを庇うことしかできない―――悲鳴をあげそうになっているルカを庇い顔を伏せる。



 ――――しかし、いくら待っても衝撃はやってこなかった。


 顔を上げると自分たちを覆う不思議な光が、飛びかかってきたはずの狼は近くに倒れている、何が起こったのだろう。


「やれやれ、仕方がない。というか前にも同じようなことがあったような…」


「オズ!!」


 声に振り向けばそこには人の言葉を話すオズがいた。

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