赤ちゃん魔王様のお世話係

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 隕石魔法がバカスカ地上にうちこまれる。


 赤ちゃんが世界を滅ぼそうとしている。


 いきなり何言ってんのか分かんねぇだろうが。


 事実だ。


「うだっ、うだだっ!(※世界を滅ぼしてやる!)」


 俺は、腕の中に抱えている赤ちゃんを見て、そもそもの成り行きを思い起こす。







 無一文で荒れ地をさまよっていた俺はオアシスを見つけてはしゃいでいた。


 なんでそんなことになったって?


 そこはどうでもいいから飛ばす。


 冒険者である俺は色々あって枯れ地にいた。


 その事実が大事だ。


 そんな俺が、ぼうっとした目で前方を眺めているとキラキラしたものが見えた。


 それは、干上がった体には貴重なものだ。


「やったぁ、水だぁ!」


 けれど、かけよったそれは蜃気楼だったので、俺はがっかりしてしまった。


 もう丸一日水分を口にしていない。


 このままだと遠からずひからびてしまう。


 そう思った俺は、絶望のあまりその場に膝をついて、天を仰ぎながら涙していた。


 するとびっくり。


 空から赤ちゃんが落ちてくるではありませんか。


「うだだだだっ」


 このままでは地面に激突してしまう。


 かと思ったら、地面数十センチ上に停止。


 それだけでも驚きなのに、さらに驚きが。


 その赤ちゃんは、魔法が使えるらしく。


 その場に大量の水球を出現させた。


 赤ちゃんは、それを口元に近づけ、飲もうとしていたが……。


「だうっ」


 飲めなかった。


 水球が直前ではじけとんだからだ。


 水しぶきが無情にも砂地に吸収されていく。


 どうやら魔法のコントロールに失敗したらしい。


 不機嫌そうな赤ちゃんは、荒れ地の真ん中にふよふよ漂っている。


 えっとこれどういう状況?


 おっかなびっくり近づいた俺は赤ちゃんをしげしげ観察。


「こんな所に赤ちゃんがいるのも変だけど、それよりも……」


 一応見た目は普通の赤ちゃん。


 だけど、聞いた事がない。


「生まれたばかりのベイビーが魔法使いかよ」


 赤ん坊のころから魔法が使える赤ちゃんなんて。


「だうっ」


 すると、俺の存在に気付いたのだろう。


 不機嫌顔の赤ちゃんが、俺にテレパシーで会話をしてきた。


『おい、そこの人間。我は喉がかわいた。何かよこせ』


 空耳かと思ったよ。


 もしくは俺の頭がおかしくなったかと。


 でも、現実の声だった。


『おい、聞こえているのか』


 おっさんの声が頭の中に聞こえてきた。


 きゃああああ、しゃべったあああああ!


 赤ちゃんが流暢にしゃべったあああああ!


 テレパシーだけどしゃべってるうううう!


 なぜ赤ちゃんのテレパシーだと分かったかって?


 消去法と経験だよ。


 この砂地には、俺と赤ちゃんしかいない。


 よって俺に語り掛ける存在は、赤ちゃんしかいない。


 あと、昔テレパシーで語り掛けられた事があるから、今のもテレパシーされてるって分かったんだ。


 頭の奥がちょっとぴりってするね!


 そういうわけで、状況を把握した俺は砂地にばったり。


 背中からダイブした。


 白目をむいて倒れ込んだ俺は、そのまま干からびてもよかったはず。


 そうならなかったのは、赤ちゃんが水を定期的にぶっかけてたからだろう。





 そんななりゆきで知り合った赤ちゃん。


 一体何で、そんななのか。


 気になるだろう。


 俺も気になる。


 きっと他の奴だって俺と同じ状況だったら気になる。


 というか気にならないやつなんていないだろ。


 何度目かに水をぶっかけられて起きた俺は、赤ちゃんに言われるがままどっかの街で水を購入し、おごる事になった。


 それで、おちついた頃合いに赤ちゃんが説明してくる。


 適当な酒場に落ち着いて、テーブルの上にのせた赤ちゃんと会話するぞ。


 はたから見たらシュールだね!


 どういう二人組だと思われてるんだろう。


 周囲の視線が痛い。


『我は魔王。破滅の魔王だ』

「はぁ、マオウさんですか」

『そういう名前ではない』

「じゃあハメツ・マオーさんですかね?」

『そういう意味でもない。人類の敵の魔王だ』

「……」


 うっそだぁ、という顔をしたらまた水をぶっかけられた。


 くそっ、なんて可愛げのない赤ちゃんだ。


 おかげで床掃除するはめになっただろ。


 酒場のマスターさんごめんなさい。


 また掃除させられては適わない。


 なのでしぶしぶ、魔王設定を受け入れる事にした。


 赤ちゃん曰く、魔王としてあれこれ仕事をしていたが、激務でぽっくり逝ってしまったらしい。

 それで、死の間際かろうじて転生魔法を発動したのだが。


 急な事だったので上手くいかず。

 ちょっと魔力が強いだけの赤ちゃんに転生してしまったのだとか。


「赤ちゃんの頃から魔法使えるとか前代未聞すぎるんですけど」

『それでも弱いわたわけ』


 水ばしゃあ。


「はっくしょん」


 なんでやりとりするたびに水をぶっかけれられなくちゃならないんですかね。


『我は寛大だ。我の役に立つというのなら、貴様を未来の幹部の一員に加えてもよいぞ。その代わり、我を守って魔王城まで運ぶがよい』

「いや、俺そういうの興味ないんで。さようなら」


 水ばっしゃあぁぁぁ!!


「ぶえっくしょん」


 くそっ、やっかい事の匂いがするから逃げたかったのに。


 さっきより水の量増えてるじゃん。


 逃げ出した瞬間、大量の水で押しつぶされたりしないよな!?


 酒場の者達から白い目で見られた俺は、お掃除と追加でお料理の手伝いをしながら、泣く泣く赤ちゃん様の提案を受け入れざるを得なかった。







 そうして俺は、自称魔王な赤ちゃんを魔王城まで運ぶ事になった。


 途中で勇者を見つけたら、押し付けちゃおうと思いながら。


 魔王城めがけて旅をしている勇者様、いきなりモブから魔王を押し付けられたら驚くだろうな。


 世間の噂では、どこかの辺境で暴れまわるドラゴンを退治しているとかいう話だった。


 この地方からじゃ、遠い場所だ。


『おい、しもべ、聞いているのか!?』

「はいはい、聞いてますよー。デニス地方にはいって、ロクトール領をつきぬけて、マイス森林に入ればいいんだよな」

『うむ、そうだ。その先にある魔族の国へ入れば、危険はぐんと減るだろう』


 魔王様の危険が減っても、人間の俺の危険が駄々上がりするんすけどね。


 俺は適当に「へいへい」言いながら道順を確認。


 言う事聞いてるふりして、どこか適当な町で放り出して逃げようーっと。





 ところがどっこい。


 俺のその願望まじりの計画がうまく行く事はなかった。


 デニス地方に入ってから、なぜか魔物の大量発生地帯に誤侵入。


「ぎゃああああ、死んじゃうううう!」

「だうっ!」


 赤ちゃんの力がなければ木っ端みじんになってしまう危険性があった。


 ロクトール領では悪徳領主が起こした事件の身代わりにされ、指名手配。


「あそこにいたぞ! 捕まえろ!」

「人違いですうううう!」

「だぁっ!」


 人と交流なんてできるわけもなく。


 マイス森林では、感染性の病にかかってしまったために、その後人里へ向かえなかった。


「ぜぇぜぇ、はぁはぁ」

「うだだっ!」


 症状が軽微だったから、歩いて移動することはできたし、赤ちゃんや子供には何ともないらしいから、共倒れになるようなことはなかったが。


 そんな悲運なトラブルが発生してしまったせいで、ついに魔王城にまで赤ちゃんを届けてしまった。


 すごいぞ!


 これでおれはじんるいのうらぎりものだね!


 やったあ(思考停止中)!


 出迎えた連中。赤ちゃんの配下であるらしい、四天王達には感謝されちゃったよ!


「人間のわりには見込みのあるやつだ」みたいに。


それで「ふむ、いままでご苦労だったな」「我らの主をここまで送り届けるとは、なかなかいい人材だ」「褒美に幹部の座をやろう」とか言われたけど、丁重に事態させてもらったよ。


 といっても、指名手配の件があるから、もう元の場所には戻れないけどね。


 なんでこんな事になってしまったんだ。


「だうっ!」


 誇らしげに魔王の椅子でドヤってる赤ちゃんが憎らしい。






『もう頭にきた! 世界を滅ぼしてやる!』

「やめて滅ぼさないで。もうちょっと待って」


 にっちもさっちもいかなくなった俺は、赤ちゃんになった魔王様のお世話係になる事にした。


 もうどうにでもなれ、な思考で言い出したら、なぜかすんなり意見が通っちゃったんだよね。


 そういうわけで、赤ちゃんのお着替えをしたり、ご飯を食べさせたり、入浴させたり、だっこしたりしている。


 それらは全部魔力を使えば一人でできるらしいんだけど、日常的に使うのは疲れるからとかなんとか。


 俺は、魔王様の椅子に着席しながら、魔王様を抱えつつ、そのお口にスプーンでアーンするというカオスな光景の中心地にいる。


 赤ちゃん魔王様は、ぷりぷり怒りながら、もぐもぐ。


 先日勇者と会ってきたらしいけど、姿が姿だったから、信じてもらえなかったらしい。


 こんな赤子に身代わりをさせるとは、魔王軍はよほど人材がいないようだなとか馬鹿にされたようだ。


 キレた赤ちゃんは勇者にむけて隕石魔法をうちこんで帰ってきた。


「そんなにイライラしてると部下たちがまた怯えちゃうから、ほら魔王様強すぎて感情が周りに伝わってるから」


 ちらりと視線を周囲に向ければ、おびえた顔の部下や四天王幹部たち。


 魔王様、魔力が強大すぎて感情が同種族のものや、仲間に伝わってしまうらしい。


 だから魔王様に意見できるものが少ないんだと。


 でも俺は人間だし、部下でも仲間でもないから。


「はぁ、魔王様そんな事いってると今日の晩御飯に作る予定だったスペシャルパフェを無しにするけど?」

「だうっ!」


 赤ちゃんが急激におとなしくなった。


 ちょっと前までは、水とか牛乳しか飲めなかったのに、魔王様が規格外なのか、もうもう色々食べれるようになってるんだよね。それに加えて甘党らしいから、パフェを人質にとれば安いもんさ。


「うだだだぁぁぁ」


 案の定、赤ちゃん魔王様はしぶしぶ矛を収めてくれた。


 部下たちもほっとした空気だ。


 人間がいてよかったみたいな顔してる。


 なんだか、人間なのに妙になじんじゃってるけど大丈夫だろうか。


 魔王様が成長したらさすがにお役御免になるだろうから、その時あとくされなく離れられるように、情を持たないようにしとかないとな。





「うだだだっ」

「はいはい、ちゃんと約束は守りますって」

「だうっ」

「えーっ、もう昼寝ですかー?」

「うだぁっ」

「いつもの暖かい場所ね、はいはい。分かりましたよっと」


 でも、テレパシーなしで意思疎通してしまっているのを見て、ちょっと手遅れなような気もしなくもなかった。


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