第十八話 三人の作戦会議

「今から、作戦会議を始めます」


 エリファレットを伴いシュツェルツの部屋に入ってくるなり、アウリールがそう言った。

 シュツェルツは面食らう。


「え、何? 一体なんの話?」


 アウリールはさらりと告げた。


「殿下を狙った暗殺未遂事件に関する状況整理と首謀者の割り出しのためです」


「あ、それ、今するんだ」


 ちょっと呆れながらも、シュツェルツは長椅子に腰かける。アウリールとエリファレットも、その向かいにかける。

 口火を切ったのは、やはりアウリールだ。


「先ほど、ダヴィデ殿下とお話しして参りましたことをお伝えいたします」


 暗殺の首謀者を現行犯で捕らえたい、というダヴィデの意向をアウリールから聞き、シュツェルツは納得した。それが一番手っ取り早いだろうな、と頭の隅で思っていたからだ。


 使われたと思しき毒のことはまだ話せない、という叔父の考えも理解できた。いくら彼が毒に詳しいとはいえ、当て推量で物事を進めてしまっては、かえって首謀者に辿りつけないかもしれないからだ。

 それよりも、標的であるシュツェルツが自由に振る舞うことで、敵を誘い、確実に捕らえたほうがいい。


 自分と叔父は、外見だけでなく思考の傾向も似ているのかもしれない。それに、この騒動の中、ダヴィデが自ら進んでこちらに協力してくれることが嬉しかった。

 アウリールはシュツェルツのことを心配するあまり、不承不承この作戦に賛同したようだったが。


(まったく、アウリールも心配性だよなあ……)


 ちょっぴりくすぐったさを感じながら、シュツェルツはアウリールの話を聞いた。


「ダヴィデ殿下ともお話しいたしましたが、あの暗殺者たちは玄人プロでしょう。ですから、失敗したと分かった瞬間、なんらかの方法で自害した。依頼主との契約で、あらかじめそう決められていたのでしょう」


 ぞっとするような話だ。人の生死を契約や金銭で決めてしまうなんて。

 シュツェルツは頷く。


「もしくは、何か弱みを握られていたか、だね。エリファレットは、彼らと戦ってみてどう思ったの?」


「太刀筋といい体さばきといい、剣に熟達した者たちだと感じました」


「じゃあ、アウリールと叔父上の意見が正解だ」


「本職の暗殺者を雇えるということは、首謀者は社会的な地位の高い人物でしょう。そして、殿下の微妙なお立場をよく分かっている、王位継承問題に関われる者だと推察されます。これについては、ダヴィデ殿下もベティカ公も、同じようなご推測をなさっていましたね」


 エリファレットが、ややきつい顔立ちをさらに厳しくする。


「だとすると、首謀者は王太子派か……」


「その可能性もあるね。殿下がご帰国なさってから多くの離反者が出ていたし、ベティカ公が殿下の側についたから、既に息をしていない状態だけど」


 アウリールが評すると、エリファレットはますます深刻な顔をした。


「かえって、追い詰められたネズミのように反撃してくるかもしれん」


「そうだね。早めの特定が必要だ」


「怪しいのは、やはり、元大神官のハルヴィロ・ガイアーか」


「まあね。国王陛下に更迭された恨みもあるだろうし」


「なんだ、含みのある言い方だな」


 エリファレットがアウリールを追求する様を前に、シュツェルツは考え込んでいた。アウリールはガイアー首謀者説を熱心に支持していない。

 実は、シュツェルツも首謀者は他の人物ではないかと考えていた。

 その人物の動機は十分すぎるほどにある。

 だが、証拠がない。


 その人は、証拠がないのに身柄を確保できるほど生易しい人物ではない。

 できれば、その人物に関する情報をアウリールたちと共有したいが……。

 そう思っていると、アウリールが驚くべきことを発言した。


「俺はイペルセにも注意すべきだと考えているよ」


 シュツェルツは虚をつかれたような衝撃を受けた。ついさっき、これはダヴィデと取り決めたことだ、とアウリールも言っていたではないか。それに、ダヴィデと気が合い、よくしてもらっているせいで、シュツェルツはかの国に悪い印象がない。


「え、どうして……」


 アウリールは真剣な目をしている。


「ダヴィデ殿下ご自身には、シュツェルツ殿下に対する害意はあられません。ですが、その上においでになるイペルセ国王はどうでしょうか」


 イペルセ国王に関しては、ダヴィデの長兄で相当なやり手らしい、ということしか知らない。シュツェルツは何も答えられなかった。

 アウリールは続ける。


「問題は、今この時期にダヴィデ殿下がマレをご訪問なさり、半年もの間ご滞在なさるという点です。もし、イペルセ国王がシュツェルツ殿下と王太子殿下、そのどちらかを自国に都合のよい形で、王位に即けようと画策しておいでだとすれば……」


 エリファレットがアウリールの言葉を引き取る。


「もし、イペルセ国王が王太子殿下をマレ国王にしたいと考えておいでになる場合、あの暗殺者たちを差し向けたのはイペルセ、というわけか」


「そういう可能性もないとは言えない。その場合、ダヴィデ殿下は表向きは兄王に従っていらっしゃるということになるね」


 答えながら、アウリールは気遣わしげにこちらを見つめている。

 シュツェルツはうつむいた。


「……僕もその可能性は、あると思う。イペルセは母上の故国だもの」


 母がシュツェルツをアルトゥルの即位に邪魔な存在だと思っていて、兄王に助力を請うたのだとしたら……。


 考えるだけで、身体が無数の見えざる針で突き刺されるようだった。悲しいのは、それが全くの絵空事だと片づけられないことだ。母にとって、愛する息子は兄だけなのだから。


 そうは言っても、母にこんなことを直接確かめるわけにはいかない。でも、叔父なら、自分が訊けばヒントくらいはくれるかもしれない。

 シュツェルツは決心した。母のこと、兄のこと──王太子になりたいのならば、避けては通れない道だ。


「僕、叔父上に伺ってみるよ。なぜ、この国においでになったのか、イペルセ国王は何を考えておいでなのかを」


「よくご決心なさいましたね」


 アウリールはこちらを慈しむようにほほえんだ。


「ですが、先ほども申し上げました通り、ダヴィデ殿下にはあなたに対する害意は見受けられません。お話をしておくべきか迷いましたが、申し上げてしまいますね。ダヴィデ殿下は、場合によってはあなたをイペルセに留学させる、とおっしゃっていました。こちらの環境が多感なあなたにとってよろしくないことが理由です」


 そう告げるアウリールの表情は、わずかに苦しそうだった。

 その様子を怪訝に思ったものの、シュツェルツはまず驚いていた。確かに、冗談交じりにイペルセへの留学を勧められたことはある。しかし、叔父が本気だとは思わなかった。叔父は、そこまで自分のことを考えてくれていたのだ。


「叔父上が……」


 アウリールは微笑した。


「もし、イペルセ国王が本気でシュツェルツ殿下を亡き者にしようとなさっているのなら、いかにダヴィデ殿下といえど、あなたをイペルセに招こうとは思われないでしょう」


「……じゃあ、母上は暗殺未遂事件とは無関係だってこと?」


「おそらくは。我々が確かめなければならないのは、イペルセ国王のご意向です。それさえ分かれば、暗殺未遂の首謀者も自ずと明らかになるでしょう」


 シュツェルツは力強く首を縦に振った。

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