害虫が次第に健気に映ってくる

『風の中のマリア』百田尚樹(講談社文庫)   


 ミドリシジミと話したことはありますか?


 無ければオオカマキリは?あったとしても話したような気がする程度でしょう。なにせ相手は言葉を発しない虫ですから。虫嫌いの人にとってこの本はどのように映るのかはわかりませんが、ちっぽけな虫がいつしか自分と同じサイズに変わってくるような錯覚に陥ってくるから不思議です。


 主人公は害虫の一つとして扱われるオオスズメバチ。名前はマリアという。


 害虫がマリアというのも皮肉めいた感じもしますが、マリアはアストリッド帝国のハンターで疾風のマリアの異名を持つ。蜂の話だと昔の漫画を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。私もそうでした。ただ、この百田氏の描くファンタジーの世界はオオスズメバチの生態を読者に分かり易く、それでいてリアルに見せてくれます。


 巻の終わり部分に記された参考文献がそれを裏付けていて、目を見開いた方も一人や二人ではないはずです。無論、言葉のやり取りは空想に過ぎませんが、実際のところそんな声にならない信号を交わしているのではとつい思ってしまうほど、自然に受け入れられるので、読んでいても違和感どころか、その世界にどんどん迷い込んでいってしまう。そして、頑張るマリアを応援したりもしている。


 しかし、悲しいかな、オオスズメバチにも寿命というものがあり、害虫と毛嫌いされているはずなのに、読み終える頃には別の感情が湧いて来たりもします。


 おそらく命の大切さも伝えたかったのではないでしょうか。


 本書は読んでるだけでも知らぬ間に勉強にもなるので、時には虫に寄り添うのもいいかもしれません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る