うたヒメ

底道つかさ

第1話 コエとおと

 ウタ声が流れている。

 ”――あ”

 可憐で柔らかな声は春雨の様に暖かく周囲を包んでいる。言葉ではない原初のコエは緩やかに、時に俊じては静やかさに転じ、一筋の沢の如き麗なる律韻りついんとなる。

 人の心を安らぎで満たし彩りを復させる、そっとにじんで照らすウタだ。

 そして少女が創る音律に合わせて人々の声と光、多様な音響が応じている。それらが呼応し合い一つの大きな情景として紡がれているその場所は——戦場であった。

 その草原には侵略軍が若草と花々を踏みにじって進行していた。海を越えて来て、焦土化初動を免れた人々を貪り、抜け底の欲望のままに次へ次へと這い進んでいた。理性を脱いだ喜びを鬼畜行きちくぎょうで堪能して蠢く群体。止められはし無いはずだった。

 しかし、その前に少女が一人現れる。

 そして、ウタが響いた。

 ”ラ――”

 戦車の爆炎が光る。兵が叫びと血を吹き崩れ、その上に戦闘ドローンが墜落し血肉と金属が飛び散る。ウタに触れた敵は脆弱部が自重に耐えかねて破断する様に、人も兵器も別なく内外から損傷して端から続々と壊れる。砂城すなじろが波に崩れるが如く、千人大隊が音律に合わせて潰滅ついめつしていく。

 そして、一つの音律が奏で終わったとき。

 大地を侵すモノ共は絶え切っていた。

 残ったのは草花を梳く光る風と、少女の微笑みだけ――。

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うたヒメ 底道つかさ @jack1415

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