ママは能力者⑦ ~ある日チート能力を手にした主婦が天下無双する話

ゆうすけ

あなたに会えてよかった


 吹雪き混じりの雪の国道を、ミサはレーの運転する車で走っていた。外は視界の効かない悪天候。夕方の帰宅ラッシュも早々に終わって、田舎の片側一車線の国道は閑散としている。交通量は雀の涙ほどしかない。

 ときおり自家用車が反対車線にはみ出してミサたちの車を豪快に追い抜いていく。追い抜いていく自家用車のテールランプを眺めながら、ミサがうんざりした様子で口を開いた。


「レー、もう少し早く走るのです。さっきから抜かされてばかりなのです。これじゃあ、ただの交通の妨げなのです」

「無理言わないでよ。これでも常識外れのスピードなんだから。戦車としては」

「それでも遅いのです。言いたかないけど乗り心地も良くないのです」

「贅沢言わないの! 私だってお尻痛いんだから」


 ミサたちは戦車の操縦席で抜き去っていく乗用車を恨めし気に眺めている。


「でも、たしかに安全度から言えばこれが最強なのです」

「まあね。まさかこんなのを貸してくれるとはね。ねえ、ママ、帰りもフジコーさんのジェット機に乗せてもらおう、……あ、なんでもない」


 レーは言いかけた言葉を途中で飲み込んで、きまり悪そうにハンドルを握りなおした。

 空自パイロットのフジコーがミサたちに貸し与えたのは、最新式の戦車だった。最高速八十キロは戦車としては破格だが、がらがらの国道で乗用車が相手では、さすがに分が悪い。こともなげに追い越されてしまう。

 しかし装備の頑丈さと攻撃力、そして道なき道を走る走破性能では一般の自動車など軽く蹴散らせる。

 レーは器用に戦車を操っていたが、フジコーと名乗ったパイロットの爽やかな笑顔が頭から離れない様子だった。


「おやおや、世界脳筋選手権があればメダル確実と言われてるレーがそんなこと言うとは、ママ、驚いたのです。たしかにフジコーさん、渋くてカッコよかったのです。戦闘機の操縦の腕も確かだし、何よりイケメンなのです」

「もう、ママ、そんなんじゃないって!」

「いいのです。いいのです。レーもそうやって大人の女になっていくのです。わかったのです。レーは帰りはフジコーさんの戦闘機で帰ってくるといいのです!」

「もうママ、うるさいの! 静かにしてて! 運転の邪魔!」


 ◇


 そのころ、コンサート会場の五万人の観衆は、みな認知を求めて浮足立っていた。そのうち何人が本当に妊娠しているのかは定かではない。しかし、本当に妊娠しているか否かは関係なかった。みな「おなかの子を護る。そのためにはHaveかBakichiの認知が必要だ」と思い込んでいる。

 そのような集団催眠状態のところへBakichiが「ピンクのレオタードを探したら認知してやる」と煽り上げたものだから、会場全体が夢遊病のごとくピンクのレオタードを探し始めたのは必然でもあった。


 すると突然、コンサート会場になっているドーム球場の出入り口が一斉にがらりと開いた。扉を抜けて迷彩服姿の自衛隊員が数十人ずつ突入してきた。メグとマークは驚きに目を見張る。自衛隊員は数カ所に分散しながら狂徒たちをいなしてセンターステージ目指して進んで来た。


「あの人たち、何しに来たの? あ、ユウちゃんを助けにきてくれたんだ!」

「いやあ、さすが自衛隊だね。この集団催眠軍団をこともなくいなしているね、マーク。しかも誰も傷つけずにかわしているところがすごい」


 メグとマークが話している間に、隊員の一人がうずくまっているユウにたどりついた。そして顔の前にそっと手を差し出す。五万人の狂徒と化した群衆を書き分けて、顔も上げられずにうずくまるピンクのレオタード姿のユウにたどりつくまで、わずか数分だった。 


「ユウさんですね。お迎えにきました。さあ、我々と脱出しましょう」


 イケメンの隊員はサングラス顔で笑みを見せる。ユウはその笑顔を見つめるとほんのり赤い顔で隊員の手を取った。


「とっても怖かったです。助けに来てくれてありがとう」


 ユウはサングラスのせいで隊員の表情がはっきり見えないのが至極残念そうだ。しかし、すでにユウの妄想は暴発気味になっている。

 ーーーこれはもしかしなくても運命の出会い? そうに違いないわ!

 その妄想は、隊員の渋みのある声で中断する。


「あなたのデバイスのセットミッションはもう完了しています。終わったら即撤退するように指示されています。では失礼して」


 隊員はユウを一人ひょいと抱え上げるとお姫様抱っこのまま、五万人の群衆をかき分けて行った。狂徒の中にメグとマークの二人が取り残される。


「ちょ、ちょっと僕たちは助けてくれないの?」

「えー、私たちは自力で脱出しろってことなの? なんて理不尽! 不公平だよ!」


 ◇


 ミサとレーの乗った戦車は、やっとのことでドーム球場を視界にとらえるところまで来た。するとドーム球場の広大な駐車場から大型ヘリが浮かび上がるのが目に入った。


「あれ? あんなところに自衛隊の大型ヘリ!」

「ズームアップしてみるのです。しかしこのモニタ、バカみたい超高感度超高画質なのです」


 ミサたちの眼前で大型ヘリがヘリスポットからうわりと浮かび上がる。


「ミサさん、レーさん、聞こえますか? 藤山です。前方のヘリは識別符号が出ていません。あのヘリに近寄らないでください! 私もスクランブルします」


 フジコーから切羽詰まった無線通信が入った。レーの表情が一気に上気している。ミサはそれを見逃さない。


「レーは、もうすっかり恋する少女なのです」

「うるさいなあ、ママは黙っていて! あっ、フジコーさんもう来た!」


 すぐにレーダーに反応が出た。あっという間にミサたちの見つめるモニターの中にフジコーの乗った戦闘機が映る。スピードの出る戦闘機は一旦ヘリを通り越して行った。

 しばらくして旋回して戻ってきた戦闘機がヘリコプターと並走する形になった。戦闘機からすれば失速寸前の超低速飛行だ。


「ママ、フジコーさんが言っていたヘリの識別符号が出ていない、ってどういうことなの?」

「うーん、ママもよく分からないのですが、つまり敵か味方か分からない、ってことだと思うのです」

「でも、あれ自衛隊のヘリ……だよね。あっ!」


 話をしているミサたちのモニターにヘリにチラっと閃光が走った。すぐに戦闘機の翼が明るくなる。


「……フジコーさんの戦闘機、燃えてるのです」


 ミサが信じられないという様子で呆然と物言わぬモニタに語りかける。そのまま戦闘機は速度を失い、頼りなく地面に向かって降下を始めた。


「フ、フジコーさん!!」

「レーさん、や、奴らには、気を付けてください。あなたに会えて、よか……」

「いやあああ!!! フジコーさん!!!」


 戦車の中にレーの悲痛な叫びがこだまする。

 モニターの中の戦闘機は、音もなく地上の火球となっていた。



 ……つづく(すこーしシリアス)

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ママは能力者⑦ ~ある日チート能力を手にした主婦が天下無双する話 ゆうすけ @Hasahina214

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