カレン 88歳 加筆バージョン

もも太郎冠者

カレン 88歳 加筆バージョン

敵機が迫っていた。

緊急回避、ブースト圧を上げる。

身体に猛烈な圧が掛かる。

僕は耐えた。

急激に身体がぶれる。

機体が悲鳴をあげていた。


ふんばれ、愛機よ。


宇宙服を着ているのに機体のミシミシという音が、僕の耳に伝わってくる。


限界だ。


目前に隕石デブリが迫ってくる。

緊急回避、再度ブースト圧を上げる。

ギリギリ、切り抜ける。

衝撃が連続して僕の機体に襲い掛かってきた。

操縦席パネルにダメージが表示されていく。


くそったれ。

被弾した。


エンジンの推力が一気に下がる。

だめだ。

再起動しない。

姿勢制御もままならない。

エンジンは姿勢制御も含めて死んでいた。

まずい、ただの的になっている。

死ぬぞ。


敵は ?

どこだ ?

いない ?


すく後ろにいたはず ・・・・

電探にも光探にも反応無し ・・・・

熱探は ・・・・ いた。

衝突 ? 隕石に ?

避けられなかったのか。

遠赤カメラを起動 ・・・・


あああ ・・・・ 粉々だ。

助かった ・・・・


でもエンジンが死んでいる。

帰れないぞ。

燃料も、酸素も、食料もない。

仕方ない ・・・・ 冷凍睡眠か。

救助信号が届くまで ・・・ まあ、三か月か。

それしかない。

脱出カプセルで、小惑星帯域アストロイドベルトまで行く手しかないな。

機体を棄てて脱出しよう。

救難信号を出して、最長8カ月程度で帰れる。


まず機体だ。

ポンコツになったとはいえ、この最新型の機体を敵に渡すわけにはいかない。

残念だが自爆処分か ・・・・・

自爆モードなんか初めて ・・・・ やらなければ ・・・・

でも被弾している ・・・・ 動くか?

脱出の用意、緊急脱出 電鍵 を入れる。

機体のモードが変わる。

よーしよし、ちゃんと動いている。

被弾したのに防護殻シェルが踏ん張った証拠だね。

座席の後ろにある非常扉を開ける。

扉の向こう側は脱出カプセルになっている。

 そのまま脱出カプセルへ移動、いちばん奥にあるカプセルの主電源を入れる。

ウィーンという独特の動作音がする。

訓練の時に一度だけ聞いたあの音だった。

カプセルが脱出モードになったのを確認して、僕は非常電池のカバーを開けた。

そこには「緊急脱出時にはこれを殴れ⇒」と表示があり、矢印の方向に丸型の突起がある。そこを殴ると電解液カプセルが割れて、二液混合の電解液が混じり合い非常電池が活性化する。

僕はそれをガンと殴った。

すぐに電池が正常に動いているのを示すランプが点灯する。

非常電池が動いたのを確認して、メインスイッチ横にある駆動電源を入れる。

起きろ、カプセル、出番だ。

操作パネルが全面的に点灯、脱出カプセルが活性化する。

自動的に自己診断系セルフダイアグが走る。

太陽電池制御ソーラーセル、異状なし。

太陽追尾装置トラッカー、異常なし。

太陽光集光発電系ソーラーシステム、異状なし。

よし、発電系は異常なし。

救難発信機ビーコン、異状なし。

統合制御系システムコントロール、異状なし。

記憶系メモリシステム、異状なし。

よし、正常終了システムオールグリーン


僕が乗っている事を示す認識コードを叩き込む。

続いて小惑星帯域アストロイドベルトまで自動航行にセット。

よし、これでカプセルはOK。


最終段階だ。


僕は操縦席に戻った。

緊急脱出モードに自分の認識コードを入れる。

警告音アラームが鳴り始めていく。

操縦席パネルが一気に紅くなり、警告を示している。

操縦席パネルが自爆は必要かと問いかけてくる。

もちろんイエスを回答。

僕の認識コードと再度入れろと問いかけてくる。


わるいな、自爆してくれ。

僕は認識コードをもう一度入れた。

操縦席パネルが紅く、そして、点滅を繰り返していく。

自爆モード受け付けたと表示される。

この時点で、機体の制御は全て不可となる。

操作パネルに初期化並びに破砕を実行の後、脱出カプセルへ移動せよの表示。


はいよ、いまからやるよ。

機体制御装置システムコントロールの記憶部を初期化。

宇宙航法装置ナビゲータを初期化。

通信機の暗号解析装置ブラックボックスを初期化。

敵味方識別装置IFFを初期化。

火器管制装置ファイアシステムを初期化。


次は粉砕だ。

操縦席の後ろにある非常ハンマーを取り出す。

足元の機械カバーを開ける。

脱出時には粉砕せよの矢印。

通信-敵味方識別-火器管制-それを確認、よし。

通信機の暗号解析部を引き出して殴りつける。

せーの!!

一回、二回、三回、四回、五回。

よし、粉々だ。

敵味方識別装置の解析部を同じように殴りつける。

一回、二回、三回、三回で完全粉砕。

火器管制装置の記憶部を引き出す。

くそっ、何か掛かっている。

無理矢理引きちぎって、殴る。

ガツ・ガツと五回。

その部分のマイクロチップは五回も殴るとさすがにただのゴミになる。

よし、粉砕処置は完了。

脱出機体放棄手順完了エスケーププロトコルコンプリート

これで外に出れる。

自爆装置起動のスイッチカバーを開ける。

それに応じてコクピット全体が紅い照明で照らされる。


ありがとな、愛機。


僕は起動ボタンを押した。


コックピット全体が赤い照明に切り替わる。

しかも点滅、うっとうしい。

自爆装置が起動した事を知らせる音声警告が大声で喚いている。


うるさい、だまれ。


僕は脱出カプセルへ移動、扉を閉鎖した。

脱出カプセルが自動的に射出モードへと移行していく。

射出準備完了の音声信号がやかましい。


いよいよだ。


やるぞ。


僕は歯を食いしばって、緊急射出レバーを力いっぱいに引いた。

衝撃がくる。

身体全体が揺さぶられる。


宇宙空間はきれいだった。

愛機の最後の煌きが僕の眼に映る。

自爆完了、航宙機のデータ抹消は完璧に処置できた。

あとはこのカプセルで救助を待つだけになる。

救難発信機がちゃんと遭難信号を出しているか。

よし、出している。

脱出カプセルの操作盤は全て正常を表示している。

あとは冷凍睡眠寝るだけだ。

緊急冷凍睡眠装置を起動する。

センサーを引っ張りだして、頭、首、手首と装着する。

よし。

冷凍睡眠用のマスクをも装着、バンドで固定する。

僕の代謝の監視が始まっていくのが判る。

睡眠ガス吸引スイッチを入れる。

僕はガスを吸い込んだ。


  * * *


プーン プーン プーン


音 ・・・・


聞こえる ・・・・



うー さむい ・・・・


寒いぞ なぜ?


なんでこんなに ・・・・・


寒い


どうした




気が付いた。


アラームが鳴っている。


どうした?


何が起こっている?


そうか、思い出した。


脱出カプセルの中だ。


警報が出ている。


基本記憶域障害発生


エラーメッセージを吐き出していた。


機体から脱出した時は当然異状はなかった。


燃料は?


大丈夫だ、まだたっぷりとある。


太陽電池ソーラーセルは ・・・ 正常電圧 ・・・ 異状なし。


太陽追尾装置トラッカーは ・・・ 異常なし。


太陽光集光発電系ソーラーシステム ・・・ 集光レンズ ・・・ 熱媒体 ・・・異状なし。


よし、発電系は生きている。


救難発信機ビーコンは?


よし、生きている。



記憶装置だけが死んでいる?


ダメだ、このままでは制御不能になる。


どこだ。


どこが死んでいる?


記憶系分割 ・・・・ 診断系起動 ・・・・


下か?


上は生きている。


記憶系切り離し ・・・・


不要なサービスは全て止める ・・・・


再設定 ・・・・ 



システムを再起動 ・・・・



緊急代謝系再起動 ・・・・



冷凍睡眠系再起動 ・・・・



REBOOT ON



いけるか ・・・・



よし、いける。



なんとかなる ・・・・


あとは救助を待てばいい ・・・・



もう一回 ・・・ 眠ろう ・・・・・



   * * *



頭が痛い ・・・・


くそっ どうなっている ・・・・



「 聞こえますか  聞こえますか  目を開けてください 」



眩しい ・・・・


ここはどこなんだ。



「気が付きましたね。


 動かないでください。


 動かないでください。


 今、冷凍睡眠から覚醒しました。


 身体は麻痺しています。


 だから、無理に動こうとしないでください。


 ゆっくりとリハビリを行います。


 私の言った事がわかりましたか。


 私の言った事がわかりましたか。


 私の言った事がわかったならばですね。


 目を、目を、3回、閉じてください。


 1 2 3 


 はい、ありがとうございます。


 いま、頭が痛いはずです。


 マスクから酸素をたっぷり送っています。


 それを吸ってください。それで頭痛は収まります。


 呼吸の訓練から始めます。


 はい、深呼吸しましょう。


 ゆっくりと行います。


 横隔膜を意識してください。


 横隔膜を意識してください。


 そこにゆっくりと力を入れて ・・・


 そう ・・・ そう ・・・ そう


 いいですよ。


 無理しちゃだめですよ。


 ポイントは【 ゆっくり確実に 】です」



こうやって、僕のリハビリは始まった。


僕は地球に帰還できた。


たすかった。


あの小惑星帯域での交戦、そして、そこでの被弾。


機体を棄てての脱出ポッド。


そして冷凍睡眠。


なんにしても地球に帰ってこれた。



四肢の動作訓練から歩行訓練へと、まるまる88日間もかかった。


看護婦さんがニコニコしながら、88日で歩けるのは早い方ですよと言ってくれた。


そんなものか。


どういう訳か、この病棟にいると時間の感覚がなくなっていく。


だいたい時計の一つぐらいあってもいいはず。


不思議と時計が無い。


廊下の壁にたいがい時計が掛かっているもんだ。


まあ、いい。


回復して身体が動くようになってから、時間を気にしたらいい。


今はステッキを使いながら歩けるところまできている。


あと少しだ、まともに歩けるようになるまで。


もうすぐ、この病院から退院できる。


ありがたい。


もうすぐ妻にに会える。


だいぶお腹も大きくなる頃、冷やかしてやる。



「どうですか、今日は中庭で歩行訓練しませんか。


 春の日差しはあったかくていいですよ。


 さあ、いきましょう。


 車椅子に乗ってください」



中庭の日差しは心地よかった。


陽だまりの中をゆっくりと歩く。小鳥のさえずりがきもちいい。


ゆっくりと歩く。横に看護婦さんが付き添ってくれている。


ある程度、歩くとやっぱり疲れる。


体力がゼロになっていた。


まあ、いい。


のんびり体力をつけるつもりだ。



中庭にあるベンチに座る。


日差しが気持ちよかった。



ふと見たら、年配の女性が車椅子を押している。


お婆さんが乗っている。


ゆっくりとこちらに向かってくる。


何気なく見ていたら、そのお婆さんと何となく目が合う。


なぜか僕はにっこりと笑って手を振った。


自分でもなぜそうしたか、わからない。


お婆さんはじっと僕を見続けていた。


すぐ近くまでやってくる。



「おとーしゃん。


 おとーしゃん。


 おとーしゃん」



なぜか、そのお婆さんは僕をお父さんと呼び、


手を伸ばして僕にさわろうとしている。


車椅子を押していた年配の女性は、それを見てびっくりしている。


お婆さんの手が僕の腕をつかむ。



 「おとーしゃん。


  おとーしゃん。


  おとーしゃん」



うむ、どうしたものか。


少し困る。


あら?


年配の女性が涙している。


「どうしたのですか」


僕は声を掛けた。


「母、認知症を患って声が出なかったのです。


 でも、おとーしゃんって ・・・ すいません」


うーん、認知症か、僕も返答にこまる。


まあ、いいか。僕はお婆さんの手を握りしめた。


お婆さんの手を握るのは、なんだか妙にうれしい。



 「おとーしゃん。


  おとーしゃん。


  おとーしゃん」



お婆さんがにこにこ顔で喜んでいた。


結局、10分ぐらいそうしていただろうか。


「そろそろ時間です」


その言葉に気まずいものが生まれる。


仕方ない、僕はお婆さんに別れを告げて病室に戻った。



あくる日、また中庭に出る。


春の日差しが心地いい。


心地いい日差しの中を歩く。


ゆっくりとゆっくりと、だいぶ歩ける。


気付いた。


お婆さんだ。


また来ている。


僕は笑って手を振った。


お婆さんの顔がパッと晴れやかになる。ふしぎだ。


ベンチに座って、また手を握る。お婆さんの笑顔、それがなんだかうれしい。


 「おとーしゃん。


  おとーしゃん。


  おとーしゃん」


その声が弾んでいる。なんだかうれしい。


年配の女性がまた涙している。でも見てないふりをする。


「はい、お父さんですよ。


 いい子にしていましたか」


おもわず、そう声を掛けてしまう。


にこにこ顔、こちらも思わずにこにこ顔になる。


そうやって、手を握る時間は楽しいモノだった。


やがて時間になる。別れ際に僕は聞いてみた、お婆さんの名を。


「母の名前はカレンといいます」


カレンか。


いい名だ。


その日一日、僕はいい気分だった。


消灯の時、看護婦さんが笑顔で聞いてくる。


「ごきげんみたいですね」


「うん、あのお婆さんの名前がね、僕の娘の名と同じなんだ。


 まだ生まれていないけどね。


 カレンと名付けるつもりなんだ 」


そうやって、まるまる一週間、そのお婆さんと巡り合った。


お婆さんの顔を見るのは楽しい。元気が出る。


この一週間で僕の体力もかなり回復している。どうにか、日常生活はできそうだ。


無理はできないが、何とかなると思う。



翌日の朝、看護婦さんが僕に聞いてくる。


「お昼は中庭で食べませんか」


看護婦さんが中庭での昼食を勧めてくれる。


「いいの、あのお婆さんがくるでしょ。


 なんだかね、あの人におとーしゃんと言われるのはうれしいのよ」


「お婆さんはお弁当だそうです。ご一緒でもよろしいのでは」


「そうなの。僕はいいけどね」


そして、僕はお婆さんと一緒にご飯を食べる事になる。


もっとも彼女にスプーンで弁当を食べさせるのだけどね。


不思議と楽しかった。


年配の女性、娘さんだけど、ずっと涙目だった。


モグモグと食べるお婆さんの姿が、やっぱりうれしいみたい。


お婆さんは、お婆さんで、僕と会うのがうれしいみたいだ。


なんとも不思議なもんだ。


僕は僕で、お婆さんにおとーしゃんと呼ばれると不思議と力が湧いてくる。


お婆さんは脳梗塞で手が不自由だった。


話言葉がまるで4歳児みたいで、かわいい娘にお弁当を食べさせている気分になる。


そうやって、お婆さんと僕との間に濃密な時間が流れていく。


結局、そんな一週間過ごすことになった。



ようやく、退院できる。主治医が僕に伝えにきた。


「 明日退院です。お話があります。


 よろしいですか 」


僕は頷いた。


「よく聞いてください。


 実はあなたが使用した脱出カプセルは一部機能が故障していました。

 救難信号がうまく出ていませんでした。

 そのまま、アステロイドベルトを周回していましたね。

 たぶん、極小デブリによるアンテナの破損が原因です。

 そして、同じく極小デブリの衝突によるカプセルのメインシステムメモリの破損。

 これが大きな影響を与えて、あなたの救助に多大な時間が掛かりました。

 幸いにも小惑星帯域開発公社ABA・アストロイドベルトオーソロリティがあなたを発見し今に至ります。 

 脱出カプセルに乗って、救出されるまでに ・・・・・ 実は88年経っています。


 2098年でしたね、出撃したのは。今は、2186年です」


なんだって。


衝撃だった。88年も経っている。


カレンダーを見せてくれた。 ・・・・ 2186 ・・・・


僕はいくつなんだ、  ・・・・ 115歳 ・・・・



「あなたの親族がお迎えに来ています」


ドアを開けて人が入ってくる。あのお婆さんを先頭に何人もの人が。


「あなたの娘さんのカレンさんです。今年で88歳になります。


 そして、親族の皆さんです」


「妻は、僕の ・・・・ 妻は ・・・ 」


「残念ですが28年前にお亡くなりになっています」



年配の女性は僕の孫だった。



みんな泣いていた。



「おかえりなさい、おじいちゃん。


 おばあちゃんはずっとおじいちゃんの帰りを待っていたのよ。


 おかえりなさい」


後ろから花束を持った女の子が僕の所にくる。



玄孫だった。



妻に ・・・ 妻の若い頃にそっくりだった。



僕は泣いた。



妊婦だった妻は ・・・ 生まれた娘に、


ちゃんとカレンという名を付けてくれていた。



僕は娘を抱きしめた。



僕は玄孫を抱きしめた。




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