素直なヒーローとツンデレ異世界人【エピソード 6】

双瀬桔梗

別れが怖いヒーローは、異世界人博士と友達になりたくない

 ── もう皆、薄々勘づいているとは思うが、この世界にやってきた異世界人、ツン・デーレいちぞくの目的は世界征服ではない。友達を作ることだ。

 ツンデレな彼らの特性を活かして、今は実践的な訓練をしているようなものだと、考えてくれていい。

 ツン・デーレ彼ら以外の、異世界人が襲撃した時、世界を守るためのね。

 ツン・デーレいちぞくおさエベレスト皇帝と、最近ようやく話がついたので、君達にも真実を話すことにした。あとは君達がツン・デーレいちぞくと交友関係を結び、手を取り合い、いずれやって来るであろうからこの世界を守ってほしい。



 スナオホワイトことゆきしろ はやと、リベアティ博士の心の距離が、少しだけ縮まった日から数ヶ月後。

 隼大の叔父司令官がスナオズのメンバーに、上記のことを告げた。

 みなが司令官の話に納得し、ツン・デーレいちぞくとの仲を深めることを前向きに考える中、隼大だけは浮かない顔をしている。

 リベアティの話を聞いたとき、彼と友達になるのも悪くないと、少し思った。それなのに、“本当の侵略者”という言葉が引っかかり、今は後ろ向きになっている。


 その日の晩、隼大は夢を見た。

 大切な人達の亡骸に囲まれる悪夢。

 目を覚ました隼大は、胸が苦しくなり、そしてこう思った。


 やっぱり、もう二度と友人大切な人は作らない、と。




「雪城隼大ァ! この私とォ友達になってもらうぞォ! 今日こそは、返事を聞くまで帰らないからなァ」

 残念系イケメン異世界人・リベアティ博士の声が、広場に響いた。本日もエレガントで上品なスーツを着こなし、白衣をたなびかせている。

 エベレスト皇帝からスナオズの司令官と話はついていると聞かされ、リベアティはルンルン気分だ。目を輝かせ、自信満々に隼大の前で仁王立ちしている。しかし、隼大が暗い顔をしていることに気がつくと、怪訝そうに少しだけ屈んで、彼の顔を覗き込む。

「雪城隼大? どうかしたか?」

 リベアティは隼大に手を伸ばしたが、それを払いのけられてしまい、目をぱちくりさせる。

「やっぱりアンタとは、友達になれない」

「なん、だと……なぜだ……何故なんだァ! 雪城はや」

「うるせぇんだよ! 声も背も無駄にデカいし、強引で自分勝手だし、ずっとアンタのこと、ウザイと思ってた。アンタなんて……大っ嫌いだ」

 隼大は一切、リベアティと目を合わさずに、嘘をついた。嫌われるための、大嘘を。

 リベアティもそれが分かっていた為、困惑している。

「……君、本当にどうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも、これがオレの本心だよ。分かったらさっさと帰ってくれ。……友達がほしいなら、他を当たれよ」

「私は君がいいんだ」

 隼大の顔を掴み、無理やり自分と視線を合わせ、真剣なオッドアイを向けるリベアティ。彼に見つめられ、決心が揺らぎそうになるのをグッと堪え、隼大はリベアティを突き飛ばす。

「君がいいって……亡くなった友人と似てるからだろ? 悪いけど、オレはアンタの友人の代わりになる気はない」

「何を言っている。私は」

「もういい! オレの前に、二度と現れないでくれ」

 隼大は一方的に話を終わらせ、スナオズの本拠地『オネスト』へと帰っていく。




「ちょ、隼大クン! 急にどないしたん?」

「隼大兄さん、待ってくださいッス!」

 あお こうろうかわ ミナは、慌てて隼大の後を追いかける。少し遅れて、あかみね ごう しえりも合流する。

「ごめん、みっともないとこ見せて」

「いや、それはええねんけど、なんであんなことうたん? 博士のニィサンも困惑しとったで」

「……あの人のこと、こーろーさんに任せても、いいですか?」

「え、アカンことはないけど、博士のニィサンは隼大クンと友達になりたいやろ……」

「……」

 無言になってしまった隼大の袖を、しえりが軽く引っ張る。

「……隼大はーくん、また苦しくなったの?」

 その言葉に、隼大は頷き、そっと、しえりの手をすり抜ける。

「またそうやって、俺達からも距離を置く気かよ」

 豪は怒っているような声音で、隼大に言葉を投げかける。

 隼大が四人と出会ったばかりの頃、彼は豪達に壁を作っていた。愛想良く会話はするが、昔馴染みのしえりにすら、一線を引いていた時期もある。

 徐々に心を開いてくれるようになっていたのに、どうしてまた閉ざそうとするのかと、豪は苛立つ。

「俺達も、リベアティも大丈夫だ。絶対に隼大の前からいなくならねぇよ」

 何も言わずに去ろうとする隼大の手を掴み、真っ直ぐ目を見る。

「絶対……? なんでそう言いきれるんだよ!」

 叫んだ隼大の、琥珀色の瞳が揺れる。



『大丈夫だァ! ボクは絶対に死なない。君の傍にずっといてあげるよ』

 胸を張って、そう言い張る男性のことを、隼大は信じてみようと思った。今度こそ大丈夫。この人なら、オレの傍からいなくならない。そう思ったのに……“絶対”なんてないことを、隼大は思い知る。

 “絶対”と豪語していた男性も、結局はこの世からいなくなった。

 雪城 隼大の大切な人達は、皆なぜか不幸になる。彼の一番近くにいた人達は全員、亡くなった。最初は両親、友人、兄、また友人と……隼大とより親しい間柄である人物ほど、彼の傍からいなくなる。だからもう、大切な人は作らないと決めていた。それなのに、大学で出会った一つ年上の、友人の言葉を信じて、その手を取ってしまった。


 温かい仲間と、緩い戦いの中で忘れかけていた“死別”の恐怖。それを、先日の司令官の言葉と、久々に悪夢を見たことで、思い出した。


「俺が絶対って言ったら絶対なんだよ!」

「絶対なんてないんだよ! ……絶対って言ったのに、俺の前からいなくなった人だっている。もし、本気でこの世界を征服しようとする異世界人がやってきたら……命懸けの戦いになる。それなのに誰一人として死なないって保証がどこにあるんだよ!」

「どんな奴がいくら攻め込んで来ようと俺が全員守る! 何がなんでも守ってせる! 誰一人死なせねぇよ!」

「その通りだァ! 私は絶対に死なない!」

 突然、オネスト内に現れたリベアティに、全員の視線が集まる。

「どっから入ってきたんスか!」

「正面から堂々と入ったが?」

「そういえば司令官がツン・デーレいちぞくも自由に出入りできるようにするって言ってたねぇ」

「そうやとしても博士のニィサンさぁ……今はそんなノリとちゃうから引っ込んどいてくれへん?」

「断る! なぜなら私は今、猛烈に怒っているからだァ! 何を隠そう雪城 隼大、君になァ!」

 人差し指をビシッと隼大に突きつけ、リベアティは怒りでぷるぷる震えている。

 隼大はこの場から一刻も早く逃げ出したくて後退るが、豪と幸路郎に両側から掴まれてしまう。

隼大はーやたっクン、話はまだ終わってないで」

「なに逃げようとしてんだ?」

「逃げるなァ! 雪城隼大ァ!!」

 完全に逃げ場を失った隼大は観念したように、項垂れる。


「……皆のことが、大好きだから……失いたく、ない。大切な人を失うのは、もうイヤだ。怖いんだよ」

 隼大は今にも泣きそうな顔で、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。それを聞いた四人は、顔を見合わせた後、ぎゅっと隼大を包み込む。

「怖いのは隼大兄さんだけじゃないッスよ。ジブンも、仲間を失うのは怖い。たから、もっと強くなるッス!」

「全員で強くなれば、怖いものなんてねぇよ」

 ミナは隼大の右手を掴み、豪は背中を叩き、ニッと力強く笑う。

「僕らはチームなんやから、皆で強くなって、皆で支え合えばいいやん」

隼大はーくん、大丈夫だよ。ここにいるのは心身共に強くて、素直な子達ばかりなんだから」

 幸路郎ははにかみながら、隼大の頭をぽんぽんと撫でる。しえりは左の袖をぎゅっと掴んで、ふわふわ笑う。

 隼大は仲間たちの言葉に、少しずつ不安が薄れていくと同時に、勇気をもらった。

「ありがとう……オレも、強くなる」

 皆を守れるように。誰よりも強く。

 自らを犠牲にしてでも、誰も死なせない。

 隼大はそう心に決めた。


 四人は隼大の言葉に頷き、彼をリベアティの正面へと誘導し、少し後ろで二人を見守る。

「……その、さっきはひどいこと言って、ごめんなさい」

 頭を下げる隼大を見て、リベアティは「はて?」と、とぼけてみせる。

「酷いこと? 君が私に酷いことを言うのはいつもだろう?」

「うっ……それはそうだけど……今回は嫌われるためにかなりキツいこと言ったし、嘘もついたし……」

「うん? ということは、君は私のことが大好きなのだなァ! そして友達になりたいと……ふむふむ、いい心掛けだァ!!」

「あーはいはい、もうそういうことでイイデスヨ」

 ニヤニヤしているリベアティに、隼大は照れ隠しでわざと塩対応をする。

「……ただ、一つだけ言わせてほしい。私は決して君を亡き友の代わりにしようなんて思っていない。仲良くなりたいと思うきっかけではあったが、今は君自身を気に入って、友になりたいと思っている」

 リベアティが珍しく真面目な顔をしているものだから、隼大は面食らう。

「それくらい分かってるよ。てか、さっき言っただろ、嫌われるためにキツいこと言ったって」

「そう、だったな……それなら、よかった」

 胸を撫で下ろすリベアティを見て、隼大はふっと微笑む。

「ところで、アンタは大丈夫な訳? いつだったか、自分は基本的に研究専門って言ってたし、正直、一番心配なんだけど?」

「ふふふっ……その心配は不要だァ! なんせウォルフ族私の一族は体が丈夫だ! 狼の姿になれば足も早い! そして何より……私の寿命は一万歳前後だァ!!」

「ははっ……それなら心配ないな」

「うむ! では改めて、雪城隼大……いや、隼大君、私と友達になってくれるかい?」

 リベアティに差し出された手を、隼大は少し躊躇ためらいながらも、そっと握る。

「あぁ、これからよろしくな……リベさん?」

「リベさん……悪くないだろう」

「そ? だったらよかった」

 隼大とリベアティは互いの顔を見て、笑い合う。



 多くの出会いと別れを繰り返した雪城隼大は、異世界人であるリベアティ博士との出会いを経て、“別れ”が少しだけ怖くなくなった。


【雪城隼大 編 完】

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