とべ! やきとりさん

笛吹ヒサコ

とべ! やきとりさん

 目が覚めた。

 見慣れた天井は、まだ薄暗い。

 夢を見ていた。どんな夢だったか、もう思い出せないが、とても奇妙な夢だった気がする。

 まぁいい。たかが夢で、ここは現実。起きねば。


「OK、コケッコー、今日の天気は?」


『今日は、最高気温二一度、最低気温一〇度、晴れ時々焼き鳥です。現在の天気は、晴れです』


 スピーカーの回答にダメージをくらい、再びベッドに沈みこむ。

 あーあ、せっかくの休みなのに。


「晴れトリかぁ」


 休日でも予定はない。ノープランで満喫しようと思ってたのに、なんかユーウツ。ゴロゴロまったりするのもいいけど、そういう気分じゃなかったんだよなぁ。

 とりあえず、起きるかぁ。


 テキトーにトースト食べて、スマホで焼き鳥レーダーを確認したら、午前中はまだ大丈夫そうだったから、買い物に出かけることにした。牛乳は切らしたくないのだ。

 玄関を出ると、ちょうどいいお散歩日和で、気分が九度ほど上向いた。

 一番近いコンビニじゃなくて、線路の向こうのコンビニで牛乳を買おう。そう決めるのに、九度の傾きは充分だった。

 だけど、踏み切りまでしか気分はもたなかった。


――カーンカーンカーンカーンカーンカあいつはとつぜんやってくるーなにしろとつぜんやってくるー


 特急電車のあとを、焼き鳥の大群が飛んでいった。


「そろそろ焼き鳥、ハァ」


 牛乳買って早く帰らねば。

 気分をマイナス方向に修正して、踏み切りを渡った。


「どうする! どうする! ひどい遅刻だ!!」


 ぴょんぴょん跳ねるぼんじりが、後ろから追い抜いていく。串の先に引っ掛けたミニサイズの懐中時計が今にも外れそうだけど。


「毎日毎日、わしらは網の上で焼かれて、嫌になっちゃうよ〜」


 などと喚いていたぼんじりが、突然消えた。そんな非現実的なことあるのかと、驚いた。だが、どうやら、穴に落ちただけだったみたいだ。

 地面にぽっかり開いた穴の手前で足止めせざる得ないではないか。

 いったい、いつからこんなバカでかい穴が開いていたのか。真っ暗で、底が見えない。

 しかたないので、引き返そうとしたら、穴に落ちた。


 穴の底は、四畳半ほどの小さな和室だった。


「まいったなぁ」


 上を見上げても、真っ暗。いったいどれだけ落ちてしまったのか。先に落ちたぼんじりは、どこにもいない。

 和室の真ん中であたりを見渡すと、出口らしきものは、二〇cmほどの引き戸だけ。ぼんじりは、あそこから出ていったのだろう。

 閉じ込められた。

 頭を抱えていると、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。


『EAT ME』


 突如として目の前に現れた焼き鳥を山盛りにした皿に添えられたカードには、そう書かれていた。


「いやいやいやいや……」


 天気が焼き鳥の日に、焼き鳥を食べたら焼き鳥になるのは、オセアニアじゃあ常識なんで。

 醤油ダレのとりかわは、嫌いじゃないけど、無理だ。

 だが焼き鳥になれば、引き戸から脱出できるのでは。

 いやいや、だが、焼き鳥だぞ。

 トリッターで、一時的に焼き鳥になった体験が書かれたトリートを見かけたことがあるが、ネタに決まっている。


「じゃあ、このままここで死ぬのか」


 それはそれで、嫌だ。


 万事休すとは、このことか。


 何気なく『EAT ME』のカードを手に取り裏返すと、そこには古代ルーンカタカナ文字で、こう書かれていた。


『トオイモノハオオキク、チカイモノハチイサクミエルダケノコト』


 なるほど、そういうことか。

 引き戸は、ちゃんと人間サイズだった。

 無事に焼き鳥を回避して引き戸を開けると、上昇気流に乗せられて上へ上へと運ばれていった。


 上昇気流に運ばれた先は、法廷だった。


「今すぐ、その者の串を抜け!!」


 どうやら、証言台に立つボクが、被告人らしい。


「早く串を抜かぬか!!」


 焼き鳥にとって死刑宣告も同然のことを、ヒステリックに喚いているのは、ねぎまの女王クイーンだ。


「串を、抜け!!」


 ねぎまの女王の喚き声に、傍聴席にひしめく大量の焼き鳥が震え上がっている。

 どうにもこうにも、居心地が悪い。


「あのぉ、ボク、なにかしました?」


 ボクがそう言うと、ねぎまの王様キングはびっくり仰天と飛び上がる。


「なにか、した、だと? 貴様……」

「飛べない焼き鳥は、串を抜く!! 早く、その者の串を抜かぬか!!」


 女王クイーンは、王様キングを遮って、塩ダレを飛ばしながら喚く。

 そんなこと言われても……

 困り果てていると、魔法使いの甥が咳払いをした。


「いいかね、ある朝、焼き鳥が店のおじさんと喧嘩して空に飛び立ったその日から、飛べない焼き鳥は、焼き鳥にあらず! そう天下に定められている。やれやれ、最近の学校じゃ、いったい何を教えているんだい?」


 どうやら、味方はいないらしい。


「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」


 さっきまで震え上がっていた傍聴席の焼き鳥まで、女王クイーンに同調するように、喚きだした。


「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「串を、抜け!」

「あのっ!」


 あんまりにもうるさくて、あんまりにも理不尽だったから、たまらず声を張り上げる。


「ボク、焼き鳥じゃないです!! ボクは、人間です!! に、ん、げ、ん」


 シーンと静まり返った法廷は、それはそれで不気味だった。でも、言うべきことは言わなくては。


「だから、串を抜けと言われても、困ります」


 次の瞬間、一斉に大量の焼き鳥たちがボクに襲いかかってきた。
































 目が覚めた。

 見慣れた天井は、まだ薄暗い。

 夢を見ていた。どんな夢だったか、もう思い出せないが、とても奇妙な夢だった気がする。

 まぁいい。たかが夢で、ここは現実。起きねば。


「OK、コケッコー、今日の天気は?」

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