信仰というにはあまりに卑近

半崎いお

その過失ゆえ、伴うものは


最悪にも程がある……

気分はほんと、地の底どころか、地底に深く深く、潜っていっていくようだ。

なんということだろう。

朝イチにこんな気分になってしまうなんて。


せっかく炊いたお米が腐ってる……


その事実は、覆し用もなく、あまりにも現実だった。



たしか、一昨日の朝、炊いたご飯。

あの日は、職場での暑気払いがあるをの朝ごはん中に思い出したのだ。

忘れていたことに慌ててしまい、残りを冷蔵庫に入れ忘れたんだとおもう。

しこたま飲まされたんだよね。

おかげで昨日は二日酔いで最悪で、やっと持ち直したところ。



やっとご飯食べる気分になれたから朝から納豆ご飯キメてやろうと、万ネギと刻み生姜でもいれて贅沢にしてやろうかとお布団の中でホクホクしてよいしょっておきてきたらこれ。これだよ。朝ごはん何にしようとか妄想したりしてダラダラしてたからニチアサタイムも思いっきり逃したし。


寝る前に炊飯器をセットするのは何年も続く毎晩の習慣なのに。

エアコンの効くスポットに炊飯器をセットしてまで、朝に炊き立てご飯が食べれるようにしているのに。


昨日はそうだ、長電話してて寝落ちしたんだ。

寝入る前に、横目でちらっと炊飯器の場所を確認して、大丈夫だって思っちゃった覚えがなんとなくある。

定位置にあればいいってもんじゃないよ!

お米といだ覚えなかったじゃん!

私のバカぁぁぁ!!


失意のままに、冷凍庫を開ける。

冷凍ご飯がいくつかはいっているはず……

あれ? ない。

ないよ!!


ご飯ないじゃん!


なんてこと!!!


一個も白いご飯がないってどういうこと? 

納豆ご飯にできないじゃん。


筍ご飯……これは春からか、もう食べちゃわないと

お赤飯……やべ、お正月にもらったやつだ。

五目ご飯、寿司飯、ピラフ、リゾット……白いご飯が、ない。


いやさ、冷凍に回すのは味がついてるやつの方が休日に便利ってちまちまコレクションはしてたよ。ルーチンのお米炊くのを使い切ることが多くなったから、あまりものが出にくくなって多めに作らないといけなくなってたし。ちゃんと使い切れる私! 賢い奥さんになれる! みたいなこと思ってここんとこずっとほくほくしてたよ確かに!!  


バカ、、、私のバカ……

賢くない。

全然賢くない。

よくみんなで愚痴ってるじゃんわたし、いつも

ギリギリの人数で回そうとしてるからこうやって無理が出るんじゃんって。余裕なしにギリギリだからどこにもてがまわらないんだよって、人員のゆとりは心のゆとりじゃんって毎日愚痴ってるじゃん。

……冷凍ご飯は心のゆとり、って、冷凍庫にご飯を詰めるたびに呟いてるじゃん私。自分の決め台詞みたいになってたじゃん何やってんのよ……

もちろん、レンチンのご飯も在庫はない。

「朝の贅沢納豆ご飯」はこの時点で完全に無理だ。

今からコンビニに行くのも、クソだるすぎる。


今から炊こうと思ったって

気分的に

無理だ。


この、ちょっと黄色くなったり赤くなったりしちゃってる「おいしい炊き立てご飯だったもの」を、どうにかして、さらに蓋から釜から大掃除、徹底洗浄しないと、これはダメだ。絶対にダメなやつだ。


ああほんと!ほんとに!!!

失意のまま、もう一度、炊飯器の蓋を開けてみる。

臭いわけではないけれど、なんだか、ところどころに形が崩れたり、変な色になったりしている。


ああ、炊き立てだったお米が……

日本人を怒らせるには、何よりも炊き立てご飯を地面にぶちまけて足で踏みつければいいってなんかで聞いたことがある。なんで、炊き立てのご飯の白いツヤツヤってあんなに素敵なのかね! それに、この腐っちゃったご飯に対する罪悪感ってなんでこんなにえげつなく心を抉ってくるんだろうね? 破壊力幾ら何でも強すぎない??


はぁ……


今日何度めかわからない深い深いため息をついて、炊飯器の内釜をとりだした。その重さがなんだか肩にのしかかる。ビニール袋をシンクに広げて、しゃもじ……は使いたくないな、なんか。使って洗っといたプラスプーンでいいか。2本かな。それをつかって、袋の中に、おとす。


とすん、と、ちょっとした重量を示す音がまた、じわっと心抉ってくる。

罪の重さを告げられたみたいだ。中学校の時、突然窓に激突してきて落ちて死んだ小鳥の死骸を埋めに行った時のことを思い出した。あの時も、その意外な軽さと、それでもある重みに妙に打ちひしがれた気分になったんだけど、っておかしくない!? これ食べ物で、しかも植物だよね。なんでこんなに、罪悪感があるのよ。っていうかこれ捨てないと新しいご飯も炊けないし! なのにこれを捨てちゃいけない気がするんだよ。なんなんこれもうー!!


袋に入れて、口を閉じたのに、ついついネットで検索してしまった。

洗って食べる猛者がいるようだ。いや、無理でしょ。

いっしょに炊飯器の掃除法が書いてあるものが多くて、つい熟読してしまう。


よし、熱湯消毒して、ハイター消毒して、クエン酸使って、重曹も使おう。

全部あるから全部いけるはずだ。



……ってまだゴミ箱に入れてないよ、入れれてないよ、

そんなに嫌か私

あれだよこれ、勉強してるときに、ついつい辞書の隣とか読み込んじゃって脱線しちゃうアレ

子供の頃からまったく何も治ってないよ。やれよ自分。

食べられないし、使い道もないよ。


よし。

コーヒーを入れよう。

少し落ち着くんだ。


お湯を沸かそうと、座り込んでいたところから立ち上がって再び気付く。

だめだわたし! また逃げてる!!


改めて、シンクの中の袋に向き合う。

あとはこの袋を、ゴミ箱に入れるだけだ。

それだけだ。

妙に胸に迫る、罪悪感。

腐ったとはいえ、お米をゴミ箱に入れるのだ。

いや、考えたらいけない、これはやらなければならないことだ。

意を決して、袋を掴む。

なんだか妙に緊張する。

手を離したくなる。

いや、それしきのこと、頑張らないと。

もちあげる。

確かな重さ。

のしかかる、その事実、


ううううぅ



自然と、声が出た。

「おこめさん! ごめんなさい!!」

意外と大きな声が出て、びっくりしたその息でそのままゴミ箱にその袋を叩き込んだ。


どしん!と鳴る。



達成感と、染み渡る罪悪感。

そして、染み渡った後、なんとなく、ふんわりと軽くなる。

はぁ……

どっと、疲労感が押し寄せて、ソファにもたれ込んだ。

ペットボトルのお茶をひとくち。

体の中に溜まった何かをはきだすためかのようにどんどんと漏れてくる、ためいき。


なんなんだろうほんと、たかがちょっと食べ物を腐らせちゃって捨てるってだけなのに。お米の神様が、もうすんじゃねえこの野郎って呪いでもかけてきているかのようだよ。


はーーーーー。

なんだか、お茶じゃダメなような気がして、冷蔵庫から冷えたコーラを取り出して、一気に飲んだ。この気分をどうにかするのにはジャンクな何かしかないと思ったのだ。



グェッぷ。


極めてお下品なゲップが出る。

なにさ、たかがお米じゃん! ねえ!

アメリカ人の力を借りて虚勢を張る。

よし、パン食べよう、パン。

食べ物はお米だけじゃないはずだから!!


もう一度、冷蔵庫の中身を確認する。

万能ネギ、納豆……きみたちはきょうはお休みしてて。

ほかにあるのは……暑気払いの時にお持ち帰りしてきた、焼き鳥がそのまんまのこってる。いいじゃんいいじゃん、お肉じゃん! これ食べるなら、ビールでしょう。あ、違う今まだ朝の10時だ。これほぐして、卵で閉じて焼き鳥丼食べようと思ってたんだよね! ネギ刻んで、、ねぎあった。卵といて、卵あった、あとは……あああああああああああお米ないじゃん!! おこめがないじゃああああああん!!! ごめんなさいお米の神様、ほんとにほんとにごめんなさいーーー!!!


泣くかと思った

ほんとに泣いてやろうと思った。

ごめんなさいって泣きそうになった。




焼き鳥さんすら美味しく食べられないじゃないか……

何か手はないかと、野菜室を開いてみた。


み つ け た。

焼き鳥さんをおいしくたべるには、もうこれしかない。

午前だって構うもんか。

これから炊飯器洗ったりしないといけないんだから、景気づけだよ!!!



自分を説得したり正当化したりしてるのはわかってた。

でも、それでも、その味が今はとても、とても、欲しかったのだ。

とっておきの杯を用意して、ソレを、ゆっくりと注ぐ。

焼き鳥はスチームもかけたオーブンで温める。

空きっ腹には、沁みるぞきっと。



ぴーぴーぴー

よし! 焼き鳥ホカカリ!!

酒の準備は万端! これぞって時に開けようと思って取ってあった、とっておきの日本酒4合瓶!!


最初にちょっと口をつけて、その味を確かめる。

うはーーーー!!! おいしーーーーい!

そして、やきとりさんを、ガブっ。

んーーーー! おいしい! やった! おいしいよ!!

はーーーー、お酒も美味しい……

ご飯なくてもちゃんと満足できたじゃん。

だいじょうぶ。


と、思えたのは一瞬だった。

お酒ってお米でできてるじゃんか。


途端に落ちたテンション。

今度はほんとに、泣いてしまった。

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信仰というにはあまりに卑近 半崎いお @han3ki

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