第32話 因縁の相手は物理で解決

 試験に込めた真意については理解できた。

 後は、それをどうやって攻略するかだ。

 自分ができることは数少ない。

 その少ない手札の中での最善手を考えよう。

 そう決めたばかりなのに、


「よう、また会ったな」


 突如として現れたのは、Cランク冒険者のシュタインだった。


 やばい。

 見つかった。


 そう思った瞬間、もうシュタインは拳を振るっていた。


「てめぇは、俺が殺すっ!!」

「うわあ!!」


 情けない声を上げながら避ける。


 この人、何も考えていない。

 今、暴力を振るったら自分がどうなるか分からないのか。


 俺は近くにいた受付嬢の人に助けを求める。


「じゃんけん、まずはじゃんけんからですよねぇ!?」

「その通りです!! 失格にしますよ!!」

「ああ!? チッ」


 シュタインは構えを解いた。

 どうやら冒険者には戻りたいようだ。


「よ、よし……」


 暴力が禁止されたなら、すぐに他の受験者を探そう。

 俺の考えが正しければ、この試験を合格する為にはこの人の相手をするより、他の人の相手をする方が確率が高い。


 だからさっさと背を向けるが、回り込んでくる。

 巨体に似合わずかなりのスピードだ。


「無駄だぜ。ほとんどの人間はもうじゃんけんを終えちまっている。お前は俺と勝負するしかないんだよ」


 確かに、掛け声が聴こえなくなっている。

 みんなじゃんけんを終えているんだ。


 このじゃんけんに勝つ方法を長く考え込んでいたせいで、やる相手がいなくなったら意味がない。


「じゃんけんは二人一組でしかできない。もしも奇数だったらどうなるんだろうなあ!? じゃんけんできなかった時点で失格になるかも知れねぇぞ。だったら、俺とじゃんけんした方がいいんじゃないか?」


 シュタインの言う通り、選り好みしている場合じゃないかも知れない。

 他の相手を探そうにもシュタインが俺を逃がしてくれないだろう。

 暴力は使えないし、言葉が通じるような相手でもない。

 ここは天運に任せるしかない。


「分かった、じゃんけんをしよう」

「ああ、せーの――」


 咄嗟に出した俺の手は、グーを作っていた。


 掛け声はどうするか話し合いをするつもりだったから、いきなりせーのと言われて、考えが全部吹っ飛んでしまった。


 しかも相手は俺が出したちょっと後に、パーを出していた。

 ちょっとした差で微妙な判断だが、凝視していれば不正をしたことは分かるはずだ。


「あ、後出し――」


 そう言った受付嬢の横を拳が横切る。

 髪の毛がフワッと舞って、もう少しで顔に当たりそうだった。


「何か文句でもあるのか? あぁ!? てめぇの頭をトマトみたいに潰してやってもいいんだぞ!!」


 そうシュタインが脅すと、受付嬢の人は萎縮して何も言えなくなった。

 それにかなりギリギリの僅差だった。

 後出しであったかどうか、人によっては判断が別れるかもしれない。

 そんな時に、自分が死ぬかも知れないと言う時に、正しい判断を下すのは難しい。


 シュタインの動体視力が優れていたのは勿論だが、こっちが何かを考える間を与えないタイミングでのじゃんけんの出し方が上手かった。


 それに、直接当ててはいないが、暴力による支配。

 成程、自分の強みを最大限に生かした一連の流れは綺麗なものだ。

 見事にはまってしまった。

 この勝負、完全に俺の負けだった。


「これで俺の勝ちだ!! ハハハハハハッ――ハグゥアアッ!!」

「ドォ――ン!!」


 俺はシュタインの顎に拳をクリーンヒットさせていた。


 ああ、確かに暴力は強い。

 法が整備されていないこの異世界において、人に言う事を聞かせる為ならば有効な手段だ。

 だからこそ自分にもそれは跳ね返って来る。


「これが俺の『じゃん拳』だ」


 宙に舞ったシュタインがぐへっと汚い声を上げて地面に落ちた。

 顎を揺らされたせいかなのか、それともダメージが俺の想定以上に入ったのかは知らないが、立ち上がってこない。

 伏したまま大声を上げる。


「お、お前、ただの冒険者志望の奴がどうしてこれほどの力を、いや、そんなことよりも、おい!! お前!!」

「は、はい!!」


 シュタインは受付嬢を睨み付ける。


「こいつは俺に暴力を振るった!! さっさと失格にしろ!!」

「あ、あの……」

「ああ!?」


 すぐに答えない受付嬢に苛立つが、


「この方は失格になりませんよ」


 ようやく答えたその回答に、さらにピキッていた。


「はああああああああ!? ふざけんな!! さっき俺がこいつを殴ろうとした時は失格だって言っていただろうが!!」

「それはあなた方がじゃんけんをしていなかったからです」

「ああっ!?」


 どうやら状況を全然呑み込めていないみたいなので、俺が代わりに説明してやる。


「ギルド長は試験開始直前にこう言った。『あなた方に最初にやってもらうのはじゃんけん』だと。つまり、最初にじゃんけんをやらなきゃならなかったんだ」


 まず、だとか、最初にだとか、そういう言葉をギルド長はしつこいぐらいに多用していた。

 最初にじゃんけんをするのは絶対のルールだと、俺達に刷り込んでいた。

 だから、対峙してすぐに暴力を振るうのは駄目だ。

 だが、裏を返せばじゃんけんを終えた後ならば、じゃんけん以外のことをやってもいいことになる。


「それから『お互いに納得する勝敗を付けた場合、お近くの受付嬢に声をかけてください』と言っていた。おかしいとは思わないか、この言い回し。お互いが納得する勝敗ってことは、じゃんけんで負けても次に別の勝負をして勝てば、そいつは合格ってことになる。ギルド長は一度も、じゃんけんの勝敗で試験の合否が決まるとは言っていないんだよ」


 じゃんけんの勝ち負けだけで、試験が合格するとはギルド長は一言も言っていない。

 受け手側の俺達が勝手にそう解釈しただけだ。

 だが、じゃんけんを終えた後に、みんなその勝敗に納得して勝負を終えた。

 だから勝負は成立している。


 しかし、こうやって俺が勝負に納得せずに拳で異議を申し出た場合、まだ勝負は続行させることができるってことだ。

 勿論、俺がじゃんけんで勝っていれば、第二の勝負を挑むことはなく、普通に試験に合格していた。


 だから負けた場合を考えて、できれば他の相手と勝負する方が望ましかった。

 力に自慢があるCランク級の冒険者相手よりも、俺と同じ土俵に立っているFランク冒険者未満の冒険者と戦いたかった。

 だけど、こうなったらもう殴り合いで決着をつけるのが手っ取り早い。


「――つまり、じゃんけんの勝敗に納得しなかったら、別の勝負で相手に負けを認めさせればそいつは合格ってことだよ」

「はい、その通りです」


 受付嬢の言質は取った。

 これで、


「ぶっ殺してやる」


 本格的な殴り合いが始まることになる。


 シュタインはゆらりと立ち上がる。


「『腕力強化』『脚力強化』『体力自動回復』『防御力一定時間上昇』『魔法自動防御』」


 何やらスキルを発動しているようだ。

 スキルっていうのはやっぱり言葉に出さないと発動できないことの方が多いんだろうか。

 俺の身体能力は向上したままだから、自動的に発動していると思うんだけど、どうなんだろうな。


「ふざけやがって……。だとしても、お前が不合格っていう決定は今更覆らないんだよ!! 冒険者にもなっていない素人が、このCランク冒険者のシュタインに勝てる訳あるかああああ!!」


 シュタインが走って向かってくるが、不思議と恐怖はなかった。

 さっきぶん殴ってどれだけの強さなのかは大体理解できたからかも知れない。

 きっと、本気で戦ったら身体能力のバフを身に纏ったCランク冒険者であろうとも、殺してしまうかも知れない。

 相手はドラゴンじゃないのだ。

 手加減しないといけない。


 俺は中指と親指をくっつけて溜めを作る。

 襲いかかって来る両手を掻い潜って接敵すると、額に向かって溜めこんだ力を開放する。

 つまり、デコピンをした。


「どびゃあああああっ!!」


 シュタインは身体を一回転すると再び地面に突っ伏した。


「いった――」


 流石にデコピンは自分の指が痛かった。

 爪の先が少し割れている。

 爪切りとか売ってないかな、近くに。


「う、くそっ……」


 半眼で意識が薄っすらなシュタインに向けて、俺は拳を振り下ろす。

 今度はデコピンじゃなく、拳だ。

 力を込める為に引き上げた様子をしっかり見せる為に、わざと予備動作をスローにした。


「やっやめ――」


 シュタインの顔から数センチズレた場所に拳を振り下ろした。

 地面に罅割れ、衝撃のせいで小石が跳ねたのか頬に傷が入っている。

 どれだけの威力かは、シュタインが一番分かったはずだ。

 もしも俺が本気で顔を狙っていたら骨が折れたぐらいじゃ済まなかった。


「まだ戦うつもりか?」

「い、いいえ、俺の負けです。すいませんでした」


 俺は受付嬢を見やる。

 勝負は着いたはずだ。


「合格です」


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