第31話 最高の異世界ライフ(逢坂陣視点)


「ルールの追加? 一体これ以上何を?」

「はい」


 アイテムポーチから金を取り出すと、男が突き出した手に置く。

 うわっ、と想定以上の重さに取り落としそうになった。


「差し上げるッスよ、10万ギルド」

「え?」


 今自分が持っているアドバンテージとは何か。

 自分の今の強みを生かせるのは勿論、金だ。


 冒険者になる為だったらならば、どれだけ使ってもいいと言われている。

 だから詰め込めるだけ金を持ってきた。

 金さえあれば何だってできる。

 じゃんけんに勝つことだって容易い。


「チョキを出してくれると約束してくれるだけの10万ギルド差し上げるッス」

「なっ――」

「そして、実際にチョキを出してくれた場合は10万ギルド差し上げるッスよ」

「だ、だけど……」

「ああ、いいッスよ。嫌なら他の人をあたるだけッスから」

「ま、待て!! いや、待ってください!!」


 釣れた。


 冒険者になってからすぐにお金が稼げる訳じゃない。

 何度もダンジョンに潜って、命を賭けてもらえるのだ。

 人によってはお金が稼げないどころか、装備品を買い揃えるのでマイナスになる人間だっているだろう。


 そして、十中八九、眼前にいるみすぼらしい男はそういう男だ。

 ぱっとしない。

 きっと冒険者になっても大成しないし、そもそも普通の生活を送れるかどうかも怪しいものだ。


 だからこそ、対戦相手に選んだ。

 金に困っているであろうこの男に。


「――そ、それでやろう」

「良かったッス」


 じゃんけんをすると、俺がグー、そして相手はチョキ。

 普通に勝った。


「うはははは」


 金に釣られたバカが笑いながら出て行く。

 長期的に見れば冒険者の資格を取った方が金になるのに、目先の利益に飛びつくなんて愚かとしか言いようがない。


 だけど、ああいうバカがいるから勝てたのだ。

 感謝しないといけない。


 あいつが本当のバカで、ただ嫌がらせする為だけにじゃんけんに勝ったらどうしようかと思っていたところだ。

 勇者はどうやらこの世界では憎しみの対象になり得ることは聴いていたから、少し不安だったのだ。


「ま、負けてない!! 俺は負けていない!!」


 五月蠅いクズがまた一人いる。

 他の負け犬よりも酷いのは声が大きいことだろうか。

 受付嬢に連れて行かれそうになっている男に、優しく女が声をかける。


「じゃあ、三回勝負でもいいですヨ」



 恐らく男にじゃんけんで勝ったのだろう。


 犬のような耳をしていて、鉄の首輪をしているからきっと奴隷だ。

 どうやらみっともなく暴れていた男を哀れだと思って、同情したのだろう。

 勝敗に固執しない偽善者か。

 そういう奴はあまり好きじゃない。


「ほ、ほんとうか!?」

「はい」


 そう言って、再びじゃんけんをするが、男は負けた。

 だが、一度情けを賭けられた男は、再び懇願する。


「な、なんで!? だったら、五回勝負だ!! 五回!!」

「いいですヨ」


 喜んだ男だったが、顔が青くなる。

 五回勝負のじゃんけんをして、一度も勝てなかった。


 俺が見ている間、奴隷の女獣人は何もおかしいことはしていない。

 心理戦の駆け引きはしていなくて、ただ普通にじゃんけんをしているだけだ。


「十回勝負だ、十回!!」

「はい」


 どんな手を出しても男は勝てない。

 あいこになったら同じ手を出したり、チョキを三連続で出した後に、いきなりグーを出したりと、じゃんけんで考えられる凝ったパターンを出すも、その全てが負けの手。

 相手の考えが読めるかも知れないとか、そういう次元を超えている。


 俺とは全く違う方法で勝率百%のじゃんけんをこの女はしている。


「な、なんで……?」

「何でも何も――見えてますからネ」


 獣人奴隷の女はフッと笑った。


 その時。

 獣人は見慣れているし、肌を重ねている。

 なのに、何故か見入っていた。

 名前も知れない彼女の一挙手一投足に。


 彼女は他の獣人とは目つきが違う。

 眼の奥に光が合って、そこには『希望』がある。

 自分が奴隷から抜け出せると思い込んでいるような、勘違いを視線に孕んでいる。


「動体視力が人間の数倍もある私にとって、じゃんけんなんて必勝なんですヨ」


 指の動きで次の手を読み、更に自分がそれに勝つように手を高速で動かすなんて、普通じゃ絶対にあり得ない。

 ただ身体能力がズバ抜けているだけじゃない、咄嗟の判断力が常人離れしている。

 他の獣人にやれと命令しても、恐らくはできない。

 この女にしかできないはずだ。


「百回じゃんけんしても全勝する自信がありますけど、まだやりますカ?」


 自信に満ち溢れたその顔、ぐちゃぐちゃにしてやりたくなった。

 好みの女だ。


 気が変わった。

 どんな手段を使っても自分の物にしてやろう。

 手に入れたおもちゃはすぐに飽きると分かっていても、欲したくなるのは男の性かも知れないが、それでも捕まえておきたい。

 おもちゃが壊れても、この世界では罪には問われない。


 さあ、最高の異世界ライフを満喫しよう。

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