秘密の調味料の秘密

南木

秘密の調味料の秘密

 熟した柚子が5個に、殺虫香草(※トウガラシのこと)が5つ、それと岩塩が大匙一杯に香り付けのための香草がほんの少し――――――

 『秘密の調味料』は、たったこれだけの材料でできている。


「本当にすぐに作り終わっちゃった」

「ね、意外と簡単でしょ? これで最低でも10日熟成させればすぐにでも食べられるようになるけれど、僕は1か月以上熟成させた方がよりおいしくなると思うよ」


 この日、リーズとアーシェラは自宅の台所で『秘密の調味料』と呼ばれる、アーシェラ考案の秘伝の調味料の仕込みをしていた。

 『秘密の調味料』というのは、現代世界で言うところの「柚子胡椒」そのものであり、柚子の爽やかな香りと殺虫香草のピリ辛が合わさったその風味は、特に鶏料理と合わせると堪らないものがあった。


「シェラって本当にすごいね! こんなおいしいものを発明するなんて!」

「あはは、確かにこれはほかの人にも自慢できるし、むしろなんで今までこんな簡単な組み合わせの物が作られなかったか不思議なくらいだよ」

「確かに…………うーん、ペロッ。熟成が進んでないからかな? このままでも食べられないことはないけれど、まだしょっぱいだけだね」

「今はちょうど寒い時期だから、すぐにいい感じになるさ。じゃあ、壷に詰めちゃおうか。それが終わったら、せっかくだからお昼は外で鶏肉の串焼きを食べようか」

「それいいねっ!」


 熟成させるために調味料を壷に詰めたものを意気揚々と倉庫に運ぶリーズ。

 開拓村はすっかり真冬の寒さにもかかわらず、数か月前に結婚したばかりの勇者リーズは顔が幸せでホカホカだった。


 リーズは早速、村の中心まで行って木と鉄の棒を組み立て、焚火で串をあぶるための簡易式焼き器を作る。

 その間にアーシェラが家の台所で仕込みを行うのだが、彼は大食いなリーズですら食べきれないのではないかと言う量の鶏肉を用意し始めていた。


(外で鳥の串焼きをすると言ったら……これでもまだ足りないよね♪)




「リーズおねえちゃん、何してるのですか?」

「あ、ミーナちゃん! えへへ、今日のお昼はシェラと一緒に鳥の串焼きパーティーしようと思うの! 秘密の調味料を一緒に作ったから、どうしても鶏肉が食べたくなっちゃって!」

「いいな~、私も一緒に食べていい? 私も食べ物持ってくるから!」

「もちろん! ミルカさんも一緒にどう?」

「あらあら、私も誘っていただけるのですか? でしたら、あの調味料に合うものを選んできますわ」


「ヤァリーズさん! ヤアァリーズさん! 今日は外でお昼ですかな、ヤッハッハ! 私たちもせっかくだから混ぜてほしいな、なんて!」

「あなた、流石に厚かましすぎるんじゃないかしら…………」

「いいよいいよっ! 大勢いた方が楽しくなるからねっ!」

「ヤッハッハ! さすがはリーズさん! もちろんタダでご馳走になる気はないよ、ウチもとっておきのお肉を用意しようじゃないか、ねぇゆりしー」

「そうね……ご一緒させていただけるなら、いいものを持ってくるわ」


「おいおいおい、いい匂いがしてきたな。見張りをしている時にこんないい匂いをかがされたら堪らないじゃないか」

「でしょでしょっ! レスカも一緒に食べようよ! 今はリーズがいるから、魔獣が来ても問題ないもんねっ! せっかくだからフリッツ君もよんできて!」

「ふっ、そうだなフリ坊だけ仲間はずれなのは可哀想だ。それに、我が家もフリッツが作っているものがあるから、持ってくるとしよう」7


 この小さな村の中心で串焼きパーティーの用意なんてしようものなら、たちまち村人たちの興味を引くことになる。

 羊飼いのイングリット姉妹に、狩人のブロス一家、それに見張りのレスカと弟のフリッツ、などなど…………リーズも大勢の人と楽しむのが好きなので、一緒に食べたいと言う村人たちをどんどん招き入れた。

 そしてアーシェラも、このことを見越してたっぷり下拵えをしたのだった。


 こうして、村の中心の焚火で串や木を焼き始めるころには、村人のほぼ全員が集まり始めてしまい、特にお祭りがないにもかかわらず、料理もたくさん集まってさながら宴会のようになってしまった。


「ん~……ピリ辛っ! おいしいっ!」

「やっぱりこの調味料、使い勝手がいいね。鳥の肉は結構あっさりしているから、なおさら合うんだろうね」


 村人全員で集まって焚火を囲む中、リーズもアーシェラに寄り掛かって、秘密の調味料を少し付けた鳥の串焼きを満面の笑みで頬張った。


 リーズとアーシェラが持っている串にささっている鶏肉は、驚くことに黒っぽい色をしているが、これは焼きすぎて炭化したわけでも、腐敗しているわけでもない。

 彼らが食べているのは「魔女カラスストレコルヴォ」という大型の烏の魔獣の肉で、特に胸肉やモモ肉はカラスの羽根のように黒い色をしている。

 初めて見るとちょっと不気味だが、辺境だと割とメジャーなので皆慣れているようだった。


「この調味料、我が家でも重宝していますわ。魚のつみれに使うと、とてもおいしいんですの」

「初めのうちはちょっぴり辛かったけれど、今はもうこれがないと物足りないんだ~」


 羊飼いなのによく魚を釣ってくるイングリット姉妹は、川魚の料理にも合うと太鼓判を押している。

 また、殺虫香草はその名の通り寄生虫を駆除する効果があるので、寄生虫が多い川魚の保存料としてもなくてはならない。


「ヤッハッハ、それにしても村長。前々から思ってたけど、どうやったらこの調味料の作り方を思いついたんです?」

「それは私も気になるわ」

「そうか、みんなには話してなかったね。勿論リーズにも。実はね、きっかけになったのはこの村に全員で引っ越してくる直前に、ロジオンとお別れの食事をした時だったんだけど――――」


 アーシェラが言うには、彼が山向こうでの生活を捨ててこの地方に来る直前……同じパーティーメンバーだったロジオンと当分会えないからと、二人で酒場の串焼きを食べたのがきっかけだった。


 魔神王との戦いが終わったばかりで、物資不足に悩む町では鶏肉の味付けに使う調味料が不足しがちだった。

 その店の店主が苦し紛れに考え付いたのが、使わなくなった柚子の皮をペースト状につぶして塩を混ぜ、それを鳥の串焼きの上にどさっと盛り付けるというもの。


「あれは本当に衝撃を受けたよ。僕はちょっとケチだったから、自分で食べるものは自分で作るのが当たり前だったけれど、ほかの人が作ったものを食べると新たな発見があるってことに気が付いたよ」

「確かに……リーズたちが冒険者の頃も、お金の節約のためにずっとシェラの手料理を食べてた気がする。でもっ、結局シェラの料理が一番だったから、ほかで食べる気起きなかったけどねっ♪」


 勇者パーティーの中でも誰も文句を言えなかった程、アーシェラの料理の腕前は確かだったが、足りない味付けのために柚子の皮を調味料にするという発想は、アーシェラの味覚に衝撃を与えた。

 それと同時に、この調味料はもっと改良する余地があるとも感じたのだった。


「あのときは、もう山向こうには未練がないつもりだったんだけど、もっと他のお店の味も盗んで…………じゃなくて、確かめておくべきだったと未練がましく思ったよ」

「なんだかシェラらしいねっ! でもリーズへの未練は?」

「…………まあ、ここまで逃げてきたのは、強すぎるリーズへの未練を絶つためだったんだけどね。けど、リーズがここまで追いかけてくれたから……未練を消さなくて本当に良かったって思うよ」

「えへへ♪」


 村人全員が見ている前にもかかわらず、この新婚夫婦は早速いちゃつき始めた。

 アーシェラの身体に横からリーズが抱き着くと、何らかの反応が起きるらしく、串焼きを焼いている焚火なんかよりも、よっぽど熱量を持っていた。


「おかしいな、冬なのに暑いぞフリ坊」

「あはは、本当にね……」


 レスカ姉弟のわざとらしい言葉に、村人たちはどっと笑い、流石のリーズとアーシェラも公衆の面前でやりすぎたと顔を赤くし、更に熱くなるのだった。


 こうして、すっかり村の料理になくてはならなくなった秘密の調味料は、ずっとずっと未来…………大きな国が復興するころには、すっかりポピュラーな調味料として定着することになる。


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秘密の調味料の秘密 南木 @sanbousoutyou-ju88

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