第38話:小豆にとって衝撃のニュース

〈小豆視点〉

***


 周りに誤解されたら困る──


 これって周りの人達に、あたしと仲がいいって誤解されたくないってことだよね。


 やっぱり銀次さんは……いや銀は、あたしなんかと仲良くしたくないんだよね。

 あたしのために一生懸命になってくれるから、ちょっと勘違いしちゃったよ。


 そりゃそうだよね。

 大学生から見たらあたしなんかガキだし。

 実際に初めの頃はよくガキだって言われたし。

 しかも文句ばっか言ったから、くそガキだって思われてたし。


 やっぱ奄美先生とか竹富サンとか。

 大学生の女の人と仲良くしたいよね。

 あの人達美人だし。

 大人の女って感じ。


 あ、そっか。

 だからあたしと仲良く見られるのは嫌なんだ。

 周りの人達って、あの人達のことなんだよきっと。


 あたしってバカだ。

 弁当作ったら銀は喜んでくれるって信じて、ウキウキしながら料理なんかしてさ。

 大バカもんだ。死んでよし。


 銀はあたしのことなんか、単なる塾のお客さんとしか思ってないんだよ。

 やめるのを止めたのだって、生徒が減ったら困るから。一生懸命教えてくれるのも仕事だから。


 きっとそうだよね。

 いや、そうに決まってる。


 そんなの初めからわかってたはずなのに。

 あたし、いったい何を期待してたんだろ。


 銀があたしに好意を持ってくれてるなんて。

 あたしを好きになってくれるなんて。

 思っちゃダメなのに。

 なんでそんなこと思うんだろ。


 だって──


 仕方ないじゃん。

 あたし銀のこと好きなんだもん。

 大好きなんだもん。

 大好きになっちゃったんだもん。


 でもようやくわかったよ。

 銀にとっては、それが迷惑なんだよね。


 ──ああっ、もうっ!


 全然授業に集中できない。

 ダメだ。今日はもう帰ろう。


「あ……すみません。ちょっと気分が悪いんで早退します」

「香川さん大丈夫? 顔が真っ青だよ」

「はい。ごめんなさい」


 講師の先生が許可してくれた。

 授業の途中だけど、あたしは席を立って教室を出た。


 廊下を歩いて講師準備室の前を通った。

 チラッと覗いたら、銀はパソコンに向かって何か熱心に作業をしてる。こっちには気づいてない。

 だからそのまま通り過ぎて塾を出た。



 駅に向かって歩く。

 足が重い。

 早く歩けない。


 でもいいや。

 どうせ早く帰ったって、お母さんに『塾はどうしたの?』ってツッコまれるだけだし。

 ゆーっくり帰ろう。


小豆あずきちゃん!」


 ──え? 後ろから友香ともかちゃんの声。


「友香ちゃんどうしたの? 授業は?」

「抜けてきました」

「なんで?」

「だって……親友が青い顔して突然帰っちゃったら、追いかけるのは当たり前でしょ?」

「友香ちゃんダメだし。授業受けないとだし」

「授業の内容は後で聞いたらいいけど、友達の悩みは今聞かないとです」


 友香ちゃん……

 そんなに温かい目であたしを見ないで。

 我慢してた涙が……止まらなくなっちゃう。


「小豆ちゃん、銀ちゃん先生となにかありましたか?」

「いや別に……なにもないよ」


 そう。なにもない。

 初めからなにもなかったんだよ。

 なにかあるって期待したのは、あたしの勘違いなんだよ。


「嘘。だって今日はお弁当を作ってきたって、嬉しそうに言ってたのに。じゃあ小豆ちゃんはなんで泣いてるのですか?」


 そうだった。塾に向かう途中で友香ちゃんに会って、弁当のこと言ったんだったっけ。あたしってマジ迂闊うかつだわ。


「いや、あのさ。えっと……」

「お願い小豆ちゃん。ホントのこと言ってください。私、小豆ちゃんのこと応援してるから」

「やだなぁ友香ちゃん。あたし別に……応援してもらわなきゃいけないことなんて、なーんにもないし」

「だって小豆ちゃん。銀ちゃん先生のこと好きなんでしょ?」

「いや別にそんなことは……」


 あたしが銀を好きだってこと。

 友香ちゃんには言ってない。

 内緒にしてる。


「小豆ちゃん。全然気持ちを隠せてないですよ。ダダ漏れ」

「ぐはっ……」


 バレてた。そっか、ダダ漏れだったのか。

 あたしアホだ。


 そんな心配そうな顔しないでよ。

 友香ちゃんってホント優しいんだから。

 

「そっか。心配かけてごめんだよ」


 あたしは観念して、銀次さんに『周りに誤解されたくない』って言われたことを明かした。


「だからさ。あたしの恋はもうこれで終わり。スッキリ忘れるわさ!」


 できるだけ爽やかな笑顔を作って友香ちゃんに見せた。心配かけたくないしさ。


「あのね小豆ちゃん。それって、銀ちゃん先生が他の人を好きとかじゃないと思いますよ」

「そっかなぁ……あたしはそう思うけど」

「ううん。銀ちゃん先生って、小豆ちゃんのこと好きだと思う」

「うへっ……? や、そそそそんなことないでしょ」

「そんなことあるって。客観的に見ててそう思いますよ」

「そっかなぁ……」

「うん」


 友香ちゃんは笑ってる。

 それって単にあたしを励まそうとしてるだけだよね?


「あ、そうだ小豆ちゃん。ちょっと大変なことが」

「えっ? なに?」

「明日、銀ちゃん先生の誕生日なんですって」

「そう……なん? それがなんで大変?」

「明日の夜、銀ちゃん先生の誕生日祝いに、講師の先生たちと飲みに行くのですって」

「マジ?」

「はい。八丈先生と奄美先生と竹富先生。講師準備室で話してるのを聞いたのです」


 そっかぁ。

 大学生同士だと、飲み会とか一緒に行けるよね。

 やっぱ銀って、あたしには遠い存在なんだよね。


「それでね。今からもっと大変なことをお伝えします」


 なにそれ?

 なにかのニュース?


「さっきトイレに入ってる時に、たまたま隣の個室にいた人が、ぶつぶつひとごとを言うのが聞こえてきたのですよ。それは竹富先生の声でした」

「なにを……言ってたの?」

「えっとですね……『明日は勝負の日だ。銀次に告って、そして彼に部屋まで来てもらって……うふふ』」


 ──ガーンっっっ!


 な……なにそれっ?


「竹富先生は明日勝負に出るつもりみたいです。もしも既成事実ができたら、小豆ちゃんの恋が叶う可能性が限りなく低くなっちゃいます」


 そんなのヤダ。


 ……あ、でも。

 だけど大学生同士で付き合うって、その方が銀にとっては自然だよね。


 でもでも……やっぱりヤダ。


 ぐるぐると頭の中がまとまんない。

 言葉が出ない。


「今から塾に戻りましょう。銀ちゃん先生に、ちゃんと小豆ちゃんの気持ちを伝えるのですよ」


 そんなのダメだ。できない。

 そんなことしたら銀を困らせるだけだよ。


「いや、いいよ」

「そんなこと言わないで」

「マジでいいから。友香ちゃんこそ授業に戻りなよ。あたしのために、ホントにありがとね」


 そう言って笑いかけたら、友香ちゃんは固まった。


「じゃあね。ありがと」


 あたしはそのまま友香ちゃんを残して、駅の入り口に入って行く。


 友香ちゃん、心配してくれてありがと。マジ感謝しかない。

 だけど銀に気持ちを伝えるなんて、そんな勇気出ないんだ。

 もしもはっきりと断られたらって思うと怖い。


 電車の中から流れゆく景色を見ながら、そんなことを考えてたら──また涙がこぼれた。

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