第36話:なぜか突然手作り弁当
***
誕生日を翌日に控えた土曜日。
昼過ぎにバイトに出勤した。
やるき
アイツ、あんなとこでなにやっとんだ?
──あ、目が合った。
「あ、銀次さん……」
小豆は俺に向かって手を振ってる。
今日は学校がなかったから私服姿だ。
ミニのタイトなワンピースに、黒っぽいラフな長袖Tシャツの重ね着。ネックレスやらブレスレットのアクセサリ。うん、ギャルだ。
髪色とメイクは変えたけど、さすがに私服はそう簡単に合うモノがなかったか。
バリくそ違和感あるな。
「な……なによ、そのうさん臭いものを見る目は? 仕方ないじゃん。こういうヤツしか持ってないんだから」
唇を尖らして不満げな声。
久しぶりに強気な小豆を見たな。
恥ずかしすぎて素が出たって感じか?
でもウザいというより、なんか微笑ましいぞ。
思わず笑いが出た。
「ぶふっ……」
「あーっ、笑ったぁー! 感じわるーい。どうせ変なカッコしやがってとか思ってるんでしょ?」
「違うよ」
「じゃあどう思ってんのよ?」
頬を膨らませて拗ねる小豆が可愛くて。
ついからかいたくなった。
「小豆ってどんなカッコしても可愛いなぁ……なんて思った」
「ぶふぇっっ?」
なんだよその間抜けな声は。
びっくりした顔も可愛い。
そんでもって湯気が出るくらい真っ赤になってるのも可愛い。
でも俺もたいがいだな。
こんなことをシレっと言えるタイプじゃなかったのに。
だってホントに小豆が可愛いから……
いやいや。変なことを考えるのはこれくらいにしとこう。俺も顔が熱くなる。
「ところで小豆。なんでこんなとこでつっ立ってるんだ? 早く塾に入れよ」
「あ、うん。銀次さんにちょっと用事があって……」
「なに?」
「ちょっとこっち来て」
「え?」
小豆がやるき館のある通りから一本入った道に入って行くのを追いかける。
しばらく歩いて小豆は立ち止まって振り返った。
「あのさ。銀次さんって一人暮らしだよね」
「そうだよ」
「晩ご飯はコンビニとかなんだよね」
「まあたまには自炊もするけどな」
「まさか彼女ができちゃって、作ってもらえるとかないよね?」
「悪かったな。できてないよ。作ってもらえるなんてない」
「いや……そういうわけじゃないよ……」
こら小豆。
申し訳なさそうな表情作ってるけど、口元がニヤついてるぞ。
「わかってる。気にすんな」
「あ、うん。えっと……だったらお願いがあるんだ」
「なに?」
「お弁当……間違えて二つ作っちゃったんだ。捨てるのもったいないから晩ご飯に食べて」
小豆が両手で弁当箱が入ってるであろう巾着袋を差し出した。
「あ……小豆……」
コイツ、なんか凄く照れた顔してる。
思わず手を伸ばして受け取った。
「意味わからんのだけど?」
「……は? あたしが弁当作るなんて、意味がわからないと? 弁当なんて絶対に作れないように見えると?」
うわ、そんなに睨むなよ!
違う! 違うんだ!
「そうじゃない! なんで間違えて弁当を二つ作るんだよ? そんなことってある?」
「あ、そ……そっちか」
「そうだよ。そっちだ」
「なるほど……勘違いして怒ってごめん」
早とちりちゃんかよ。
「いつもお弁当はお母さんが作るんで、あたしは滅多に作らないんだけどさ。今日のお昼ご飯で、ふと料理を練習してみようと思ったわけ」
「ん、なるほど。それで?」
「そしたら分量がよくわかんなくて。気がついたら二人分できてた」
「できてたって……」
どんだけうっかりさんなんだよ?
いや、そんなうっかり者はいないだろ。
そんなこと言って、ホントは俺のために作ってくれたんじゃないのか?
「で、捨てるのってもったいないじゃん?」
「そりゃそうだな」
「それでふと思い出したわけ。銀次さんっていつもお腹すかした猫みたいじゃん?」
いや、それ。
別にいつも腹空かしてないし。
猫みたいでもないし。
どこから現れたんだよ猫。
一度昼メシ抜いてコンビニのおにぎりにがっついたとこを見せただけだろ。
でも……
俺に食わせてあげようと思ってくれたことにキュンとした。
「じゃあどんなのか、ちょっと見てもいいかな?」
「あ、ダメだよ。あたし料理下手だし、目の前で見られるのは恥ずい」
んなこと言っちゃって。
実はめっちゃ料理上手だっていうフラグだろ?
「そう言われてももう遅い」
「ああんっ、ダメだって!」
小豆が手を伸ばすのを避けて、手早く巾着袋から弁当箱を取り出して蓋を開けた。
──えっと……
形が崩れた卵焼き。
焦げたような黒い唐揚げ。
仕切りも無く肉じゃがを入れたもんだから、ご飯が汁で黒くなってる。
これは……マジで料理下手だった!
「銀次……さん?」
フリーズしてる俺を見て、小豆が涙目になってる。
うわ、マジで泣きそうだ。
どうしよう……
「あ、そうだ小豆。晩ご飯にってことだったけど、今食べていいか?」
「えっ……?」
「だってさ。実は腹が減っててさ。こんな旨そうな弁当見たら、食いたくて食いたくてもう我慢できねぇよ」
「嘘……」
「いやホント」
うん、嘘だ。
さっき昼メシ食ったから腹はそんなに減ってない。
「……んもう、銀次さん。そんなにガツガツ食い意地張ったらモテないぞ?」
「モテなくてもいい。食いたい」
「銀次さん……そこまで言うなら仕方ないなぁ。いいよ、食べて。むふ」
泣きそうだった小豆が満面の笑み。
良かった。なんとかフォローできたな。
道端の花壇に腰掛けて、膝の上に弁当箱を置いた。
……さて。
問題はこの弁当だ。
ああ言ってはみたものの。
ハッキリ言ってまずそうだ。
ええい、ビビるな俺!
高校時代の柔道だって、勝てそうもない相手に勇猛果敢に挑んできたじゃないか。
小豆の弁当くらい、軽くブッ倒してやるっ!
「あ、そんなにガッツかないでよ」
いや、勢いつけないとビビってしまう。
思い切って卵焼きを口に放り込む。
順番に唐揚げも肉じゃがも。
…………え?
なにこれ?
「旨いじゃん!」
マジで旨い。
見た目は下手くそだけど、味はイケる。
俺のために作ってくれたっていうプラス補正もあるし、こりゃめっちゃ旨いぞ。箸が止まらん。
「うぐっ……ゲホゲホっ!」
「ああもう、銀次さん。だから言ってんのに。バカだねぇ。ほらお茶」
「おお、すまん」
あまりにガッツいて、マジで喉詰まった。
死ぬかと思った。
「ホント子供みたいなんだから。ほんっとにバカだね。ふっ……」
鼻で笑われた。
年下のJKに子供みたいだって言われた。
ホントにバカだって言われた。
カッコ悪りい……
でも……
小豆の幸せそうな笑顔を見たら。
こんなカッコ悪さも、まあいいもんだよなぁって思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます