128円の人生

鬱金香

酒豪先輩

「だからね!焼き鳥っていうのは人生なのよ!」



てんで言ってることがわからない。

彼女はショートボブが似合う僕より4歳年上の宮脇先輩。

OJT付きの先輩として僕に付いてくれている人だ。

人呼んで『酒豪先輩』。

先輩方からも『酒豪先輩』の噂はよく聞く。

噂によれば週9で飲みに行ってるらしい。一週間の感覚はどうなっているのだろうか。


OJT最終日に彼女に連れられて僕は居酒屋に入る。

綺麗とは言い切れない店内で突然彼女はそう言った。



「若いなぁ、まぁ君にもいずれ解る時がくるさ」



僕が意味がわからないという顔をしてるの横目で見ながら彼女は悟ったような口ぶりでそう言った。


彼女はとても仕事が出来る人間である。

それは新卒入社したての僕でもわかるぐらいなのだから相当なものだと思う。


彼女の仕事をしている姿は凛々しくこれが一人前の社会人なのかと思い知らされる。

教えてもらったことを必死にこなしている自分とは大違いだ。

いつもゆとりがあってかつ繊細、お客様の声にもしっかり耳を傾けお客様の抱えている問題にもしっかり対応する。

教科書に書いてありそうなぐらいの社会人そのもののように思える彼女が全く理解できないようなことを言い始めたことに面を食らった部分はあるがほんとうに意味がわからなかったのでこんな顔をしてしまうのは仕方ないと思う。



「君は焼き鳥は好き?」



彼女はそう言いながら店員さんにまたハイボールを頼んでいる。

僕がビール2杯飲み終わる間に彼女はビール4杯とハイボール2杯を飲み干していた。

これはたしかに先輩方が言ってた通りの『酒豪先輩』だ。



「焼き鳥好きですよ、美味しいし、安いですし」



「美味い、安い、っていうのはもちろんなんだけど、あたしは焼き鳥ってそのものが好きなんだよね」



すでに目の前にいる先輩は酔っ払ってしまっているのかもしれないと思うような回答を彼女は返す。

そのものが好きとはどういうことなのだろうか。

昔の恋人が焼き鳥だったかのように言うものだからちょっと気になって僕も突っ込んで聞いてしまう。



「そのものが好きってどういうことなんですか?」



僕はハイボールを持ってきた店員さんにビールを頼みながら問いかけた。



「いろいろ刺さって焼かれて味が付く。それってまさに人生じゃん」



まさか居酒屋で焼き鳥の話をしている時に

『人生とは』

という話をされるとは思っていなかったので右斜め上からの回答に僕はまた再度面を食らってしまった。



「ねぎが途中で刺さる人もいれば、同じのが刺さり続ける人もいる。はたまた別のものとごちゃごちゃになってる人もいるし、なんならトマト串みたいな珍しい人もいる。そして塩だったりタレだったり味か付いてくる。そう思うと焼き鳥って人生っぽいなとは思わない?」



たしかに彼女の説明を聞くとそんなような感じがしてくる。

今までそんな見方を焼き鳥にしたことがなかったけれどすんなり彼女の意見を聞くことが出来た。

それは普段彼女の仕事をしている姿を近くで見ていたからかもしれない。

自分のスタイルや存在価値をしっかり出している彼女の姿を目の前で見てきたからかもしれない。



「今、君が持ってる串。それって128円だけどさ、安いからいいってことじゃないと思うのよね。2万円のシャトーブリアンが美味しいなんて当たり前じゃん?でもその128円の串であっても状況や場合によっては2万円のシャトーブリアンにも負けず劣らない瞬間っていうのがあると思うのよ。そういうところも人生だなってあたしは思うわけ。

そして大事なのはこの串自体!この串が通ることによって一本筋が通るわけ!人間も同じでちゃんと信念とか考えとかが真っ直ぐになって無いとだめだと思うの!」



そう言い終わると彼女は店員さんに司牡丹という日本酒と砂肝串を店員さんに頼んだ。





「先輩、飲みすぎですよ。帰れますか?」



焼き鳥は人生という話の後も僕達はくっちゃべりながらお酒をだいぶ飲んだ。

どこどこに旅行に行ったことがあるとかそんなような他愛のない話をしたが僕の頭の中は彼女が言っていた焼き鳥の話に囚われていた。



「んー、もう電車は乗れないタクシーで帰る」



酔っぱらい少し弱くなった彼女を見て可愛いなと思ってしまう。

いつもの凛々しい姿はどこぞそれと言わんばかりの酔っぱらいの出来上がりだ。

僕はタクシー乗り場まで彼女を連れて行き、タクシーの中に押し込んだ。



「先輩!先輩の家は何処なんですか?」



「んー、清澄白河!」



「清澄白河駅までお願いします。先輩!また月曜日!おやすみなさい!」



タクシーの運転手さんはこの人大丈夫かという表情をしたが僕は気が付かない振りをしてそのままドアを閉めた。



「まぁ、これからも頑張りな。おやすみ」



彼女は窓を開けてそう言った。


タクシーが無事発車したのを見届けると僕は喫煙所へ向かった。


まだギリギリ終電車はあるみたいだ。

タバコを咥えながら携帯で確認する。

タバコを吸ったことで更に酔いが回るのを感じるがそれでもやはり僕の頭の中は彼女の焼き鳥の話でいっぱいだった。





OJTから外れた僕は今まで以上に必死になって仕事をこなした。

無我夢中で仕事をこなした。

あの日以来先輩とは飲みに行っていない。

正直な話をすると毎日がヘトヘトで先輩のことを気にする余裕が全然なかったというのが現実である。

仕事が終わり帰ったらすぐ寝てしまうような毎日が飛ぶように過ぎていった。


OJTから外れてから1年近くが経った。

なんとなく自分のやり方というものがわかってきたのか仕事の進め方がスムーズに出来るようになって日々の生活に余裕が出来るようになってきたと感じる。

そんなある日、昼休みに宮脇先輩から今日飲み行こうよと誘われた。


向かったのはあの日連れて来てくれた居酒屋。

焼き鳥の話をしたあの居酒屋だ。



「最近頑張ってるみたいじゃん。他の人から話聞くよ」



彼女はビール片手に言った。

最近余裕が出てきたこともあって宮脇先輩を飲みに誘う機会を探っていたのである。

あいも変わらず彼女は普段凛々しく仕事をこなしていた。

それを遠くから見ていた僕はやはり彼女はすごいと思っていたのである。

近頃少し彼女が以前言っていた焼き鳥の話がわかってきたような気がする。

そんな彼女に褒められていい気がしないわけがない。



「がむしゃらにやってみてます!先輩に教わったことを生かしながら最近はできてる気がします」



僕は照れ隠しみたいな笑いをしながら答える。

彼女もそれを見て嬉しそうな顔をした。



「あたしね、結婚するんだ。今月末で会社は辞めるの」



唐突に彼女は切り出した。

体の中に電流が走るような感覚が襲う。

そういえば彼女は1年前のような『酒豪先輩』という飲み方をしていなかった。



「そうなんですか、おめでとうございます」



動揺しているのがバレないように平静を装って返すが内心は心臓が飛び出そうなくらいバクバクしている。

彼女は少しの間じっと僕を見つめ、その後有給消化でしたいと思ってることの話を始めた。

正直その後の話は全く入ってこなかった。

いろいろ話をしたことは覚えているが内容はてんで頭に入ってこなかった。



「楽しかった、ありがとね。これからも頑張って。じゃあね」



駅のホームで彼女はそう言うと電車に乗り込んでいった。

彼女が乗った電車を見送ると僕は駅を一回出て喫煙所に向かった。

タバコに火を付けながらいろいろな思いが体中を駆け回る。


あの日と違って全く酔ってはいなかった。





宮脇先輩は月末まで勤めて会社を去っていった。

飲みに行った後、僕は宮脇先輩と一度も喋ることはなかった。

私的な連絡先の交換はしていなかったから会社を辞めた彼女に連絡を取る手段はなくなってしまった。


もう焼き鳥の話を彼女とする機会はなくなってしまった。





「だからね!焼き鳥っていうのは人生だと思うんだよね!」



僕は居酒屋で目の前の女の子に語りかける。

気がつけば僕はOJT時の宮脇先輩の年齢になっていた。

この子は今僕がOJTで付いて教えている子だ。

宮脇先輩とは対照のロングヘアーの女の子だ。

そして今日はOJT最終日なので彼女を誘ったというわけだ。

彼女は僕の話を聞いててんでわからないという表情をしている。



「まぁ君にもいずれ解る時がくるさ」



彼女はなおわからないという表情でこちらを見ている。



「いろいろ刺さって焼かれて味が付く。それはまさに人生じゃない?」



僕は間髪をいれずに続ける。



「軟骨が間に刺さる人もいれば、同じのが刺さり続ける人もいる。はたまた別のものとあべこべになってる人もいるし、なんなら椎茸串みたいな珍しい人もいる。そして塩だったりタレだったり味か付いてくる。そう思うと焼き鳥って人生っぽいなとは思わない?」



彼女はたしかにそうかもしれないなという表情をする。

僕は店員さんにハイボールを頼んでそのまま話を続ける。



「今、君が持ってる串。それって128円だけどさ、安いからいいってことじゃないと思うんだ。1万円の高級海鮮丼が美味しいなんて当たり前でしょ?でもその128円の串であっても状況や場合によっては1万円の高級海鮮丼にも負けず劣らない瞬間っていうのがあると思うんだ。そういうところも人生だなって僕は思うんだよね。

そして大事なのはこの串自体!この串が通ることによって一本筋が通るのさ!人間も同じでちゃんと信念とか考えとかが真っ直ぐになって無いとだめだと思う!」



そう言い終わると僕は店員さんに司牡丹という日本酒と砂肝串を店員さんに頼んだ。


今、宮脇先輩がどんなものに焼かれてどう味が付いているのか僕は知らない。知るすべも無い。

ただ今ならあの時宮脇先輩が言ってたことがわかる。


その後他愛のない話の後に目の前の彼女が言う。


「私、先輩に質問があるんです。失礼かもですが先輩って『酒豪先輩』って呼ばれてて、ほんとに週8で飲み行ってるんですか?今も結構飲んでますし」


その話を聞いて僕は笑いながら思う。


ああまだ彼女宮脇先輩にはかなわないんだと。

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